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5話 姉妹
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その晩、ソフィアは妹ルシアに呼び出された。
味も素っ気もないソフィアの部屋と対照的にルシアの部屋はきらびやかだ。豪華な天蓋付きベッドも、ソファーもスツールもクッションも全部ピンク。ソフィアの部屋にある物の倍サイズの鏡台は、ガラスの珠で縁取られキラキラ光っている。天井から吊り下がるシャンデリアの灯りを反射し、ソフィアの目を射した。
ルシアは猫足ソファーにどっかと腰掛け、左右うしろに侍女たちを控えさせている。左右の侍女はルシアの爪を磨き、うしろのはマッサージ係だ。配置的にはお姫様というか、マフィアのボスっぽい感じである。
(いや、これ、血を分けた妹よね? なんで、こうなった?)
今さらながら、ソフィアは妹の尊大さに引いていた。金髪がまぶしい。
ルシアはソフィアを立たせたまま、話を切り出した。
「知ってるのよ、お姉様? 今日、エドがお姉様のお部屋に来たんでしょう?」
ソフィアからしたら、思い出したくもない話だ。ルツがいなければ、無理やり犯されていただろう。つい昼間の出来事だし、まだ心の傷は癒えていない。しかしながら、ルシアが血走った目を向けてくるのは気になった。
「人の婚約者を誘惑しないでくださる?」
「は!?」
ソフィアは聞き間違いかと思った。人の婚約者を誘惑して奪ったのは、そちらではないか。唖然とするソフィアにルシアは追撃を浴びせた。
「エドがお姉様の部屋に入っていくのを、わたくしの侍女が見たの。エドを問い詰めたところ、お姉様に呼ばれたって。未練がましく復縁を迫られたって聞いたわ」
ソフィアは言葉を失った。最悪だ。エドは自分の過失を隠すために、嘘の話をでっち上げている。
「なにも返す言葉はないでしょう? エドは全部正直に話してくれたんですからね。はっきり拒絶されてるのに、ホントにみっともないったら、ありゃしない。その、きったない赤毛と同じね? ブスのくせに人のモノに手を出すんなら、娼婦にでもなったら?」
ソフィアが黙っているのをいいことに、ルシアは言いたい放題である。エドに襲われた件で心は枯れ果てていたため、ソフィアはなにも感じなかった。妹からの嫌がらせや罵倒は、今に始まったことではないのだ。
ただ、不思議なのは派手で人気者のルシアが、地味で陰気なソフィアに粘着してくることである。自分を脅かす存在なら、好戦的なのもわかる。だが、ソフィアは敵にすら、ならないではないか。
無反応なソフィアに苛立ったのか、ルシアの罵倒はヒートアップした。
「あのね、わたし、ずっとお姉様のことが大嫌いだったの。ブスで赤毛のくせにお勉強だけできて、友達もいないくせに……このわたしに対して、へりくだらない生意気な態度をとるんだもの。そのうえ、庭師に図々しく指導したり、城の菓子職人にレシピをあげたり、お父様に意見したこともあったわよね? 変なところで、でしゃばって……」
呆気なく、長年抱いてきた疑問はここで解き明かされた。
そうか、生意気だと妹に思われていたのか──ソフィアは頭の靄がスッと晴れた気がした。要はこういうことだ。あんたのような陰キャ女子は、わたしのような陽キャ一軍女子にひざまずきなさい。わたしを立てない、エラそうな態度をとったら承知しないわよ!……と、こういうことだ。
中学生のころ、いたよなぁ。こういう一軍女子──ソフィアは思い出して、ああ、アレだ!と、つい手を叩きそうになってしまった。人気者の男子と話す、オシャレをするだけでも袋叩きに合う。そういう世界が前世にもあったのだ。
猿山の猿にも似ているだろうか。自分の権力を誇示したいがために、ヒエラルキーを作ろうとする。序列に無関心だと、弱者の層に押し込められ、理不尽な差別を受けるのである。
そして、こういったタイプに卑屈な態度を取らないと大変なことになる。プライドを傷つけられた、馬鹿にされたと過剰反応してしまうのだ。
すでに成人経験のあるソフィアにとって、そんな小さな世界観はつまらないし、くだらないのはわかっている。ルシアが鼻に細かい皺を寄せて、唾を飛ばし威嚇してきても、「キーキー」言ってるな、とぐらいにしか思わなかった。
しかし、内容が実害に及ぶと、心持ちは変わってくる。
「本当はお姉様じゃなくて、わたしが隣国へ嫁ぐ予定だったの」
