上 下
14 / 33

14.セレスタン⑤

しおりを挟む
 カロリーヌに連れて来られたのは、首都の郊外だった。
 こんな遠出をしたのは久しぶりだが、何も面白みのない場所だ。こんなところに別荘を作るなんて何を考えているのやら……。

「シャーラ様の別荘はこちらです」

 そう言って迷わずに進むカロリーヌについて行く。
 道案内をされているとは言え、女に前を歩かれるのはあまり気持ちのいいものではない。こういう時アンリエッタであれば、並んで歩いてくれるというのに。
 しかしこれでアンリエッタを連れ戻せる。俺は拳を強く握り締めながら、はやる気持ちをどうにか抑えていた。

 母さんも父さんもラナン家の権力に恐れて動けずにいる。
 だったら、俺にできることはただ一つ。強引に奪い取るだけだ。
 そのあとは誰にも見つからないように、アンリエッタを隠してしまえばいい。幸いなことに我が家には地下室がある。火の神の神官がやって来ても、知らない振りをする。エレナも恐らくはそうしてシャーラのことを隠そうとしていたのだ。同じことを俺がしてはいけない道理などないはず。

「だがカロリーヌ。何故お前がアンリエッタの居場所を知っているんだ?」

 俺がそう尋ねると、カロリーヌはぴたりと足を止めた。
 愚問だったか。早く歩けと急かそうとすると、カロリーヌは俺へと振り向いて口を開いた。

「とある火の神の神官から情報をもらったのです。シャーラ神官長が有能な使用人たちとここの別荘で過ごしていると……」
「違う、アンリエッタはシャーラの使用人ではなく俺の妻だ」
「ええ、分かっています。ですがもしやと思って私が様子を見に行くと、セレスタン様が連れて歩いていた女性が庭園の手入れをしていました」
「そうか……しかしお前がわざわざ確かめようとした理由は……」
「着きました。ここに……アンリエッタ様はいらっしゃいます」

 神官長の別荘なだけあって豪勢な造りをした屋敷だ。
 庭園もソール家よりも広い面積を有しているかもしれない。
 赤やオレンジなど暖色系の花ばかり目立つのは、火の神をイメージしているからか。

 満開の薔薇に触れているメイドの女性がいた。

「……!」

 アンリエッタ。俺の愛しい人。弧の距離からでもすぐに分かった。
 安堵と歓喜で視界が滲む。さあ、早く帰ろう。俺たちの家へ──。

 俺は彼女へと駆け寄ろうとしたが、カロリーヌに腕を掴まれて引き留められる。

「っ、一体何を……」
「……よくご覧ください、セレスタン様」
「何がだ!」

 焦燥感に駆られながら再びアンリエッタに視線を向けると、妻の隣に一人の男が佇んでいる。
 長身の銀髪の男。服装からして庭師だろうか。奴の手には赤い花冠があり、それをアンリエッタの頭に被せた。
 その様子を見て頭に血が上った。殴ってやる! とカロリーヌの制止を振り切ろうとする俺だったが、

「アンリ……エッタ……?」

 花冠を貰った彼女は幸せそうに微笑んでいた。
 あんなに綺麗な笑顔、俺に見せたことがあっただろうか。それに痩せこけていた頬には幾分か肉が戻っており、健康的な肌色をしている。
 俺の知らないアンリエッタがそこにはいた。

「奥様は……アンリエッタ様はセレスタン様との生活を捨て、あの方と未来を歩んでいくことを決めたようなのです」
「う、嘘だ。アンリエッタは俺と支え合って生きていくと誓ったはずで……」
「自分を他の神官たちから守ってくれない夫に愛想が尽きたと仰って、セレスタン様をお捨てになる決意を固めたようです。それもセレスタン様が儀式を執り行っている間に……」

 信じない。信じられない。だがあの仲睦まじい様子を見ていると、否定する気力が削がれていく。
 アンリエッタがいなくなったと知らされてから、俺はずっとろくに眠れない日々を過ごしてきた。見ず知らずの男に襲われて泣きじゃくり、俺の名を呼ぶ妻の夢だって何度も見た。

 なのにアンリエッタはずっと他の男と笑い合っていたのだ。

「アンリエッタ……俺を裏切ったのか……?」

 怒りと悲しみと混乱が胸の中で渦巻く。
 俺はカロリーヌに引き摺られるようにして、シャーラの別荘から離れたのだった……。
 
しおりを挟む
感想 181

あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

第二王子は私を愛していないようです。

松茸
恋愛
王子の正妃に選ばれた私。 しかし側妃が王宮にやってきて、事態は急変する。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」 男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。 ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。 それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。 とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。 あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。 力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。 そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が…… ※小説家になろうにも掲載しています

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

処理中です...