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50.クラリスにとって(前)

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 クラリスにとって貴族の世界というのは窮屈で、あまり楽しくない場所だった。


 クラリスは平民の子どもで、家は貴族の間でも有名な服飾店だった。特にドレス作りの技術は一級品と言われ、美しさを追求し続ける淑女たちからの注文が途絶える日はなかった。
 従業員だけでは手が足りず、まだ幼かったクラリスも工房に出入りして手伝いをするようになった。
 最初はゴミ集め程度だったが、次第に簡単な食事の用意や生地や備品の準備。やがてクラリス自身もドレス作りに関わるようになった。

 クラリスの才能は両親を超えており、特に繊細な技術が要求される刺繍細工においては天才の域に達していた。

 忙しいながらも幸せな日々だった。両親が病に倒れて数年後帰らぬ人になった後は、二人が遺してくれたこの店を守ろうと心に決めた。

 けれどある日、店に押し掛けた男たちによって、貴族の屋敷に無理矢理連れて行かれた。
 そこで待っていたのは見知らぬ男女。彼らは伯爵夫妻で、クラリスに今日からこの家の娘になるようにと命じた。

 クラリスの母はかつて伯爵の愛人だったが、身籠ったことを知られると呆気なく捨てられた。それで途方に暮れている時に出会ったのが、駆け出しの服飾職人だった。
 そしてクラリスの本当の父親は、伯爵なのだと明かされた。

 伯爵は数年前に病にかかり、種を宿す機能を失った。その前に妻との間に一子をもうけていたが、不慮の事故で命を落とした。
 このままでは伯爵家の血が途絶えてしまう。そう絶望していた時、愛人の存在を思い出した。今も彼女の子が生きているなら、引き取って娘にしてしまえばいい。
 名案を思いついた伯爵はすぐに調査させ、クラリスに行き着いたというわけだ。

「これでお前もあんな店で働かずに済むぞ」
「嫌ですよ! 私は服飾店を継ぐんですから!」
「……分かってくれ、クラリス。お前が頷かなければ、我が家の血脈は失われてしまうのだ」

 伯爵も本当は心苦しく、平民として生きるクラリスの幸せを壊したくなかったと涙ながらに語った。
 そんな姿を見て、反抗的な態度を取れるほどクラリスは我が強くなかった。貴族になると言うことしかできなかった。
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