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64.格の違い
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アリス。この国の第二王女でありジュリアンにとっては三歳年下の妹である彼女は、その温厚な性格で周囲から慕われていた。さらに火と風の二属性の魔法を使うことができる生まれながらの天才。本人はそれに驕らず、勉学に重きを置いていたという。
多くの民から愛されていた、誰もが理想とする姫君だった。だが彼女を疎む者もいた。
その筆頭が彼女の実母である前王妃と、姉に当たる第一王女だった。
散財家であり、傲慢な立ち振る舞いによって庶民から不人気だった二人は、自分たちとは何もかもが真逆のアリスを妬んでいた。ジュリアンは「家族なのだからと仲良くするように」と何度も説いたものの、聞き入れることは決してなかった。
それどころか、アリスが当時出世街道を突き進んでいた騎士との婚約を発表したことにより、嫉妬は憎悪に変化する。その騎士は第一王女のお気に入りだったからだ。
そしてついに事件が起こる。
アリスが乗っていた馬車が野盗の襲撃に遭い、護衛兵もろとも殺されたのである。
襲撃犯が野盗を装った兵士であることも、彼らがとある人物たちから多額の報酬と引き換えに暗殺を実行したことも、それが王妃と第一王女だったこともすぐに判明した。この手の荒事に関して素人同然だった彼女たちは、証拠を残しすぎたのだ。
アリスを溺愛していた国王とジュリアンは、自らの妻と娘への情を捨て去った。
民衆は王妃と第一王女を王族ではなく悍ましい悪女と罵った。
彼女たちは事件から一ヶ月後に投獄されたが、それからすぐに服毒自殺した……とされている。というのも実際には他殺の線が濃厚で、仮に自殺が本当だったとしても毒を飲むように強要された可能性が高いと囁かれているのだ。
これがこの国最大のスキャンダル、第二王女暗殺事件の概要だ。
リグレットの記憶にもこの件は深く刻まれていた。きっと自分の境遇と重ねていたのだろう。
で、その殺されたはずのアリス姫がアントワネットの正体であると。
「お母様たちに暗殺を依頼していた兵士の中に、情報を提供してくださった方がいたのです。その方のおかげで未然に暗殺を防ぐことが出来ましたが……私は自分が死んだことにして、身を隠さなければなりませんでした」
「え、何故ですか? だって王妃陛下も王女殿下も捕まったなら、もう安全のはずじゃ……」
私が疑問を口に出すと、それに答えてくれたのはジュリアンだった。
「あんな人でなしの母と姉でも、一部の人間からは支持を受けていたのさ。二人が毒殺されたのにアリスがどこかで生き延びているというのなら、自分たちが今度こそ命を奪ってやると宣言したくらいだ」
「ほーん……」
「ただ、父上はそんな彼らも許さず根絶やしにしたけれどね」
根絶やしの意味までは聞かないことにした。何をやったのか、大体想像がつく。
「そう……アリスに危害を加えようとする者はもういない。なのにどうして、ナヴィア修道院にずっと隠れていたんだい? アリスが生きていたと知れば、民たちは喜ぶはずだ。僕やジンだって──」
「……私の存在がこの国に大きな混乱を招きました。母や姉は命を落とし、二人を慕っていた方々も……。ナヴィア修道院に逃げ込んでいた私は、それらを止めることが出来なかった。王城に戻る資格などありません……」
「そんなことはない!」
悲痛な声で叫んだのはジンだった。その目尻からは一筋の涙が流れている。
「俺はずっと悔いていました。将来の妻を守れなかったと。どうして生きていてくれたのなら、俺に教えてくれなかったんだ……!」
「それは……あなたに新しい婚約者が出来たと聞いたのです。ですから私のことを忘れて、その方と幸せになってくれればと」
「あなた以外の女性を伴侶にするつもりはなかったので、すぐに婚約解消しましたよ。最期の時は独りで迎えると決めました」
「ジン様……」
アントワネットの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れていく。
ジンは目元を手で覆いながら嗚咽を漏らし、ジュリアンも泣きそうな笑顔で妹と妹の婚約者へ交互に視線を送っている。
そして私は呆然と立ち尽くしていた。
アントワネット……主人公だよ……あんたが主人公だよ!! リーゼの存在霞むわ!!