この言葉は衝撃的だった。さらに輪をかけ、
「お姉様が第一王女だから、王となる跡取りを生むのは、決定事項だったでしょう? でも、わたしなら簡単に覆せたわ」
ルシアはそこでフフンと笑った。ソフィアの顔色の変化に気づいたのかもしれない。
「だって、エドは美男子だし、彼にお姉様は不釣り合いよ。結婚して子供を生んだら、その子が王になる。お姉様が王太后だなんて、笑っちゃうわ」
なんということだ。この妹のせいで、ソフィアは生まれ持っていた第一王女の権利まで奪われたというのか。国を追い出され、身一つで人質として引き渡される。
「お姉様がいなくなって、せいせいする。その醜い赤毛じゃ、どうせ愛されないでしょうけど、負け犬にお似合いの敗戦国でみじめったらしく生きていけばいいわ。わたしは自分に似たかわいい王子を生んで、幸せいっぱいに暮らすけど、妬んでこっちを見てこないでね」
「話はそれで終わり?」
持たざる者は強い。ルシアがゴタクを並べている間に、ソフィアは立ち直っていた。今までこの妹を筆頭に、無関心な父、否定ばかりする母にソフィアは虐げられてきた。そのうえ、婚約者はレイパーだ。この汚泥から逃れられると思えば、隣国行きも決して悪いことではない。
ソフィアはルシアの欲望まみれの淀んだ目をジッと見据えた。ソフィアの目はサファイアではなく、髪と同じ燃えるようなルビーだ。熱い血潮を思わせる自分の瞳の色をソフィアは気に入っていた。
言葉ではなく、目で威圧されるとは思わなかったのだろう。ルシアがひるんだので、ソフィアは余裕の笑みを浮かべることができた。
「ルシア、わたくしもあなたが大嫌いよ。お別れできて嬉しい。エドの件は齟齬があったみたいね。最近ご無沙汰で溜まっているんじゃないかしら? あなたがさせてくれないって嘆いていたわ。浮気されないようにご注意なさいね? 似た者同士、お幸せに……」
言いたいことだけ言って、ソフィアは背を向けた。言い争いは得意ではないが、こちらがおとなしいからといって、調子に乗るのが悪い。たまには言い返してやるのもいいものだとソフィアは思った。
裏切られた、捨てられた、みじめ……から、こんな国と家族、こちらから願い下げだ! サヨナラできてよかった!……に変わった。ソフィアは晴れ晴れした気持ちで、自分の部屋に帰った。
最後に見たルシアの引きつった顔は、なかなか爽快だった。
味も素っ気もないソフィアの部屋と対照的にルシアの部屋はきらびやかだ。豪華な天蓋付きベッドも、ソファーもスツールもクッションも全部ピンク。ソフィアの部屋にある物の倍サイズの鏡台は、ガラスの珠で縁取られキラキラ光っている。天井から吊り下がるシャンデリアの灯りを反射し、ソフィアの目を射した。
ルシアは猫足ソファーにどっかと腰掛け、左右うしろに侍女たちを控えさせている。左右の侍女はルシアの爪を磨き、うしろのはマッサージ係だ。配置的にはお姫様というか、マフィアのボスっぽい感じである。
(いや、これ、血を分けた妹よね? なんで、こうなった?)
今さらながら、ソフィアは妹の尊大さに引いていた。金髪がまぶしい。
ルシアはソフィアを立たせたまま、話を切り出した。
「知ってるのよ、お姉様? 今日、エドがお姉様のお部屋に来たんでしょう?」
ソフィアからしたら、思い出したくもない話だ。ルツがいなければ、無理やり犯されていただろう。つい昼間の出来事だし、まだ心の傷は癒えていない。しかしながら、ルシアが血走った目を向けてくるのは気になった。
「人の婚約者を誘惑しないでくださる?」
「は!?」
ソフィアは聞き間違いかと思った。人の婚約者を誘惑して奪ったのは、そちらではないか。唖然とするソフィアにルシアは追撃を浴びせた。
「エドがお姉様の部屋に入っていくのを、わたくしの侍女が見たの。エドを問い詰めたところ、お姉様に呼ばれたって。未練がましく復縁を迫られたって聞いたわ」
ソフィアは言葉を失った。最悪だ。エドは自分の過失を隠すために、嘘の話をでっち上げている。
「なにも返す言葉はないでしょう? エドは全部正直に話してくれたんですからね。はっきり拒絶されてるのに、ホントにみっともないったら、ありゃしない。その、きったない赤毛と同じね? ブスのくせに人のモノに手を出すんなら、娼婦にでもなったら?」
ソフィアが黙っているのをいいことに、ルシアは言いたい放題である。エドに襲われた件で心は枯れ果てていたため、ソフィアはなにも感じなかった。妹からの嫌がらせや罵倒は、今に始まったことではないのだ。
