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31.ソール家③
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「たい、ほ?」
どうして。
確かに酒場で酔って問題を起こしたこともるけれど、どの件も既に解決している。私には全く心当たりがなかった。
呆然する私に一瞬同情の眼差しを向けてから、他の警官が口を開く。
「あなたは二年ほど前に、違法薬物を販売して逮捕された薬師の事件を知っていますか?」
「え、ええ……」
セレスタンがカロリーヌと再婚する少し前だったと思う。
確か非合法の避妊薬だったか。効き目が強い分、体への負担が大きく薬害患者が続出していたという。
そんなものに手を出すからだと、当時私は笑いながら夫にそう話していた……。
「常習的に避妊薬を買っていた顧客のリストが、薬師の店の床下から発見されましてね。その中に息子さんの名前があったんです。……この国では、違法薬物を購入した側も罪に問われるんですよ」
「そんな……な、何かの間違いじゃないんですか!? うちのセレスタンがそんなものを買うはずがありません!」
「確かに顧客は複数の愛人を持つ者や、娼館の経営者ばかりで、息子さんはそのどちらにも当てはまりません。ですがリストには、彼の直筆のサインも残されています。息子さんが薬を何度も購入していたのは事実です」
はっきりと告げられて、ショックで目眩を起こす。
セレスタンが避妊薬を? 一体何の目的で……。そう考えようとした時、一人の娘が脳裏に浮かんだ。
……アンリエッタ。
「やめろ、離せ! 俺はお前たちの主人だぞ……!」
その声に驚いて振り向くと、使用人たちによって強引に部屋から引きずり出されたセレスタンの姿があった。
「黙れ! たまに部屋から出たかと思えば、理由もなく俺たちに怒鳴り散らしやがって!」
「そうよ! あんたなんて私たちの主人でも何でもないわ! とっとと逮捕されなさいよ!」
使用人たちに罵られながら、警官たちへと突き飛ばされる。真っ赤な顔を悔しげに歪ませる息子に、私は震える声で尋ねた。
「セレスタン……あなた、アンリエッタさんに避妊薬を飲ませたの?」
「………………」
「答えて……答えなさい、セレスタン!」
「……そうしないとアンリエッタに子供ができてしまうと思った」
気まずそうに私から視線を逸らしながら、セレスタンは答えた。
「な、なん……で、何でそんなことをしたのよぉ!!」
セレスタンの体を大きく揺さぶりながら問いただす。
きっとアンリエッタが衰弱していたのは、薬の影響もあったのだろう。あんなにアンリエッタを愛していたはずなのに、どうして法を冒してまで。
するとセレスタンは目つきを鋭くして、私を突き飛ばした。
「子供ができたら、アンリエッタを取られるからに決まっているじゃないか!」
「な、何を言って……」
「母さんも父さんもいつも言っていただろう。『早く子供を作りなさい』と……だが俺は嫌だった。アンリエッタが妻ではなく母親になれば、俺だけじゃなくて産まれた子供にも愛情を注ぐようになる。だからいっそのこと、妊娠できない体になってしまえばと思ったんだ」
「そんなことをしたら、跡継ぎがいなくなるじゃない!」
「そんなの俺には関係ない! 俺はただ愛する人と幸せになりたかっただけなんだ! 薬師が捕まって避妊薬が買えなくなって、カロリーヌを妊娠させて結局産ませてしまった時は、流石に諦めることにしたが……」
セレスタンが言葉を終えるより先に体が勝手に動き、我が子の頬に平手打ちをしていた。
そして警官たちを向くと、私は頭を下げた。
「お願いします。この馬鹿息子を逮捕してください。そして一緒牢屋に閉じ込めてください……」
「母さん!? 息子を見捨てるのか!?」
「黙りなさい! あんたのせいでソール家はおしまいよ……」
「母さんや父さんだってアンリエッタを虐めていたくせに偉そうに言うな! 使用人たちから全部聞いて……離せ! 俺を逮捕するなら、両親も捕まえてくれ! あいつらが俺の妻をボロボロにしたんだ……!」
警官たちによって屋敷の外に連れ出される息子。その姿を見届けたあと、私は脱力してその場で座り込んだ。
過去に戻って、全てをやり直したい。
花の神の神官だからという偏見を捨てて、アンリエッタを迎え入れて。セレスタンの歪んだ愛情に気づいて対処していれば、こんなことにならなかったのに……。
