上 下
64 / 96

64.格の違い

しおりを挟む
 アリス。この国の第二王女でありジュリアンにとっては三歳年下の妹である彼女は、その温厚な性格で周囲から慕われていた。さらに火と風の二属性の魔法を使うことができる生まれながらの天才。本人はそれに驕らず、勉学に重きを置いていたという。
 多くの民から愛されていた、誰もが理想とする姫君だった。だが彼女を疎む者もいた。
 その筆頭が彼女の実母である前王妃と、姉に当たる第一王女だった。

 散財家であり、傲慢な立ち振る舞いによって庶民から不人気だった二人は、自分たちとは何もかもが真逆のアリスを妬んでいた。ジュリアンは「家族なのだからと仲良くするように」と何度も説いたものの、聞き入れることは決してなかった。
 それどころか、アリスが当時出世街道を突き進んでいた騎士との婚約を発表したことにより、嫉妬は憎悪に変化する。その騎士は第一王女のお気に入りだったからだ。

 そしてついに事件が起こる。
 アリスが乗っていた馬車が野盗の襲撃に遭い、護衛兵もろとも殺されたのである。
 襲撃犯が野盗を装った兵士であることも、彼らがとある人物たちから多額の報酬と引き換えに暗殺を実行したことも、それが王妃と第一王女だったこともすぐに判明した。この手の荒事に関して素人同然だった彼女たちは、証拠を残しすぎたのだ。

 アリスを溺愛していた国王とジュリアンは、自らの妻と娘への情を捨て去った。
 民衆は王妃と第一王女を王族ではなく悍ましい悪女と罵った。

 彼女たちは事件から一ヶ月後に投獄されたが、それからすぐに服毒自殺した……とされている。というのも実際には他殺の線が濃厚で、仮に自殺が本当だったとしても毒を飲むように強要された可能性が高いと囁かれているのだ。

 これがこの国最大のスキャンダル、第二王女暗殺事件の概要だ。
 リグレットの記憶にもこの件は深く刻まれていた。きっと自分の境遇と重ねていたのだろう。
 で、その殺されたはずのアリス姫がアントワネットの正体であると。




「お母様たちに暗殺を依頼していた兵士の中に、情報を提供してくださった方がいたのです。その方のおかげで未然に暗殺を防ぐことが出来ましたが……私は自分が死んだことにして、身を隠さなければなりませんでした」
「え、何故ですか? だって王妃陛下も王女殿下も捕まったなら、もう安全のはずじゃ……」

 私が疑問を口に出すと、それに答えてくれたのはジュリアンだった。

「あんな人でなしの母と姉でも、一部の人間からは支持を受けていたのさ。二人が毒殺されたのにアリスがどこかで生き延びているというのなら、自分たちが今度こそ命を奪ってやると宣言したくらいだ」
「ほーん……」
「ただ、父上はそんな彼らも許さず根絶やしにしたけれどね」

 根絶やしの意味までは聞かないことにした。何をやったのか、大体想像がつく。

「そう……アリスに危害を加えようとする者はもういない。なのにどうして、ナヴィア修道院にずっと隠れていたんだい? アリスが生きていたと知れば、民たちは喜ぶはずだ。僕やジンだって──」
「……私の存在がこの国に大きな混乱を招きました。母や姉は命を落とし、二人を慕っていた方々も……。ナヴィア修道院に逃げ込んでいた私は、それらを止めることが出来なかった。王城に戻る資格などありません……」
「そんなことはない!」

 悲痛な声で叫んだのはジンだった。その目尻からは一筋の涙が流れている。

「俺はずっと悔いていました。将来の妻を守れなかったと。どうして生きていてくれたのなら、俺に教えてくれなかったんだ……!」
「それは……あなたに新しい婚約者が出来たと聞いたのです。ですから私のことを忘れて、その方と幸せになってくれればと」
「あなた以外の女性を伴侶にするつもりはなかったので、すぐに婚約解消しましたよ。最期の時は独りで迎えると決めました」
「ジン様……」

 アントワネットの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れていく。
 ジンは目元を手で覆いながら嗚咽を漏らし、ジュリアンも泣きそうな笑顔で妹と妹の婚約者へ交互に視線を送っている。

 そして私は呆然と立ち尽くしていた。
 アントワネット……主人公だよ……あんたが主人公だよ!! リーゼの存在霞むわ!!
しおりを挟む
感想 429

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...