Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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いんたーみっしょん

2.

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 大学では周囲と程よい距離感のまま過ごしていた。
 一緒にお昼を食べて、実習をして、テストに、レポートを片づける、ごくたまに遊びに行ったり買い物に付き合ったりもする、普通の大学生。
 千晶は普通の大学生活からサークルと恋愛を抜いただけ。
 同じ様に学内の面倒事を避け、学生生活とその先をも上手くやり過ごしたい人々とゆるく繋がっていた。

「週末は法学部の人と意見交換するんだけど、高遠さんもどう?」
「バイトあるし今回はパス、また誘って」
「えー、遅れていいから来てよ、OBも来るってよ」 

 それはもう合コン、…法学部はノリが悪いから嫌だと断る千晶は、自分のハードルが上っていることにまだ気づいていない。

「私も行くからどう? 高遠さんがいれば安心だし」
「あれ、直田さん彼氏は?」
「それがね、大学生なんだから色々遊んでおいでって」
 
 そう千晶に言ってきたのは去年の戦犯疑いさん。脇から訝しむ声が挟まれるが、千晶はのほほんとフォローする。

「…怪しいわね」
「それだけ自信があるんだろうね、束縛するよりいい人じゃん」
「アンタもお人よしの思考ねぇ」
「ふーん、タマちゃんは独占欲強めかぁ」
「その呼び方やめて」

 他愛のない恋バナを聞きだしたり、それなりに和気あいあいと過ぎる日々。

 積極的に交流を持たなくても、時々また聞きで入ってくる先輩や他校の情報から、前知識のない千晶でも先々の十分見通しを立てることができた。

 千晶のところは学期中は忙しいが夏と春の長期休みは確保されている。
 
 そして夏休み直前――追試になった者もいるけどまぁいい、バーべーキューをしにまた河川敷へやってきた。前回より下流の設備の整った場所で木陰もある。足元も平坦でヒールでも大丈夫。だが、今年は部外者の女の子に声を掛けるのは禁止になった。

「たった一年で何があった男どもは」
「ハイエナがうざくなったんでしょうよ、こっちはドン引きされるっていうのに」
「私たちのどこをみてるんだろうね」
「やたら高給だと思われてるよ、うちはさぁ――」

(なんとなく同業でくっつく理由が分かってきた…)内内だけで固まり始める彼らのぼやきを、どこか他人事で聞く千晶はまだ何も分かってない。

「高遠食べてるか? はい帆立とトウモロコシも」
「ありがとう」

 少しずつ変化するものと変わらないもの。今回は仕切り…じゃなくて張り切った人達に任せて千晶は食べるだけ、経済的なことは置いておいても、能力の高い人達に囲まれて過ごすのは気楽でいいと思い始めた今日この頃。
 甘い朝もぎのトウモロコシに舌鼓をうつ。
 ふと食べさせたい顔が浮かんで――消した。これをそのまま持って帰れるわけじゃなし、収穫したてが一番おいしいのだと農家の受け売りをきいて、いつかやることリストにトウモロコシの栽培を加えた。
  
「買い出し追加いくけど何かある?」
「ビール」「花火、花火やろうよ」

 私も行くよ、とお腹の膨れた千晶は買い出しの手伝いへ。
 去年より落ち着いた、でもお約束のように股間で打ち上げ花火を揚げるおバカなネタ付きの、賑やかで楽しい夏の夕方だった。



 今年の夏も千晶はバイト、と遊びと、それからもうひとつ。
「ねーこー、おねーちゃんが帰ってきましたよー」
 半月も家を空けるのは迷ったが、時間があるうちに取っておいたほうがいいという周囲の声に従い、合宿で運転免許を取りに行った。猫のために最短で上がってきたのに、チラっと姿を確認しただけですり寄っても来ない二匹に千晶は突っ伏していた。

「ねこー、お土産もあるよー ぬいぐるみー」
「夜はアキんとこで寝てたよ、気にしてんたんだってば」
「……」

 そんなやり取りをしながら、弟と姉は若葉マークを手に、少し遅い盆休みに父親が車で帰宅するのを待ち焦がれていた。レンタカーは免責が効かない初心者、カーシェアリングに登録して乗る用もない地域。練習には家の(古い)車が最適だ。

「ただいま」「ただいま、やー暑いね」
 排気音も無く玄関先に現れた両親に、姉弟は顔を見合わせる。
「おかえりなさい、新幹線?」(訳:なんで車じゃないんだよ)
「たまにはいいだろ、ほれ豚まん、イカ焼きも入ってるから」(訳:ぶつけられてたまるかよ)

 もう長距離は辛いだのと笑顔で手提げ袋を渡す父親に、姉弟は免許を取れたと言うんじゃなかったと、心のなかで盛大に舌打ちをした。


「やっぱりバイクの免許も取っておいてよかった、ナンバーとってこよっと」
「だね、俺もいくよ」
「バイクって何? 聞いてないよ」
 早々に親の車に見切りをつけた千晶と、七海も仕方なく、去年のクリスマスに届いた(誰も欲しがってなどいない)古いバイクを乗ることにした。
 が、千晶だけが両親と兄に懇々と女の子が乗るんじゃないと説き伏せられるという理不尽。弟の加勢でようやく許可が下り、服装や保険の重要性を耳にタコが出来るまで聞かされ、解放された。

 七海は友人と遠くまで出掛け、慣れない千晶は近場にのんびり一人で出掛けた。ほんの少し行動範囲が広がった証に、地図帳を広げてペンで塗った。


「やっぱ車も欲しいよね、荷物乗らないし、雨の日は乗れないし」
「車はカズに買わせようよ」
「あの給料で? 買ったところで貸してくれると思う?」
「レンタカーより高くつきそう」
 姉弟は溜息をついた。
 俺のものは俺のもの、お前のもの俺のもの。――兄はそういう生き物だ。



 秋になり、千晶の元に葉書が届いた。遠い海の向こうの消印スタンプに差出人の情報は無かった。
 卒業名簿を見たのだろう、医学科の高遠姓は兄だけだ。
 窓枠とセントラルヒーティングの上ではみ出すように寛ぐキジトラのデブ猫の写真。これといったメッセージも書かれていなかった。わざわざプリントアウトして切手を貼ったのか、千晶はちょっと笑ってそれをクッキーの空き缶に仕舞った。



 一年間の病院ボランティアも終わる。
 千晶は今日も紙芝居と読み聞かせをする。『幸福な王子』と『ナイチンゲールとばらの花』、声色を変えながら臨場感にあふれた語らいは子供達を涙ぐませるのに十分だった。
 「でも?」 「どうして?」
 自己犠牲は是か非か。子供達は答えを欲しがったが、千晶はそれに答えず、またいつか思い出して読んでみるように言った。
 最後に千晶がおちん〇んの本を手にすると子供はうんざりした顔でそれを取り上げ、代わりに妖精さんの絵本を手渡した。ほんのりファンタジーは日常のすきまに奇跡を起こすかもしれない。
 下ネタで笑わせられない千晶は内心残念がっていたけれど、子供達はほっこりとした顔で満足そうだった。
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