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51.クラリスにとって(中)

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 クラリスへの風当たりは冷たかった。優しいのは伯爵だけで、伯爵夫人も使用人もクラリスを受け入れようとしなかった。

「夫が認めても、私は愛人の子であるあなたを認めないわよ」
「あら、こんな簡単なマナーも分からないんですか? これだから平民は」
「服作りが得意だったらしいですけれど、そんなのまったく必要ありませんしねぇ」

 逃げたいと思った。ここは自分の居場所ではない。店に帰りたい。
 一度考え出すと気持ちが押さえられなくなって、クラリスは屋敷から逃げ出した。
 履きなれない靴を脱いで、裸足で走り続けて。

 けれど辿り着いた先に、クラリスの両親が遺した店はなかった。
 取り壊されている最中だったのだ。
 愕然とするクラリスを馬車で追ってきた伯爵が横柄な口調で言う。

「いつか店に戻りたいと言い出すと思ってな。お前が帰る場所を潰させてもらった。これでお前は我が家以外どこにも行けないというわけだ!」

 その姿は、かつて涙を流しながらクラリスに懇願する男とはかけ離れていた。

 頭の中が真っ白になった。
 自分がこんな男の泣き落としに騙されたせいで、大切な店が、クラリスの宝物が消えた。
 ここで働いていた従業員も、きっと無理矢理追い出されてしまった。

 自分のせいで。

「う……うわあぁぁぁぁぁっ!!」

 衝動的に近くにあった工具を掴み、それで伯爵を殴った。止めようとした大工たちに対しても同じように。
 たくさんの思い出が詰まった店を躊躇いなく破壊する彼らにも、怒りを覚えていたから。



 クラリスは傷害罪で逮捕された。
 本来なら牢屋で家畜以下の生活を強いられるはずだったが、酌量減軽が認められた。
 伯爵が身籠った愛人を捨て、利己的な理由でその子を引き取ったかと思えば、生家を奪った事実が明るみに出たのだ。その結果、多くの貴族から非難された。
 そしてナヴィア修道院に送られた。

 最初は恐ろしい場所に思えた。
「穢れを落とす」と称してアデーレ院長に鞭打ちされたり、懲罰として物置小屋に押し込められることもあった。
 ただ伯爵に店を潰されたと知った時の痛みに比べたら、何ともなかった。

 それにいつまでも落ち込んでいたら、両親が悲しむ。
 だからクラリスは、できるだけ明るい性格でいようと思った。




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