26 / 33
26.カロリーヌ⑤
しおりを挟む
「ラウルに……あの子に何かあったのですか!?」
「そんなの私が聞きたいわよ!」
お義母様の肩を揺さぶりながら尋ねると、煩わしげに振り払われてそう吐き捨てられる。
「私のベッドにラウルちゃんを寝かせていたはずなのに、少し目を離した隙にいなくなっていたのよ! だからあんたが勝手にあの子を連れ出したのかと思って……」
「違います……私はずっと部屋にいました……」
嫌な予感に指先が冷たくなって、小刻みに震え出す。心臓が脈打つ音が激しくなる。
私の反応を見て、お義母様の顔からも血の気が引いていく。私もお義母様も知らない。使用人たちが勝手に連れ出すはずもない。
だったらラウルはどこに行ったの?
「ラ……ラウルちゃんっ!」
事態の深刻さに気づいたお義母様が、足を縺れさせながら部屋を飛び出す。私はショックのあまり、その場に座り込んでしまった。
屋敷中を探したけれど、ラウルは見つからなかった。誘拐、という最悪の言葉が脳裏をよぎる。
ガタガタと体を震わせていると、セレスタン様に強く抱き締められた。
「落ち着くんだ。ラウルならきっと大丈夫だ。きっと見つかる……」
「はい……」
こんな時だからか、近頃不仲だったセレスタン様の優しさを素直に受け入れることができた。
お義父様が要請してくれた捜索隊がラウルを見つけてくれる。そう信じて、ひたすら時間が流れるのを待っていると、捜索隊の隊長が屋敷にやって来た。
もしかしてラウルが見つかった!? と淡い期待を抱いて玄関に向かうも、そこにあの子の姿はなかった。
しかも、心なしか隊長の表情が暗く見える。
「た、隊長さん! ラウルちゃんがどこに行ったかまだ分からないんですか!?」
お義母様が悲痛な声を上げながら隊長に詰め寄る。すると彼は、躊躇いがちに口を開いた。
「いえ、まだ……ですが、一つ確認させていただきたいことがあるんです」
「ラウルちゃんを見つけるためなら、何でも聞いてください!」
「ではすみませんが、セレスタン様にお会いすることはできますか?」
「あの子なら広間にいますが……」
隊長がお義母様に案内されて広間へ向かうと、セレスタン様は苛立ちを隠せない様子で貧乏ゆすりを繰り返していた。けれど隊長の姿を見ると、はっとした表情で居住まいを正す。
「隊長殿、ラウルは?」
「現在捜索中です……それとセレスタン様、ご質問させていただきたいのですが」
「何だ?」
「あなたと思われる人物が橋の下で何かを川に流しているところを見た……という目撃証言がいくつも挙がっています。それについてお話願えますか?」
途端、セレスタン様は目を大きく見開いたけれど、それを誤魔化すように笑顔を取り繕った。
「な、何のことか分からないな」
「同時刻、布で包んだ荷物を抱えたあなたを目撃したと証言する者もいます。そしてその荷物はちょうど赤子くらいの……」
「だから俺は知らない! 単なる人違いだろう。その時俺は神殿にいたんだ」
セレスタン様はむっとした顔で反論した。
「それを確認するために今、神殿に捜索隊が向かっております」
「う……」
語気を強めながら隊長が告げると、セレスタン様は顔色を失った。
それを間近で見てしまい、私は気が遠くなるようだった。お義母様も「……セレスタン?」と信じられないものを見るような表情で息子の名前を呼ぶ。お義父様は言葉を発することすらできずにいた。
違う。違う。そんなはずない。そんなことをする理由が見当たらない。
何度もそう思い込もうとするけれど……微笑むラウルの顔を思い出したと同時に、体が勝手に動いた。
「あなたが……あなたがラウルをっ!」
私は激情に任せ、セレスタン様に掴みかかった。「ちょっとあんた!」と止めようとするお義母様を無視して、気まずげに目を伏せる夫に声を荒らげる。
「どうしてこんなことをしたの!? 自分の子を殺すなんて……!」
「ち、違う! 俺はラウルを殺してなんていない! ただ橋の下に置いて来ただけ、で……」
しまった。セレスタン様がそんな表情をしながら、手で自分の口を覆う。
その光景を見た隊長は、厳しい面持ちで口を開いた。
「ええ。セレスタン様は流したわけではありません。ただ橋の下に何かを置いた、というだけです。ですが捜索隊が向かうと、中身を包んでいた布しか発見されませんでした」
「お前……俺を罠に嵌めたのか!? 神官相手にこんなことをしてどうなるか……」
「……いやああぁぁぁっ!!」
叫ばずにいられなかった。そうしないと、今すぐにセレスタン様の首を絞めてしまいそうだったから。
「そんなの私が聞きたいわよ!」
お義母様の肩を揺さぶりながら尋ねると、煩わしげに振り払われてそう吐き捨てられる。
「私のベッドにラウルちゃんを寝かせていたはずなのに、少し目を離した隙にいなくなっていたのよ! だからあんたが勝手にあの子を連れ出したのかと思って……」
「違います……私はずっと部屋にいました……」
嫌な予感に指先が冷たくなって、小刻みに震え出す。心臓が脈打つ音が激しくなる。
私の反応を見て、お義母様の顔からも血の気が引いていく。私もお義母様も知らない。使用人たちが勝手に連れ出すはずもない。
だったらラウルはどこに行ったの?
