上 下
21 / 66

21話 悪代官

しおりを挟む
 身支度も早々に農場へ向かおうとしていたところ、ソフィアとリヒャルトは呼び止められた。
 呼び止めてきたのは宰相セルペンス。尖った口髭と三角顎髭がトレードマークの見た目悪代官である。三銃士のリシュリューっぽい。
 ソフィアたちは、主殿のだだっ広い玄関ホールで立ち往生することになった。

「公爵閣下、並びに御夫人、どちらへお出かけですか?」
「農民から買い上げた農地の整備へ向かう。午後は城で公務をする。留守を頼む」
「お待ちください」

 蛇のような邪悪オーラを放つセルペンスに、進行方向をふさがれてしまった。

「戦後の復興ままならぬ状況下で税金の無駄遣いをなさるとはどういうことですか? 使い物にならぬ農地を買い取って、なにをなさるおつもりなのです?」
「荒れ地で農業ができない農民への救済も兼ねている」
「生産が下がった農家への救済は減税をすればいいだけでしょう? 農地は農民に任せればいいのです」

「あの……その場合の減税は意味ないと思いますわ」

 ソフィアはつい口を挟んでしまった。セルペンスのネチっこい目つきに耐え、意見する。黙っているわけにいかない。

「生産が低下しているのに減税すると、農民は働かなくなります。向上心を持たないほうが得するからです。農民への救済は別の形で取るべきかと」
「ほう……公爵夫人はよほど政治に詳しいと思われる。して、別の形の救済とは?」
「先ほど申した農地の買い上げがそれに当たります」
「役に立たぬ荒れ地を買い取って、どうするおつもりで?」
「不要と思われた物が役に立つこともあります。これから牧場経営を始めます」
「牧場経営ですと!?」

 セルペンスは声を上げて笑い出した。本当に嫌な感じのツンツン髭である。しかし、リシュリューも三銃士のなかでは悪役だったが、政治家としては非常に優秀な人物だった。この計画の有益性を説けば、わかってくれるかもしれない。

「荒れ地を回復させつつ、牛を育てていきたいと思っております。牛の乳を食品として、流通させたいのです。広大な牧草地を穀類、牧草、休閑と輪作して、農地を使い捨てるのではなく回復させながら使い回します。放牧であれば、乳牛は十年ぐらい生きますし、乾乳を挟んでずっと搾乳できます。平行して肉牛経営、牛乳の加工もできます。多角経営が可能になるのですよ……」

 リヒャルトに語った時のようにはいかなかった。ソフィアが話している間、セルペンスは終始薄笑いを浮かべており、馬鹿にされているのは明白だった。かなり具体的な話をしても、聞き流される。実績がなければ、机上の空論とされてしまう。
 話が途切れたところで、セルペンスの冷笑はリヒャルトにまで及んだ。

「敵国出身の奥方にずいぶんと入れ込んでおられるようですが、大丈夫です? おままごと遊びもほどほどにさせないと、痛い目を見ますよ?」

 リヒャルトが憤怒したのは言うまでもない。白い額にくっきりと青筋を立て、拳をブルブル震わせている。殴りかかってもおかしくない状況だった。
 ソフィアはリヒャルトの腕を強くつかんだ。安い挑発に乗ってはいけない。

 セルペンス言い分も、もっともなのである。結果が出ていない状態で信用しろと言っても、無理だろう。しかも、ソフィアはよそ者だ。

「かしこまりました。三ヶ月、お時間をいただけないでしょうか? それまでに、納得いただけるだけの材料をご用意いたします」

 ソフィアの提案にセルペンスの片眉がピクリと動いた。買い取った牧場には、乳牛になり得る出産したばかりの牛や妊娠中の牛もいた。大規模生産には程遠いが、乳製品の試作はできる。試作品を貴族たちに試飲、あるいは試食してもらって、受注を取り付けることができれば……

 ソフィアはまっすぐに悪代官を見据えた。取引には図々しさも必要だ。この場合、謙遜は悪手となる。オドオドした自信のない態度ではナメられるのだ。

 セルペンスはソフィアの態度に不敵な笑みを浮かべた。これは彼が手ごわい証明でもある。三下、モブは強気に出られると、ひるんだり、ごまかしに走るがセルペンスはちがった。「少しは気骨があるではないか?」と、おもしろがってみせる。

