上 下
38 / 66

38話 サプライズ

しおりを挟む
 食事をしている間にソフィアは落ち着きを取り戻したのだが、今度はリヒャルトがそわそわし始めた。スツールに重ねてあった上着をもぞもぞ探ったり、手をうしろに組んでみたり、隠し事でもあるのか。いつでもクールでいる必要はないにしても、明らかに落ち着きない態度をされるとイライラする。ソフィアの眉間に線が入りそうになった時、やっと、

「こ、これっっ!!」

 リヒャルトは、小箱を差し出した。蓋部分がふんわりしたクッションになっており、全面に黒いベルベットが張られてある。指輪の箱にしては少々大きめだ。

(そういえば、刺繍のハンカチを渡した時、あげたい物があるって言っていたわ)

 彼からのプレゼントはなんでも嬉しい。だが、指輪はステラからもらった物もたくさんあるし、デザインが微妙だったら……という不安もあった。失礼ながら、そこまで期待していなかったのである。

「開けてみて!」

 落胆されるのを心配してか。言ってから、リヒャルトはギュッと目をつむった。自分にしか見せないこういう動作はとてもかわいいのだが、ソフィアは苦笑してしまう。

(まったくもう……わたくしに関することとなると、意気地がないのね)

 あんまり好みでない物を渡されたとしても、彼からのプレゼントはすべて尊いものだ。彼が悲しまないように、多少の演技くらいできる。
 ソフィアはなんの気構えもなしに、パカッと蓋を開けた。

「まあ!!」

 意図せず声が出てしまったのは、予想外のものが入っていたからだ。指輪ではなく、ブローチだった。

「どう? 気に入ってもらえただろうか?」
「……ええ……指輪かと思っていたから、びっくりしてしまって……すてき」

 牛は牛でも闘牛だろう。猛々しい金の牛には真っ赤なルビーが埋め込まれている。鮮やかな色は差し色に使えそうだ。ソフィアはルツのショールを羽織り、このブローチで留めてみた。
 宵色に赤が映える。髪のことがあるので赤は敬遠していたのだが、ブローチは身体の一部みたいにしっくりきた。ソフィアは鏡台に向かって微笑んだ。

「君のイメージに合うようにデザインしてもらったんだ。赤毛と牛をイメージして……その……私は……君の……君の赤毛が……大好きだから!」

 微笑みが破顔になる。こんなに顔をクシャクシャにして笑ったのは、いつぶりだろう?
 鏡の前にいるのは、夫に溺愛される赤牛夫人マダムルーファスクー。いじけた顔の王女様は深い所へ置いてきた。

「そんなことをおっしゃると、毎日髪を編ませますよ?」
「喜んで」

 リヒャルトはソフィアの髪の束を取って、キスをする。銀の上目は色を含んでいて、ソフィアの胸をキュンとさせた。

「リヒャルト様、わたくしね、絶対に酪農業を成功させたいのです。最初は国の財政に不安を感じて、困っている農家を助けたいと思い、始めたことでした。でも、今は自分のために成功させたい」
「うん、わかっているよ。けど……」
「のめり込み過ぎて、心配されるのはわかります。わたくし、自分で歯止めが利かないの。だからね、必要があれば止めてほしいのです。わたくしがあんまり、熱中しすぎていたら、遠慮なくおっしゃって」
「もちろんだよ。君のことは私が支える」
「では、情報共有もちゃんとしましょう。留守にしていた二ヶ月、なにをしていたか。全部、話させてください」

 ソフィアは充分食べさせてもらったので、今度はリヒャルトに食べさせることにした。与えられたパンケーキをモグモグする犬状態のハイパーイケメンを堪能しながら、二ヶ月の成果を報告する。

「近郊の諸侯からは七割近く受注を取り付けました。乳牛の育成は信頼できるスタッフにお願いしてありますから、今月中には出荷できるでしょう」

 遠隔地で買い取りたい土地がいくつかあったことと、資金提供をしてもらえたこと──

「今後の展望としましては、遠隔地での牧場経営の開始。加工品を製造するためのシステム、工場の設置などでしょうか。まず、牛乳の販売が軌道にのってからですが」
「ん、むぐ……もぐもぐ……なんだか、展開が早くてついていけないよ」
「ならば、おとなしく食べていなさい……あ、ネイリーズ伯爵のココアのほうも大好評でしたよ。今度、チョコクッキーを作ってあげますからね」

 リヒャルトの頬についたクリームは、二ヶ月がんばったご褒美だ。ソフィアはペロッとなめた。甘い。
 犬に例えると、リヒャルトはクールなハスキー犬なのだが、最近キャラ変してきている。従順に“待て”をしている姿は愛おしくもあり、若干残念でもあった。

(首輪とか似合いそう。特注で作らせようかしら?……待って、どういうプレイ?)

 今度はトロッとした目玉焼きを口に入れてやる。ほどよい半熟はリヒャルトの口の端についた。

「今のはわざと下手したでしょう? 自分でお拭きなさいね?」

 こういう意地悪を言って、いじめてみるのも楽しい。また、なめてもらえると思っていた犬は、あからさまにションボリしている。次は残った白身に胡椒をたっぷり振って……

(ああ、こんなことをして遊んでいる場合じゃないわ)

 胡椒の刺激に目を白黒させるリヒャルトを楽しんでから、ソフィアは悪いほうの話をした。

「セルペンス宰相はわたくしの成果を認めませんでした。今後、おおっぴらに妨害してくるそうです」
「ケホン、ケホン……なんと! あれだけの受注を獲得できたのにか?」
「彼いわく、実際に利益が上がらないことには納得できないようです」

 リヒャルトは顔をしかめた。ちなみに胡椒のダメージのせいではない。与えられたものを吐き出さずにきちんと食べるところが、彼のすてきなところだ。

「ルツに財務書類を調べさせようと思っているのです。セルペンスの横領は疑わしいですから。よろしいです?」
「うむ……でも、君のことが心配だよ。敵を作りすぎて、恨まれないだろうか? ほら、妹だって、君のことを悪く言っているだろう?」
「ルシアのアレは実家にいる時からです。今さら、気になりません」 

 しかしながら、その名のせいで嫌なことを思い出した。ソフィアは食事を運ぶ手を止めた。

「リヒャルト様、わたくしこう見えて、嫉妬深いのです。わたくし以外の女性と腕を組んだりしないで」
「う、うん……ルシアは強引にくっついてきたんだよ。君の妹だし、突っぱねるのもマズいかと……」
「言い訳はいりません。次、やったら死刑です」
「し、死刑!?」
「リヒャルト様はわたくしがエドアルドと話しただけで、嫉妬していましたよね? 仲良く腕を組んだりしたら、どうお思いです?」

 リヒャルトはハッとして、神妙な顔つきになった。ソフィアは帰城直後、それでかなりの痛手を被ったのだ。ふた月ぶりに再会した旦那様が、悪魔のような妹と仲良くしていたのだから。

「わかった。本当にごめんよ、ソフィア……」

 大きな手が髪へ伸びてくる。ソフィアはしばし、髪をなでられるのに身を任せた。だが、腕をつかもうとしてくるのはサッとよける。抱き寄せられたら、また泣いてしまいそうだ。
 チョコレートソースもクリームもついていない苺を皿の端に発見し、それをリヒャルトの口に押し込む。従順な犬は涙をにじませつつ、すっぱい苺を頬張った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?

恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...