「ラ……ラウルちゃんっ!」
事態の深刻さに気づいたお義母様が、足を縺れさせながら部屋を飛び出す。私はショックのあまり、その場に座り込んでしまった。
屋敷中を探したけれど、ラウルは見つからなかった。誘拐、という最悪の言葉が脳裏をよぎる。
ガタガタと体を震わせていると、セレスタン様に強く抱き締められた。
「落ち着くんだ。ラウルならきっと大丈夫だ。きっと見つかる……」
「はい……」
こんな時だからか、近頃不仲だったセレスタン様の優しさを素直に受け入れることができた。
お義父様が要請してくれた捜索隊がラウルを見つけてくれる。そう信じて、ひたすら時間が流れるのを待っていると、捜索隊の隊長が屋敷にやって来た。
もしかしてラウルが見つかった!? と淡い期待を抱いて玄関に向かうも、そこにあの子の姿はなかった。
しかも、心なしか隊長の表情が暗く見える。
「た、隊長さん! ラウルちゃんがどこに行ったかまだ分からないんですか!?」
お義母様が悲痛な声を上げながら隊長に詰め寄る。すると彼は、躊躇いがちに口を開いた。
「いえ、まだ……ですが、一つ確認させていただきたいことがあるんです」
「ラウルちゃんを見つけるためなら、何でも聞いてください!」
「ではすみませんが、セレスタン様にお会いすることはできますか?」
「あの子なら広間にいますが……」
隊長がお義母様に案内されて広間へ向かうと、セレスタン様は苛立ちを隠せない様子で貧乏ゆすりを繰り返していた。けれど隊長の姿を見ると、はっとした表情で居住まいを正す。
「隊長殿、ラウルは?」
「現在捜索中です……それとセレスタン様、ご質問させていただきたいのですが」
「何だ?」
「あなたと思われる人物が橋の下で何かを川に流しているところを見た……という目撃証言がいくつも挙がっています。それについてお話願えますか?」
途端、セレスタン様は目を大きく見開いたけれど、それを誤魔化すように笑顔を取り繕った。
「な、何のことか分からないな」
「同時刻、布で包んだ荷物を抱えたあなたを目撃したと証言する者もいます。そしてその荷物はちょうど赤子くらいの……」
「だから俺は知らない! 単なる人違いだろう。その時俺は神殿にいたんだ」
セレスタン様はむっとした顔で反論した。
「それを確認するために今、神殿に捜索隊が向かっております」
「う……」
語気を強めながら隊長が告げると、セレスタン様は顔色を失った。
それを間近で見てしまい、私は気が遠くなるようだった。お義母様も「……セレスタン?」と信じられないものを見るような表情で息子の名前を呼ぶ。お義父様は言葉を発することすらできずにいた。
違う。違う。そんなはずない。そんなことをする理由が見当たらない。
何度もそう思い込もうとするけれど……微笑むラウルの顔を思い出したと同時に、体が勝手に動いた。
「あなたが……あなたがラウルをっ!」
私は激情に任せ、セレスタン様に掴みかかった。「ちょっとあんた!」と止めようとするお義母様を無視して、気まずげに目を伏せる夫に声を荒らげる。
「どうしてこんなことをしたの!? 自分の子を殺すなんて……!」
「ち、違う! 俺はラウルを殺してなんていない! ただ橋の下に置いて来ただけ、で……」
しまった。セレスタン様がそんな表情をしながら、手で自分の口を覆う。
その光景を見た隊長は、厳しい面持ちで口を開いた。
「ええ。セレスタン様は流したわけではありません。ただ橋の下に何かを置いた、というだけです。ですが捜索隊が向かうと、中身を包んでいた布しか発見されませんでした」
「お前……俺を罠に嵌めたのか!? 神官相手にこんなことをしてどうなるか……」
「……いやああぁぁぁっ!!」
叫ばずにいられなかった。そうしないと、今すぐにセレスタン様の首を絞めてしまいそうだったから。
64
お気に入りに追加
3,049
あなたにおすすめの小説
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる