上 下
28 / 86
四章 災難

二十八話 落ちてくる①

しおりを挟む
 俺はヘッドホンで耳を塞ぎ、リビングでトゥインクルハニーの録画を観ることにした。ヘッドホン大音量でも、チャイム音が微かに聞こえるのは我慢する。
 通報することも考えた。しかし、今は面倒くさい応対をしたくない。昨日のバイトで疲れているのだ。ドアチェーンも掛けたし、気持ち悪いけど放っておこう。そのうち、いなくなるだろ。

 ここ数日の出来事が俺を図太くしていた。図太いというか、鈍感になったといったほうが正しいのかもしれない。
 
 女児が好みそうな原色をふんだんに使い、キラキラ感満載のトゥインクルハニーのオープニングを早送りせず観る。本編始まるまえの高揚感を高めておくためにも、オープニング大事だろ? 最近のアニメオープニングって毎回同じと思いきや、ちょっとずつ変わったりする。当たり前だが、アニメを観るにあたって大事な要素なのだ。
 次に俺はCMで女児向け玩具をチェックする。子供向けにもかかわらず、ハイクオリティの物もあるから要チェックだ。ガシャポンや食玩、カードは大人でも集めたくなる。
 
 商売上手の玩具メーカーのCMが終わると、お待ちかねの本編が始まった。トゥインクルハニーには仲間が四人いる。最初は敵だったりしたのが仲間になったり、全員が集まるまでにいろいろあった。女児向けアニメと侮ってはいけない。俺のようなアダルトが喜ぶような要素を各所に設けており、表向きは女児向けでも裏では大人が見ることを想定している。大人向けのフィギュアやアクセサリーなどは数万するのがザラだし、もちろん大人サイズの衣装も販売されている。イベントへ行けば、家族連れに混じって最前列を男の集団が陣取っていることだってある。

 アニメ本編でも頻繁にパンチラサービスをしてくれるが、イベントではもっとである。しかもカメラで撮ってもいい。さりげなくかがんだり、お辞儀をする時など俺たちを意識しているのは明白だ。要はファンサービス。イベントで眉を顰める女児親たちの視線は意にも介さず、必死にシャッターを押す熱心な信者たち。俺は彼らほどでないにせよ、二次創作などで楽しませてもらっている。

 何が良いかと言えば、大人向けに媚び過ぎていないところである。どうせ、おまえらこういうの好きなんだろ、オラオラ……てな具合に俺たちの好きな要素を詰め込んだ作品は逆に興醒めする。いくら肉が好きだからと言って、ハンバーガーをバンズでなく肉で挟むような真似はしてほしくない。そういうことだ。もしくは、いくら可愛くとも三十路の女優が処女で女子高生の設定のAVとか……余計わかりにくいか。

 とにかく、そういったわけで俺は女児向けアニメトゥインクルハニーを観ている。
 主人公のピンク含めて五人の美少女ヒーローのうち、一番人気はイエローである。ロリ要素が強いドジっ子キャラだ。今、観ている回ではそのイエローが美少女ヒーローを脱退すると言い出し大騒ぎになっていた。

 学校も休み、家に引きこもるイエロー。説得しに来たピンクたち、仲間を追い返そうとする。


「私たち、仲間じゃない! どうして?」
 

 姉御肌のピンクが家へ押し入り、少年マンガの主人公的セリフを吐く。こいつは主人公だけど、一番人気ない。こういうズカズカと人のセーフティーゾーンへ入ってくるキャラは好かれないよな。ストーリーは進行するけど。


「私なんてドジだし、いつもみんなの足引っ張るだけだから、いないほうがいいに決まってる……」


 目をウルウルさせながら、いじけるイエロー。可愛すぎる……

 ふと、振動を感じて俺は振り返った。録画を止めてヘッドホンを外す。いつの間にかチャイム音は止まっていた。
 リビングを挟んで北側に俺の部屋、南側に夫婦の寝室がある。この三部屋はベランダに面していた。リビングのテレビは俺の部屋を背に置かれているから、俺は夫婦の寝室に背を向けた形で座っている。

 夫婦の寝室へとつながる通路に不穏な空気が漂っていた。ソファーに座った俺は体を大きく傾け、様子をうかがう。瞬間、寝室のドアが膨張したかと思うと……黒ずんだ塊が飛び出した!
 
 ゾンビだ。え? どこから入ったんだ?

 俺の存在に気づき、唸りながらすぐに突進してくる女ゾンビ……リラックス空間にいるはずのない化け物がいる。そのことは俺を軽いパニック状態にさせた。ビクンとソファーから飛び起きた俺は、狭いテレビのうしろ側へと逃げ込んだ。
 
 自分でもなんでそんな所へ逃げ込んだのか、わからない。本能的に狭い所へ入りたくなってしまったのかもしれない。これはあとで激しく後悔することになる。
 ターゲットを定めたゾンビは俺を追いかけてきた。しかしながらその足にコードが引っかかる。テレビ裏はゲーム機やらインターネットやらのケーブルで少々込み合っている。俺という獲物を目の前に進もうとするも、うまい具合に絡まってしまった。


「うーうー」


 唸りながら手を伸ばしているが、もう一歩も前へは進めない。コードが抜けるのは時間の問題とはいえ、かなり間抜けな状態だ。言うなれば、眼前に人参をぶら下げられた馬状態。うしろへ下がればいいのに、ゾンビの知能では前に進むことしかできない。俺は少し冷静になり女ゾンビの顔を見た。

 あれ? どっかで──

 上階の奥さんである。眼鏡はかけてないが……ついこの間、苦情を言いに行ったばかりだから間違いない。顔色悪さがさらに倍増している。


「ウリィイイイイァアアア!!」


 上階の奥さんは某人気漫画の吸血鬼みたいな雄叫びをあげた。口の端からは、緑色のゲル化したスライムを垂れ流している。その粘着力ある流体はテレビ裏に置いたハードディスクへと垂れた。


「……」
 

 ぎゃぁああああああ!! 俺の、俺の、大事な録画用ハードディスクがぁあああああ!!

 しかも、テレビと繋がるケーブルの差し込み部分へと垂れている。
 ババア、俺の怒りに火をつけたな? ぜってぇ、許さねぇ! 俺は足元にあった観葉植物の植木鉢を両手で持ち上げた。俺の気配に反応して手を伸ばしてくる女ゾンビ。その懐へ俺は一気に入り込んだ。腐った手が俺の腕をつかんだとたん、植木鉢をゾンビの頭上へと振り下ろす。

 グヂャ……
 嫌な音のあと、テレビ裏は目も当てられぬ状態になった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/1/12:『すなば』の章を追加。2025/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/11:『よなかのきせい』の章を追加。2025/1/18の朝8時頃より公開開始予定。 2025/1/10:『ほそいかいだん』の章を追加。2025/1/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/9:『ゆきだるまさんが』の章を追加。2025/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/8:『つめたいかぜ』の章を追加。2025/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/7:『なべ』の章を追加。2025/1/14の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/6:『はなしごえ』の章を追加。2025/1/13の朝4時頃より公開開始予定。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

感染

saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

処理中です...