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3.夜の彼方で君を待つ

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 この『夜の彼方で君を待つ』。
 純愛系乙女ゲームの皮を被った、鬱&バイオレンス要素満載なゲームなのだ。
 明るい雰囲気の序盤から一変、個別ルートに突入すると作風が激変する。

 たとえば公爵子息ルートだとヒロインの使う魔法は、かつてこの世界を滅ぼした聖女が使用した魔法と同じものだと発覚する。そのため、ヒロインを殺してしまった方がいいのでは、と上流貴族が密かに話し合うのだ。
 しかしヒロインを愛する公爵子息は、彼女を守るために実の両親を含めた貴族たちを皆殺しにする計画を立てる……、というるかられるかの話に突入していく。

 王太子ルートだと、王族たちは逆に聖女の魔法を上手く利用して近隣諸国に戦争を仕掛けようとし、王太子自身もその計画に加担してしまう。が、その目的は、ヒロインと二人きりになるための王国を作るため。
 その計画をヒロインが必死に止めようとするが、王太子は彼女に拒絶されたと思い込んでしまう。そしてヒロインとの無理心中を企てる。

 他のキャラも差異はあれど、大体こんな感じで怒涛のシリアス展開の連続だ。
 ふわとろスフレパンケーキが食べたかったのに、いざ出されたのが激辛担々麺のような気分である。注文したのと違うのが出てきました……と言いたくても、今更チェンジできないので麺を啜るしかない。辛ぇ。

 しかも人がよく死ぬ。
 どうにか死亡フラグを乗り越えてエンディングを迎えても、そこで片方が死ぬか心中という結末になることが多い。
 別に当人たちだけが死ぬならノープロブレムなのだが、その他大勢もサクサク死んでいくので滅茶苦茶プロブレムだ。
 ヒロインが美味しいと褒めたというだけで、嫉妬されたパン屋の夫婦が惨殺されるイベントの絶望感ときたら。
 国が滅ぶパターンもいくつかある。

 プレイ時は常に誰かしら死ぬ展開にネタの香りを感じて、もはや笑いすら込み上げていたが、いざ自分がその世界に放り込まれると表情筋も凍りつく。
 笑っている場合ではない。傍迷惑な恋愛で燃え上がる連中から、一刻も早く遠ざからなければならないのだ。


 そんなわけでブランシェのおかげで、私は本編の枠から外れることができた。
 ゲーム中盤で悪女と判明するブランシェも、私にとっては聖女である。

 だがデッドゾーンから逃れたからといって油断は禁物。
 国滅亡ルートがある以上、常に死の影が付き纏う。

 完全に自由の身になる方法はただ一つ。この国から脱出することのみ。
 やるぞ、私はやってやる。前世の私は、ご近所のトラックに轢かれるという呆気ない最期を遂げた。
 第二の人生まで他人の手で終わらせるわけにいかない。

 まずはこの修道院で元気に生き延びてみせる。
 あの鞭院長とおばちゃん修道女たちのせいで心を病んでいたら、国外逃亡どころじゃなくなる。
 心を強く保とうと誓いながら、蜘蛛の巣を破壊していると背後から「キャッ」と悲鳴が聞こえた。
 振り向くと、部屋の前に三人の若い修道女が引き攣った顔で立っている。
 まだ十代半ばの若い子たちなのに、こんなところに入れられて大変だ。
 そして私にとっては、先輩に当たる方々である。
 最初の挨拶が肝心だと頭を下げようとすると、

「こ、怖くないんですか……?」

 灰色の髪の子が、恐る恐るといった口調で私に聞いてきた。
 怖いって何が? これからの生活が? と首を傾げていると、丸眼鏡をかけた子が「それですぅ~!」と私の右手を指差す。
 そこで私は蜘蛛をがっしりと握り締めていたことを思い出し、ハッとした。

「だ、大丈夫です。こいつはもう死んだ奴です」

 決して握り潰して殺したわけではない。本当に。
 怖がらせないよう笑顔で答えると、右目の下の泣きぼくろが色っぽい子が口を開いた。

「……蜘蛛は悪魔の使い。たとえ死骸であっても、それに触れたら災いが降りかかると言われています」

 ゲーム本編には蜘蛛なんて登場しなかったから、そんなこと初めて知った。ただし、だからと言って恐怖は特に感じない。

「教えてくれてありがとうございます。そういうことは、あまり気にしないことにします」

 この国に生まれたことが、私にとっては既に災いだ。
 蜘蛛の死骸を外に投げ捨てれば、灰色の髪の子に「急いで聖水でお清めを!」と腕を掴まれ、部屋から連れ出された。
 こっちは掃除の最中なんだが?
 しかし初対面の先輩方の善意を拒否するわけにもいかず、私は修道院の裏にある泉で、手を洗わされた。
 何でも水の精霊の加護が宿る聖なる泉だそうだが、全く加護感がなく普通に冷たいだけの水である。
 ただ水質はいいので、後で部屋掃除に使わせてもらおうと思う。


 
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