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27.カロリーヌ⑥
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ただいまですー。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
セレスタン様がお義母様の部屋に忍び込み、ラウルをこっそり連れ出したことを白状した。
橋の下に置き去りにしたことも。
そのままにするつもりはなかったのだと、彼は殺意を否定した。
ラウルがいなくなったことに気づき、外に探しに行く振りをして屋敷に連れ帰る予定だったらしい。
けれど急いで向かってみると、何故か布に包んでいたラウルの姿がなく、心の底から心配していた。
セレスタン様はそう語り終えると、テーブルに両肘をついて深く溜め息をつく。
その姿がわざとらしく見えて、私はまた怒りが込み上げるのを感じた。
「どうして……どうしてそんなことをしようとしたのですか?」
「……お前の心が俺から離れて行くのが怖かったんだ。だから父親として立派な姿を見せれば、愛情を取り戻せるとは思って……」
「ふざけないで……! あの子はあなたの道具なんかじゃないのよ!?」
「俺だってこんなことになるとは思っていなかったんだ! 恨むなら俺だけじゃなくて、ラウルを連れ去った犯人だ……!」
まるで物分かりの悪い子供のような言い訳に、怒りを通り越して呆れが生まれる。
どうして私はこんな人を愛して、結婚してしまったのだろう。確かに私は大きな罪を犯した。
だけど、我が子をこんな形で奪われるほどだったの……?
「……落ち着きなさい、二人とも。まだラウルちゃんが見つからないとは限らないんだから」
「母さん……」
「セレスタン、あなたは父親として最低なことをしてしまったわ。それはとてもいけないことよ。でも反省してやり直すこともできる……そうでしょう?」
お義母様に優しい声で言われ、セレスタン様が涙ぐんだ表情で頷く。
反省? そんな甘い言葉で済ませていいの?
そう訝しんでいると、
「でももし万が一、ラウルちゃんが見つからなかった時のことを考えて、もう一人子供を作っておいたほうがいいわね」
「は?」
お義母様が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
呆然とする私に向かって、お義母様は媚びるような笑顔で言い放った。
「だからぁ……子作りよ、子作り。このまま跡継ぎがいなかったら、ソール家としては困るわけじゃない?」
「それで……ラウルの代わりを作れというわけですか?」
そう尋ねる私の声は震えていた。お義母様が「そ、そういうわけじゃなくてね」と言葉を付け足そうとするけれど、それで私の心はさらに冷えた。
するとセレスタン様が、私の肩を抱きながらこう宣言した。
「いや……暫く子供は作らないつもりだ」
「そ、そうよね。ラウルちゃんのこともちゃんと考えないで。今言ったことは忘れてちょうだ……」
「カロリーヌは心に深い傷を負ったんだ。その傷が癒えるまで……たとえラウルが見つからなかったとしても、新しく子供を作ろうとは考えていない。もし二人目が生まれたとして、その子まで失ったらと思うと怖くてたまらない」
「ま、待ってセレスタン? そんな悠長なことを言っていないで……」
「嘘つき」
私は、セレスタン様とお義母様の会話を遮った。
「その子まで失ったらと思うと怖い? どうせラウルと同じような目に遭わせるくせに」
「カロリーヌ……違う。俺は、俺は本当にラウルのことを申し訳なく……」
「子供を作りたがらないのは、私を独り占めしたいからでしょう!? もうあなたなんかと一緒にいたくないわ!!」
セレスタン様から離れて叫ぶ。するとセレスタン様の顔が真っ赤に染まり、私に駆け寄って腕を振り上げた。
パシンッと乾いた音。彼に平手打ちされた頬がヒリヒリと痛む。
「元はと言えばお前が悪いんじゃないか! 俺を裏切らないと言ったのに……!」
「……そうね。あなたが私の理想した通りの人だったら、ずっと愛せたでしょうね」
そう言いながら私は笑みを作った。
もう何もかもおしまい。セレスタン様を愛していたのは事実。
だから私に束の間の幸せをくれた彼に、最後に贈り物をしようと思う。
「あなたも私の嘘じゃなくて、アンリエッタさんを信じてあげればよかったのよ」
「嘘? アンリエッタ? 何の話だ……」
「シャーラ様の別荘でアンリエッタさんと一緒にいた男性……あの人、多分ただの庭師でアンリエッタさんと庭仕事をしていただけだと思うわ」