ただ、不思議なのは派手で人気者のルシアが、地味で陰気なソフィアに粘着してくることである。自分を脅かす存在なら、好戦的なのもわかる。だが、ソフィアは敵にすら、ならないではないか。
無反応なソフィアに苛立ったのか、ルシアの罵倒はヒートアップした。
「あのね、わたし、ずっとお姉様のことが大嫌いだったの。ブスで赤毛のくせにお勉強だけできて、友達もいないくせに……このわたしに対して、へりくだらない生意気な態度をとるんだもの。そのうえ、庭師に図々しく指導したり、城の菓子職人にレシピをあげたり、お父様に意見したこともあったわよね? 変なところで、でしゃばって……」
呆気なく、長年抱いてきた疑問はここで解き明かされた。
そうか、生意気だと妹に思われていたのか──ソフィアは頭の靄がスッと晴れた気がした。要はこういうことだ。あんたのような陰キャ女子は、わたしのような陽キャ一軍女子にひざまずきなさい。わたしを立てない、エラそうな態度をとったら承知しないわよ!……と、こういうことだ。
中学生のころ、いたよなぁ。こういう一軍女子──ソフィアは思い出して、ああ、アレだ!と、つい手を叩きそうになってしまった。人気者の男子と話す、オシャレをするだけでも袋叩きに合う。そういう世界が前世にもあったのだ。
猿山の猿にも似ているだろうか。自分の権力を誇示したいがために、ヒエラルキーを作ろうとする。序列に無関心だと、弱者の層に押し込められ、理不尽な差別を受けるのである。
そして、こういったタイプに卑屈な態度を取らないと大変なことになる。プライドを傷つけられた、馬鹿にされたと過剰反応してしまうのだ。
すでに成人経験のあるソフィアにとって、そんな小さな世界観はつまらないし、くだらないのはわかっている。ルシアが鼻に細かい皺を寄せて、唾を飛ばし威嚇してきても、「キーキー」言ってるな、とぐらいにしか思わなかった。
しかし、内容が実害に及ぶと、心持ちは変わってくる。
「本当はお姉様じゃなくて、わたしが隣国へ嫁ぐ予定だったの」
この言葉は衝撃的だった。さらに輪をかけ、
「お姉様が第一王女だから、王となる跡取りを生むのは、決定事項だったでしょう? でも、わたしなら簡単に覆せたわ」
ルシアはそこでフフンと笑った。ソフィアの顔色の変化に気づいたのかもしれない。
「だって、エドは美男子だし、彼にお姉様は不釣り合いよ。結婚して子供を生んだら、その子が王になる。お姉様が王太后だなんて、笑っちゃうわ」
なんということだ。この妹のせいで、ソフィアは生まれ持っていた第一王女の権利まで奪われたというのか。国を追い出され、身一つで人質として引き渡される。
「お姉様がいなくなって、せいせいする。その醜い赤毛じゃ、どうせ愛されないでしょうけど、負け犬にお似合いの敗戦国でみじめったらしく生きていけばいいわ。わたしは自分に似たかわいい王子を生んで、幸せいっぱいに暮らすけど、妬んでこっちを見てこないでね」
「話はそれで終わり?」
持たざる者は強い。ルシアがゴタクを並べている間に、ソフィアは立ち直っていた。今までこの妹を筆頭に、無関心な父、否定ばかりする母にソフィアは虐げられてきた。そのうえ、婚約者はレイパーだ。この汚泥から逃れられると思えば、隣国行きも決して悪いことではない。
ソフィアはルシアの欲望まみれの淀んだ目をジッと見据えた。ソフィアの目はサファイアではなく、髪と同じ燃えるようなルビーだ。熱い血潮を思わせる自分の瞳の色をソフィアは気に入っていた。
言葉ではなく、目で威圧されるとは思わなかったのだろう。ルシアがひるんだので、ソフィアは余裕の笑みを浮かべることができた。
「ルシア、わたくしもあなたが大嫌いよ。お別れできて嬉しい。エドの件は齟齬があったみたいね。最近ご無沙汰で溜まっているんじゃないかしら? あなたがさせてくれないって嘆いていたわ。浮気されないようにご注意なさいね? 似た者同士、お幸せに……」
言いたいことだけ言って、ソフィアは背を向けた。言い争いは得意ではないが、こちらがおとなしいからといって、調子に乗るのが悪い。たまには言い返してやるのもいいものだとソフィアは思った。
裏切られた、捨てられた、みじめ……から、こんな国と家族、こちらから願い下げだ! サヨナラできてよかった!……に変わった。ソフィアは晴れ晴れした気持ちで、自分の部屋に帰った。
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