どうして。
確かに酒場で酔って問題を起こしたこともるけれど、どの件も既に解決している。私には全く心当たりがなかった。
呆然する私に一瞬同情の眼差しを向けてから、他の警官が口を開く。
「あなたは二年ほど前に、違法薬物を販売して逮捕された薬師の事件を知っていますか?」
「え、ええ……」
セレスタンがカロリーヌと再婚する少し前だったと思う。
確か非合法の避妊薬だったか。効き目が強い分、体への負担が大きく薬害患者が続出していたという。
そんなものに手を出すからだと、当時私は笑いながら夫にそう話していた……。
「常習的に避妊薬を買っていた顧客のリストが、薬師の店の床下から発見されましてね。その中に息子さんの名前があったんです。……この国では、違法薬物を購入した側も罪に問われるんですよ」
「そんな……な、何かの間違いじゃないんですか!? うちのセレスタンがそんなものを買うはずがありません!」
「確かに顧客は複数の愛人を持つ者や、娼館の経営者ばかりで、息子さんはそのどちらにも当てはまりません。ですがリストには、彼の直筆のサインも残されています。息子さんが薬を何度も購入していたのは事実です」
はっきりと告げられて、ショックで目眩を起こす。
セレスタンが避妊薬を? 一体何の目的で……。そう考えようとした時、一人の娘が脳裏に浮かんだ。
……アンリエッタ。
「やめろ、離せ! 俺はお前たちの主人だぞ……!」
その声に驚いて振り向くと、使用人たちによって強引に部屋から引きずり出されたセレスタンの姿があった。
「黙れ! たまに部屋から出たかと思えば、理由もなく俺たちに怒鳴り散らしやがって!」
「そうよ! あんたなんて私たちの主人でも何でもないわ! とっとと逮捕されなさいよ!」
使用人たちに罵られながら、警官たちへと突き飛ばされる。真っ赤な顔を悔しげに歪ませる息子に、私は震える声で尋ねた。
「セレスタン……あなた、アンリエッタさんに避妊薬を飲ませたの?」
「………………」
「答えて……答えなさい、セレスタン!」
「……そうしないとアンリエッタに子供ができてしまうと思った」
気まずそうに私から視線を逸らしながら、セレスタンは答えた。
「な、なん……で、何でそんなことをしたのよぉ!!」
セレスタンの体を大きく揺さぶりながら問いただす。
きっとアンリエッタが衰弱していたのは、薬の影響もあったのだろう。あんなにアンリエッタを愛していたはずなのに、どうして法を冒してまで。
するとセレスタンは目つきを鋭くして、私を突き飛ばした。
「子供ができたら、アンリエッタを取られるからに決まっているじゃないか!」
「な、何を言って……」
「母さんも父さんもいつも言っていただろう。『早く子供を作りなさい』と……だが俺は嫌だった。アンリエッタが妻ではなく母親になれば、俺だけじゃなくて産まれた子供にも愛情を注ぐようになる。だからいっそのこと、妊娠できない体になってしまえばと思ったんだ」
「そんなことをしたら、跡継ぎがいなくなるじゃない!」
「そんなの俺には関係ない! 俺はただ愛する人と幸せになりたかっただけなんだ! 薬師が捕まって避妊薬が買えなくなって、カロリーヌを妊娠させて結局産ませてしまった時は、流石に諦めることにしたが……」
セレスタンが言葉を終えるより先に体が勝手に動き、我が子の頬に平手打ちをしていた。
そして警官たちを向くと、私は頭を下げた。
「お願いします。この馬鹿息子を逮捕してください。そして一緒牢屋に閉じ込めてください……」
「母さん!? 息子を見捨てるのか!?」
「黙りなさい! あんたのせいでソール家はおしまいよ……」
「母さんや父さんだってアンリエッタを虐めていたくせに偉そうに言うな! 使用人たちから全部聞いて……離せ! 俺を逮捕するなら、両親も捕まえてくれ! あいつらが俺の妻をボロボロにしたんだ……!」
警官たちによって屋敷の外に連れ出される息子。その姿を見届けたあと、私は脱力してその場で座り込んだ。
過去に戻って、全てをやり直したい。
花の神の神官だからという偏見を捨てて、アンリエッタを迎え入れて。セレスタンの歪んだ愛情に気づいて対処していれば、こんなことにならなかったのに……。
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