私がそう告げると、セレスタン様から表情が消えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
セレスタン様がお義母様の部屋に忍び込み、ラウルをこっそり連れ出したことを白状した。
橋の下に置き去りにしたことも。
そのままにするつもりはなかったのだと、彼は殺意を否定した。
ラウルがいなくなったことに気づき、外に探しに行く振りをして屋敷に連れ帰る予定だったらしい。
けれど急いで向かってみると、何故か布に包んでいたラウルの姿がなく、心の底から心配していた。
セレスタン様はそう語り終えると、テーブルに両肘をついて深く溜め息をつく。
その姿がわざとらしく見えて、私はまた怒りが込み上げるのを感じた。
「どうして……どうしてそんなことをしようとしたのですか?」
「……お前の心が俺から離れて行くのが怖かったんだ。だから父親として立派な姿を見せれば、愛情を取り戻せるとは思って……」
「ふざけないで……! あの子はあなたの道具なんかじゃないのよ!?」
「俺だってこんなことになるとは思っていなかったんだ! 恨むなら俺だけじゃなくて、ラウルを連れ去った犯人だ……!」
まるで物分かりの悪い子供のような言い訳に、怒りを通り越して呆れが生まれる。
どうして私はこんな人を愛して、結婚してしまったのだろう。確かに私は大きな罪を犯した。
だけど、我が子をこんな形で奪われるほどだったの……?
「……落ち着きなさい、二人とも。まだラウルちゃんが見つからないとは限らないんだから」
「母さん……」
「セレスタン、あなたは父親として最低なことをしてしまったわ。それはとてもいけないことよ。でも反省してやり直すこともできる……そうでしょう?」
お義母様に優しい声で言われ、セレスタン様が涙ぐんだ表情で頷く。
反省? そんな甘い言葉で済ませていいの?
そう訝しんでいると、
「でももし万が一、ラウルちゃんが見つからなかった時のことを考えて、もう一人子供を作っておいたほうがいいわね」
「は?」
お義母様が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
呆然とする私に向かって、お義母様は媚びるような笑顔で言い放った。
「だからぁ……子作りよ、子作り。このまま跡継ぎがいなかったら、ソール家としては困るわけじゃない?」
「それで……ラウルの代わりを作れというわけですか?」
そう尋ねる私の声は震えていた。お義母様が「そ、そういうわけじゃなくてね」と言葉を付け足そうとするけれど、それで私の心はさらに冷えた。
するとセレスタン様が、私の肩を抱きながらこう宣言した。
「いや……暫く子供は作らないつもりだ」
「そ、そうよね。ラウルちゃんのこともちゃんと考えないで。今言ったことは忘れてちょうだ……」
「カロリーヌは心に深い傷を負ったんだ。その傷が癒えるまで……たとえラウルが見つからなかったとしても、新しく子供を作ろうとは考えていない。もし二人目が生まれたとして、その子まで失ったらと思うと怖くてたまらない」
「ま、待ってセレスタン? そんな悠長なことを言っていないで……」
「嘘つき」
私は、セレスタン様とお義母様の会話を遮った。
「その子まで失ったらと思うと怖い? どうせラウルと同じような目に遭わせるくせに」
「カロリーヌ……違う。俺は、俺は本当にラウルのことを申し訳なく……」
「子供を作りたがらないのは、私を独り占めしたいからでしょう!? もうあなたなんかと一緒にいたくないわ!!」
セレスタン様から離れて叫ぶ。するとセレスタン様の顔が真っ赤に染まり、私に駆け寄って腕を振り上げた。
パシンッと乾いた音。彼に平手打ちされた頬がヒリヒリと痛む。
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「……そうね。あなたが私の理想した通りの人だったら、ずっと愛せたでしょうね」
そう言いながら私は笑みを作った。
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だから私に束の間の幸せをくれた彼に、最後に贈り物をしようと思う。
「あなたも私の嘘じゃなくて、アンリエッタさんを信じてあげればよかったのよ」
「嘘? アンリエッタ? 何の話だ……」
「シャーラ様の別荘でアンリエッタさんと一緒にいた男性……あの人、多分ただの庭師でアンリエッタさんと庭仕事をしていただけだと思うわ」
私がそう告げると、セレスタン様から表情が消えた。
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