多くの民から愛されていた、誰もが理想とする姫君だった。だが彼女を疎む者もいた。
その筆頭が彼女の実母である前王妃と、姉に当たる第一王女だった。
散財家であり、傲慢な立ち振る舞いによって庶民から不人気だった二人は、自分たちとは何もかもが真逆のアリスを妬んでいた。ジュリアンは「家族なのだからと仲良くするように」と何度も説いたものの、聞き入れることは決してなかった。
それどころか、アリスが当時出世街道を突き進んでいた騎士との婚約を発表したことにより、嫉妬は憎悪に変化する。その騎士は第一王女のお気に入りだったからだ。
そしてついに事件が起こる。
アリスが乗っていた馬車が野盗の襲撃に遭い、護衛兵もろとも殺されたのである。
襲撃犯が野盗を装った兵士であることも、彼らがとある人物たちから多額の報酬と引き換えに暗殺を実行したことも、それが王妃と第一王女だったこともすぐに判明した。この手の荒事に関して素人同然だった彼女たちは、証拠を残しすぎたのだ。
アリスを溺愛していた国王とジュリアンは、自らの妻と娘への情を捨て去った。
民衆は王妃と第一王女を王族ではなく悍ましい悪女と罵った。
彼女たちは事件から一ヶ月後に投獄されたが、それからすぐに服毒自殺した……とされている。というのも実際には他殺の線が濃厚で、仮に自殺が本当だったとしても毒を飲むように強要された可能性が高いと囁かれているのだ。
これがこの国最大のスキャンダル、第二王女暗殺事件の概要だ。
リグレットの記憶にもこの件は深く刻まれていた。きっと自分の境遇と重ねていたのだろう。
で、その殺されたはずのアリス姫がアントワネットの正体であると。
「お母様たちに暗殺を依頼していた兵士の中に、情報を提供してくださった方がいたのです。その方のおかげで未然に暗殺を防ぐことが出来ましたが……私は自分が死んだことにして、身を隠さなければなりませんでした」
「え、何故ですか? だって王妃陛下も王女殿下も捕まったなら、もう安全のはずじゃ……」
私が疑問を口に出すと、それに答えてくれたのはジュリアンだった。
「あんな人でなしの母と姉でも、一部の人間からは支持を受けていたのさ。二人が毒殺されたのにアリスがどこかで生き延びているというのなら、自分たちが今度こそ命を奪ってやると宣言したくらいだ」
「ほーん……」
「ただ、父上はそんな彼らも許さず根絶やしにしたけれどね」
根絶やしの意味までは聞かないことにした。何をやったのか、大体想像がつく。
「そう……アリスに危害を加えようとする者はもういない。なのにどうして、ナヴィア修道院にずっと隠れていたんだい? アリスが生きていたと知れば、民たちは喜ぶはずだ。僕やジンだって──」
「……私の存在がこの国に大きな混乱を招きました。母や姉は命を落とし、二人を慕っていた方々も……。ナヴィア修道院に逃げ込んでいた私は、それらを止めることが出来なかった。王城に戻る資格などありません……」
「そんなことはない!」
悲痛な声で叫んだのはジンだった。その目尻からは一筋の涙が流れている。
「俺はずっと悔いていました。将来の妻を守れなかったと。どうして生きていてくれたのなら、俺に教えてくれなかったんだ……!」
「それは……あなたに新しい婚約者が出来たと聞いたのです。ですから私のことを忘れて、その方と幸せになってくれればと」
「あなた以外の女性を伴侶にするつもりはなかったので、すぐに婚約解消しましたよ。最期の時は独りで迎えると決めました」
「ジン様……」
アントワネットの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れていく。
ジンは目元を手で覆いながら嗚咽を漏らし、ジュリアンも泣きそうな笑顔で妹と妹の婚約者へ交互に視線を送っている。
そして私は呆然と立ち尽くしていた。
アントワネット……主人公だよ……あんたが主人公だよ!! リーゼの存在霞むわ!!
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