「むろん、条件なしではございますまいな?」
「ええ。もし、それなりの成果を上げられなければ、牧場経営はあきらめます。その代わり、有言実行できれば、宰相閣下もいっさいの口出しをやめてくださるようお願い申し上げます」

 今度はリヒャルトが目を剥いて、ソフィアを見た。挑発に乗るなと牽制した本人がこれではそうなる。

「短い期間でそれなりの展望が見いだせなければ、どのみち意味がありません。やってみせます」

 ソフィアは啖呵を切った。セルペンスの蛇の目が獲物を捉えるときのソレになる。完全に敵認定されたようだ。
 玄関ホールの天井に描かれた女神を取り囲む天使の絵。女神を祝福しているはずの天使の一人がこちらを向いて、ウィンクしたように思えた。



※※※※※※※※

「まったく、君は無茶しすぎる!」

 農地へ向かう馬上から、白髪ゴリラにソフィアは怒られた。リヒャルトがセルペンスにぶつけるはずだった怒りの一部は、ソフィアに向けられている。

「勝算がないのなら、あんな約束はしません。目処めどが立っているから、強気に出たのです」

 スカートを取り外した乗馬スタイルのソフィアは、平然と返した。

「リヒャルト様だって、あのツン髭悪代官の挑発に乗りそうだったではないですか?」
「くっ……君を侮辱されたんだ。当然だろう?」
「あのような嘲りには慣れております。わたくしは痛くもかゆくもありません」
「そうはいっても、私の気が……」
「それより、リヒャルト様。セルペンスは強敵ですわ。あらゆる角度から、戦いに臨めるよう準備をしておく必要があります」
「強敵なのはわかっている。気の優しい兄は、ほとんどあの男の言いなりだったからな」
「セルペンスが管理していた時の財務書類を精査するべきです。信頼できる学匠に調べさせることは可能ですか?」
「建築に会計、農地の調査……人材がいくらでもほしいな!」
「横領の証拠が得られれば、強い武器になります」
「清らかな君から出たとは思えない言葉だ」
「公爵夫人たるもの、多少小賢こざかしくないと」
「わかった。しかし、王城の学匠は皆、セルペンスの息のかかった者ばかりだ。信頼できる者を探すのには時間がかかる。農地の調査が終わってからでもいいか?」
「なるべく早くで、お願いします」

 ソフィアは念を押すと、馬の足を早めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた? 転生先には優しい母と優しい父。そして... おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、 え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!? 優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!! ▼▼▼▼ 『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』 ん? 仲良くなるはずが、それ以上な気が...。 ...まあ兄様が嬉しそうだからいいか! またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい

キムラましゅろう
恋愛
ある日突然、ユニカは夫セドリックから別邸に移るように命じられる。 その理由は神託により選定された『聖なる乙女』を婚家であるロレイン公爵家で庇護する事に決まったからだという。 だがじつはユニカはそれら全ての事を事前に知っていた。何故ならユニカは17歳の時から突然予知夢を見るようになったから。 ディアナという娘が聖なる乙女になる事も、自分が他所へ移される事も、セドリックとディアナが恋仲になる事も、そして自分が夫に望まれない妊娠をする事も……。 なのでユニカは決意する。 予知夢で見た事は変えられないとしても、その中で自分なりに最善を尽くし、お腹の子と幸せになれるように頑張ろうと。 そしてセドリックから離婚を突きつけられる頃には立派に自立した自分になって、胸を張って新しい人生を歩いて行こうと。 これは不自然なくらいに周囲の人間に恵まれたユニカが夫から自立するために、アレコレと奮闘……してるようには見えないが、幸せな未来の為に頑張ってジタバタする物語である。 いつもながらの完全ご都合主義、ゆるゆる設定、ノンリアリティなお話です。 宇宙に負けない広いお心でお読み頂けると有難いです。 作中、グリム童話やアンデルセン童話の登場人物と同じ名のキャラで出てきますが、決してご本人ではありません。 また、この異世界でも似たような童話があるという設定の元での物語です。 どうぞツッコミは入れずに生暖かいお心でお読みくださいませ。 血圧上昇の引き金キャラが出てきます。 健康第一。用法、用量を守って正しくお読みください。 妊娠、出産にまつわるワードがいくつか出てきます。 苦手な方はご注意下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

処理中です...