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六章 ハンティング

四十九話 ハンティング④

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 神野君は、ニッコリ微笑んだ。
 

「さあ、始めようか」


 まず、俺達六人は二グループに分かれた。つぎに順番で中に入る。何故なら、改造銃は三丁しかないから。リーダー格である神野君と俺はいつも通り別々になる。他四人にジャンケンをしてもらい、どっちか決めてもらった。

 俺のチームは青山君と水木君、神野君チームは清原君と沢野君だ。銃の威力は頭を狙えば、数発でゾンビを倒せるとのこと。


「師匠、中にいるゾンビの数って大体分かってんの?」
 
 清原君が訊ねる。


「……んん、多分二十匹くらい?」

 神野君は言い淀んだ。


「数が分かんないと、次チームにゾンビが残らないかもしれないよ? 先鋒チームとの不公平感が大きいと思う」

「ごめん、そこまで考えてなかった。でも、下見に来た時は結構、数いそうだったんだよな……制限時間十五分で殲滅は難しいと思うけど……」

「あの……僕のメリーさんを予備として使うのはどうかな?」


 青山君が口を挟んだ。先鋒チームがゾンビを殲滅してしまった場合、青山君の連れてきたメリーさんをハンティングに使うのはどうかと言っている。

 皆は白けた視線を唸っているメリーさんへ送った。仕方あるまい。殲滅戦とたった一匹を狩るのとでは違いが大き過ぎる。

 結局、先チーム十五分、次チーム三十分の制限時間にすることで一致した。ゾンビが余った時は全員で殲滅に向かう。

 大抵こういう時、俺は下手を打つ。くじ運とか最悪なんだよな。んで、なぜか悪運は強いっつう……勝てた試しがない。

 俺はジャンケンに負けた。俺達のチームは後。神野君達が終わるまで待機することになった。


「もうー……田守君てば……」


 青山君は不満顔だ。弾の装填を終えると、神野君達は正面玄関から屋敷へ入って行った。残されたのは俺と青山君、痩せ型眼鏡の水木君、それとメリーさん。


「でも、正直俺はホッとしてるよ。あの中に一番乗りはしたくない」
 

 水木君が眼鏡のズレを直しながら言った。確かに気持ちは分かる。この不気味な屋敷へ入り込むには勇気がいる。色んな意味で……


「僕は早く改造ガン触らして貰いたかったけどね」

「それは同意」

 青山君の言葉に俺達は頷く。
 

「でもさ、どんな改造してるか詳しく聞いてないけど、フレームや部品がパワーに耐えられるのかな……下手すると数回ぶっ放しただけで壊れることもあるらしいし……」

 水木君が不安そうに言った。


「壊れちゃったら、神野君に昼飯奢らせよう。神野君のことだから、ちゃんと考えてるとは思うけど……」
 

 俺は答えた。だが、水木君の不安は的中する事になる。三十分経っても、神野君達は出て来なかった。


「先鋒チーム、ズル過ぎる……」


 などと、最初の内はボヤいていた青山君もさすがに予定時間より三十分もオーバーすれば、顔が強張って来る。

 いつの間にか、カラスが屋根に集まっていた。何か待つかのごとく、ジッとこちらを見ているのは不気味だ。ヌルッとした風が俺達の間を通り抜けていく。


「どうしよう……ゾンビ専用ダイヤルに連絡すべきかな……」


 こんな所でゾンビ狩りをして遊んでたら自業自得だし、きっと救助隊員にしこたま怒られる……

 もし、何もなかった時のことを考え、二の足を踏んでしまう。かと言って、自分達で助けに入るのも勇気がいるし……
 俺達は即座に行動出来ず、時間だけがイタズラに過ぎていった。何度かけても携帯は出ない。
 
 神野君達が入って四十分が過ぎる頃、ようやく俺は重い腰を上げた。中へ入って取り敢えず状況確認しようと青山君と水木君が言うので、従うことにしたのである。


「もし、ヤバそうだったら即行通報するってことで……」

「田守君、ちょっと待って!」

 青山君が急に遮った。


「……!?」

「何か、音しない? 叩くような……」

「ほんとだ、聞こえる……」
 

 水木君も頷いた。

 俺達は玄関ポーチの階段に座っていた。何かを叩くような音は屋敷の側面から聞こえてくる。


「あっちか!」
 

 俺は立ち上がり、来た時、開けっ放しになっていた勝手口へ走った。
 
 バンバン!
 中からドアを激しく叩いている。明らかに力の入れ方がゾンビの叩き方ではない。


「頼む! 開けてくれ!」
 

 声が聞こえる! 何でだ!? 内側から開けれないのか!?……考えられるのは壊れている、又は元々そういう造り。
 俺は震える手で鍵穴に鍵を差し込んだ。神野君から預かっていた鍵だ。壊れているのなら、助けられまい。
 
