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5.三人娘
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修道院の朝は早い。まだ日が明けていないうちに、院内に鳴り響く鐘の音によって叩き起こされる。
素早く身支度を済ませてから食堂に行き、朝のお祈りタイム。
ただ三十分も目を閉じてじっとしていると、当然睡魔が忍び寄る。薄目を開けて周囲を見ると、船を漕いでいる修道女が何人かいた。
そして今朝の食事は、昨晩のメニューから炭を抜いたバージョンだった。
「オッホ」
ゴッホの親戚みたいな声が出た。
パンは昨日と同じ味と食感なのだが、スープが瞬時に目が冴えるほどしょっぱい。
夕飯が薄味だったのは、ここで塩分を摂取できるからだったのだろうか。そこら中から咳き込む音が聞こえる。
こんなものを毎日食べているから、アデーレもストレスが溜まって鞭おばさんに……と思っていると、食堂にアデーレの姿がない。いや、おばちゃん修道女たちも。
若い子しか食堂にいないのだ。先程まで何人かいたはずなのだが、祈りの時間が終わるとどこかに行ってしまった。
気になるが聞ける雰囲気でもないので、深く考えずパンを食べることに専念した。
午前中はずっと労働。
修道院の近くには畑があって、そこで農作物を育てているのだ。
自分たちが食べる分だけではなく、市場に卸す分もある。その売上の一部が修道院の経営に使われているのだとか。
「うーん……これはなかなか……」
じゃがいもを収穫してみると、どれも大きさよし、形よし、重みよしのパーフェクト芋だ。
人参も玉ねぎもしっかり育ったのがわんさかと出てくる。
喜んでる。農家の血が狂喜乱舞している。
ファンタジー小説によく登場しがちな農夫のような格好で、ひたすら野菜を収穫していく。
根菜だけではなく、茄子やズッキーニ、トマトもつやがあってずっしり重いものばかり。
どうなってんだ、この山。
黙々と作業を続けていると、突き刺さるような視線を感じた。
私と同じグループに割り振られた修道女たちがこちらを見ている。
その中にはあの三人娘の姿もあった。
「初めて農作業する人とは思えません……!」と灰色の髪の子。
「すごいです! 動きが私たちと全然違います!」と丸眼鏡の子。
「どう考えても素人じゃない……」と泣きぼくろの子。
確かにそうだ。
貴族令嬢が突然畑に放り込まれ、こんなに手慣れた動きができるだろうか。
だが私には前世の記憶があり、かつて農家をやっていましたなんて言おうものなら、ますます不審な目で見られる。
どうにか誤魔化せ、私。
「わ、私、実は以前からこういうお仕事に憧れていまして! そういった本を読んでいたんです!」
「「「な、なるほど……」」」
とりあえず納得してくれたようだ。
この子たちの素直さに感謝していると、「リグレット様、とても素敵です」と灰色の髪の子。
「す、素敵ですか? 土まみれになっていますし、酷い状態なのですけれど……」
「ですが、あなたのように元気に明るく動く方は初めてです」
「はい! キラキラ輝いて見えます!」
「リグレット様を見ていると、私たちも不思議と力が湧いてくるようです……」
お、おう。
まだ出会って二日なのに、生きる希望にされてしまった。
疎まれて洒落にならない嫌がらせをされるよりはいいか……。
その後は三人娘に野菜の扱い方をしっかり教えてあげた。
私以外が収穫した野菜はヘタの切り方が下手だったり、土の中に野菜が残ったままだったり、何か色々と雑なのだ。どうも農業の知識のある人間に正しい知識を教わらず、「とりあえず取ればいい」精神で収穫していたそう。
三人娘の名前もこの時に教えてもらった。
穏やかな性格で灰色の髪の子はアントワネット。
三人の中で一番テンションが高い丸眼鏡の子はクラリス。
クールそうな泣きぼくろの子はメロディ。
皆お洒落で可愛い名前で羨ましい。
私の名前のリグレットは直訳すると、『後悔』という意味になる。
何でこんなネガティブな名前つけてしまったのだ、男爵夫妻。一応養ってくれていたけれど、リグレットの両親は愛情を注ごうとはしなかった。
今度こそは男児はと、期待したのに三人目の子供も女。しかも上二人と違って、くすんだ茶髪と暗い印象を持たせる濃紺の瞳。