 カチリ……カチャン!
 飛び出して来たのは、清原君と沢野君だった。


「ウギャアアアオオウェ……」


 腐臭と共に、ゾンビの雄叫びが闇から漏れ出してくる。二人の背後、数メートル先の廊下にはゾンビの大群がひしめいていた。

 ヒュンッ! 縮みあがる光景を目の当たりにした俺は慌ててドアを閉め施錠した。途中、鍵を落としそうになる。

 殺人鬼坂東は、勝手口を内側から開けられないようにしていた。理由は……余り想像したくない。
 

「ヤバかった。二人とも弾切れで……あと数秒、遅かったら……」
 

 息を切らしながら言うのは清原君だ。追い詰められた状況下、銃で応戦していたものの、弾が無くなってしまったようだ。


「神野君は?」

「……まだ中にいる」


 俺は固まった。先日のボランティアでゾンビになってしまった皆山さんの顔が頭をよぎる。


「一階で狩っている間は全く問題なかったんだ……」
 

 清原君が中の状況を説明した。

 十分ほどで、一階はほぼ制圧出来たという。残り五分、二階へ行こうとした時、神野君が地下室を見つけた。地下室へ続く階段は、この勝手口の近く。バスルームの横にある。
 
 ゾンビの気配を感じ、三人に緊張が走った。が、一階を制圧したことで慢心してしまう。好奇心が不安に勝ってしまった。薬品の臭いと腐臭が立ち込める階段を三人は下りて行ったのである。 


「中は真っ暗だった。手持ちの懐中電灯だけでは足りないくらい。そこで諦めて帰れば良かったのに……」


 地下には細長い廊下が横たわり、片側にドアが三つ並んでいた。呻き声はどこのドアからも聞こえてくる。中で繋がっているのかもしれなかった。


「俺達は師匠を先頭に奥へと進んで行った。その時、師匠の後ろにいた俺はドアの取っ手に思わず手をかけてしまったんた。暗くてよく見えなくて……」


 沢野君が下を向いて話した。沢野君は俺と同じポッチャリ系である。インドア派らしく肌が白くスベスベしている。俺との違い? 眼鏡をしていない。


「ほんの一瞬だった。すぐ手を離したのに……」


 ドアは勢いよく開き、大量のゾンビが飛び出して来た。


「僕達は無我夢中で地下から逃れるしかなかった。でも階段を上がると、そこには信じられない光景が広がっていたんだ……」


 一階はゾンビだらけになっていた。地下へ行っている間、二階から降りてきたのか、それとも調べ忘れていた部屋から溢れ出てきたのかは分からない。奇妙なのは一階で十分以上、銃声を鳴り響かせていた時にはうんともすんとも言わなかったのに、突然湧き出たのである。

 沢野君と清原君は階段横のバスルームに逃げ込むしかなかった。


「その時、初めて師匠がいないことに気が付いた……」
 

 沢野君は下を向いたまま、唇を噛んだ。

 地下室のドアが開かれた時、神野君は沢野君達より奥にいた。外開きのドアと溢れ出たゾンビによって廊下は分断される。夢中で逃げたため、神野君を置いて来てしまったことに気付かなかったのだ。


「その後、しばらく俺達はバスルームに潜んでいたが、意を決して脱出したという訳だ」


 清原君が沢野君の言葉を引き継いだ。

 マジか──
 この二人の話が本当なら、神野君が無事である可能性は低い。


「誰か、ゾンビ専用ダイヤルにかけてくれ! もう俺達の手には負えない」

 
 清原君の悲痛な叫びは恐怖心を煽った。屋敷のどこかで助けを待っている可能性だって、ゼロではない。何とか助け出さねば……

 青山君がゾンビ専用ダイヤルに電話し、他三人は神野君の携帯にかけ続けた。スマホが手元にない俺だけがヤキモキして、皆の周りをグルグルと回る。


「……田守君、ダメだ。繋がらない……」
 
 青山君が頭を振った。


「番号間違ってないか? ちゃんと確認しろよ」

「間違ってないよ、絶対に。自動音声が流れるんだけど、その後「只今大変混み合っています」で切れちゃうんだ」


 ゾンビ専用ダイヤル、そんなに混み合ってるのか……緊急を要するのに、どうすりゃいいんだ? 他の三人も首を横に振っている。神野君の携帯にも繋がらないらしい。

 このまま、手をこまねいてはいられないし、とは言え、屋敷へ突入するには相当の覚悟がいる。既に死んでいる可能性だってあるのに……


「多分、神野君は生きてると思うよ」


 不意に青山君が言った。オレは眼鏡をずり上げて、青山君の虫的な顔を注視する。


「何故なら……神野君は沢野君のすぐ前を歩いていたんだよね? ドアが開け放たれた時、神野君はドアの裏側にいたはずだ。ゾンビの群れは沢野君達をターゲットに定めていたから、そちらへ向かう。ゾンビがいなくなった後で、脱出は十分可能だ」

「……でも、屋敷中ゾンビだらけだ」

「だから、助けが必要なんだ。きっと、神野君はどこかに隠れ潜んでいる」
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