色々と望まれたものを何一つ持たず生まれた子であっても、本人は何も悪くない。リグレットとして生きてきた十数 年間の人生を思い返すと哀れになった。
素早く身支度を済ませてから食堂に行き、朝のお祈りタイム。
ただ三十分も目を閉じてじっとしていると、当然睡魔が忍び寄る。薄目を開けて周囲を見ると、船を漕いでいる修道女が何人かいた。
そして今朝の食事は、昨晩のメニューから炭を抜いたバージョンだった。
「オッホ」
ゴッホの親戚みたいな声が出た。
パンは昨日と同じ味と食感なのだが、スープが瞬時に目が冴えるほどしょっぱい。
夕飯が薄味だったのは、ここで塩分を摂取できるからだったのだろうか。そこら中から咳き込む音が聞こえる。
こんなものを毎日食べているから、アデーレもストレスが溜まって鞭おばさんに……と思っていると、食堂にアデーレの姿がない。いや、おばちゃん修道女たちも。
若い子しか食堂にいないのだ。先程まで何人かいたはずなのだが、祈りの時間が終わるとどこかに行ってしまった。
気になるが聞ける雰囲気でもないので、深く考えずパンを食べることに専念した。
午前中はずっと労働。
修道院の近くには畑があって、そこで農作物を育てているのだ。
自分たちが食べる分だけではなく、市場に卸す分もある。その売上の一部が修道院の経営に使われているのだとか。
「うーん……これはなかなか……」
じゃがいもを収穫してみると、どれも大きさよし、形よし、重みよしのパーフェクト芋だ。
人参も玉ねぎもしっかり育ったのがわんさかと出てくる。
喜んでる。農家の血が狂喜乱舞している。
ファンタジー小説によく登場しがちな農夫のような格好で、ひたすら野菜を収穫していく。
根菜だけではなく、茄子やズッキーニ、トマトもつやがあってずっしり重いものばかり。
どうなってんだ、この山。
黙々と作業を続けていると、突き刺さるような視線を感じた。
私と同じグループに割り振られた修道女たちがこちらを見ている。
その中にはあの三人娘の姿もあった。
「初めて農作業する人とは思えません……!」と灰色の髪の子。
「すごいです! 動きが私たちと全然違います!」と丸眼鏡の子。
「どう考えても素人じゃない……」と泣きぼくろの子。
確かにそうだ。
貴族令嬢が突然畑に放り込まれ、こんなに手慣れた動きができるだろうか。
だが私には前世の記憶があり、かつて農家をやっていましたなんて言おうものなら、ますます不審な目で見られる。
どうにか誤魔化せ、私。
「わ、私、実は以前からこういうお仕事に憧れていまして! そういった本を読んでいたんです!」
「「「な、なるほど……」」」
とりあえず納得してくれたようだ。
この子たちの素直さに感謝していると、「リグレット様、とても素敵です」と灰色の髪の子。
「す、素敵ですか? 土まみれになっていますし、酷い状態なのですけれど……」
「ですが、あなたのように元気に明るく動く方は初めてです」
「はい! キラキラ輝いて見えます!」
「リグレット様を見ていると、私たちも不思議と力が湧いてくるようです……」
お、おう。
まだ出会って二日なのに、生きる希望にされてしまった。
疎まれて洒落にならない嫌がらせをされるよりはいいか……。
その後は三人娘に野菜の扱い方をしっかり教えてあげた。
私以外が収穫した野菜はヘタの切り方が下手だったり、土の中に野菜が残ったままだったり、何か色々と雑なのだ。どうも農業の知識のある人間に正しい知識を教わらず、「とりあえず取ればいい」精神で収穫していたそう。
三人娘の名前もこの時に教えてもらった。
穏やかな性格で灰色の髪の子はアントワネット。
三人の中で一番テンションが高い丸眼鏡の子はクラリス。
クールそうな泣きぼくろの子はメロディ。
皆お洒落で可愛い名前で羨ましい。
私の名前のリグレットは直訳すると、『後悔』という意味になる。
何でこんなネガティブな名前つけてしまったのだ、男爵夫妻。一応養ってくれていたけれど、リグレットの両親は愛情を注ごうとはしなかった。
今度こそは男児はと、期待したのに三人目の子供も女。しかも上二人と違って、くすんだ茶髪と暗い印象を持たせる濃紺の瞳。
色々と望まれたものを何一つ持たず生まれた子であっても、本人は何も悪くない。リグレットとして生きてきた十数 年間の人生を思い返すと哀れになった。
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