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12月
3.
しおりを挟む手作り感年代感満載の飾りつけがされた病院内、ロビーコンサートなどのクリスマスイベントは先週に開催され、外部の喧騒とは逆に静かなものだった。
「お姉さんはミニスカサンタじゃないの?」
エプロンにサンタ帽だけの千晶に声を掛けたのは様子を覗きに来た慎一郎。病院は通常の面会時間内だ。
「子供向けだよ、誰かさんがトナカイの着ぐるみ着て四つん這いになったら着てもいいよ」
「病院でそういうのはマズいんじゃないかな」
「…乗るのは子供に決まってるでしょ」
どんな想像をしたのか、千晶は冷たい目でスーツ姿の男に角付のサンタ帽を渡し、折角来たんだから子供達の相手をしてと押し付ける。トナカイは四つん這いにはならずに器用にオルガンを弾き、皆で歌を歌ったり、本を読んでやったり。
「おにいちゃん、これできる?」
「どうかな」
「すごーい」
子供達はクールでとっつきにくい印象をものともせず寄っていく、彼らの目は慎一郎の外面のその奥もしっかり見ているようだ。慎一郎もそれにこたえるかのような好青年っぷり。
「ちょっとからかうつもりだったのに、なんだかそんなのよくなっちゃったよ」
「おにーさんも優しいとこがあるのね」
また来てねとせがむ子供たちを千晶はやんわりとかわし、大人からの冷やかしを適当に流して病院を後にする。
「また来るね、とは言わないんだね」
「うん、子供はよく見てるもん。次は来月だし出来ない約束はしないよ」
千晶が慎一郎を周囲に『友人』と紹介するのは、慎一郎がヒモ予備軍には見えなかったのもあって生温くスルーされていた。
今日のこんな日に会って誤解されない訳がない。千晶が純粋であったら愛の言葉はなくとも恋人だと自惚れていただろう。純粋でなくても、普通ならこの関係に何かしらの言葉を求めていたかもしれない。
カップルイベント事に興味の薄い千晶は12月から2月が面倒くさくて仕方がなかった。そういう意味では気楽な関係でもある。隣の男も千晶同様イベントごとに関心はなさそうだった。
今日の千晶は授業とボランティア、慎一郎は昼から予定があると言っていただけだ。
早く終ったから寄ったんだろう、千晶の認識はその程度。
すっかり色味の無くなった公園の広場では中年の男性が鳩にパンの耳を与えていた。
少し歩いて、教会へ。都会――ビルばかりが目立つが低層の建物も緑も多い、そのなかのひとつのちいさな木造の教会。いつも足の向くまま進む二人の、今日はどちらの意思が反映されたのか。
あの日も、どこへいくとも言わず聞かず、ただ二人並んで歩いた。
千晶がそっと眺め讃美歌を口ずさんでいると、「宗教はアヘンか」清廉な祈りを折る一言が。
「まーたそんなこと言って。救いは無いってこと?」
宗教が悪なのではない、宗教に縋るしかない社会が悪なのだ、という主張は社会共産主義が机上の空論となった現代においてどんな意味を持つのだろう。慎一郎が特定の思想信条に傾向した様子はなかったが。
「救済か、両親はクリスチャンなんだ。母親がカソリックで父親がプロテスタント」
熱心な信徒ではなく日本人的な他宗教に寛容で形式的なゆるーいタイプだそうだが、千晶の頭には直嗣の顔が浮かんだ。
「それ笑うとこでいいの?」
「笑うとこだよ」
「ブラック過ぎ、――アヘンは言い過ぎだけど拠り所は必要かもね、私も何かやらかしたら救いの扉を叩くのかも」
「for if you forgive men their trespasses, your heavenly Father also will forgive you」
(汝等もし人の過ちを赦さば、汝らの父も汝らを赦し給わん)
正教会がいいかなと軽く笑った千晶に慎一郎は笑い返し、全く感情のこもらない声で聖書の一節を諳んじた。
資本主義経済の限界が見え始めた今、人はどこへむかうのだろう。
――彼女が信仰を求める姿は想像できない。己の苦しみを吸い上げて捨てられる者に人びとは縋る。その者の苦しみは誰が聞く?
「シンの源流は聖公会?」
「そうかもね、ゆるーいけど。三田より寄宿学校時代のほうが精神形成への影響は強かったかな、アキは?」
「うーん、幼稚園と、子供の頃は杉並に住んでて日曜学校に行ってたよ。幼少期の刷り込みって意味なら父と弟もゆるーくそっちかな。母はなんだろうと罰当たりはいけませんって宗教観だなぁ」
要するにクリスマスを祝い、一週間後には煩悩を払いにお寺へ、そして新年には神社へ初詣というごく普通の日本人的なごった煮一家だ。慎一郎も同じく祭祀や帰属意識に倫理規範としての役割を理解している。
「(お兄さんは触れたらいけないほうか)畏怖は文明の如何を問わず人類共通の概念か、求めるから――(以下略」
「(また始まったよ)はいはい、行きますよー」
兄に言及しなかったせいでまた新たな誤解を生んだと気づかない千晶。千晶の兄はカルトにもコミュニズムにも傾向していないし、引きこもりでもない。
「信条でコミュニティを形成するのはさ、――」
「順序が逆、つまり、それ自体が宗教で――」
話題にタブーのない二人はしようもない話をしながら戻り、民家や店の飾りつけに誘われるように駅の反対側のイルミネーションを数か所見て回る。
「色あいはオレンジなのに温かみがないよね、さっきの白いほうがまだスッキリしててよかったな」
「LED光の直進性が――」
「揺らぎって――」
ロマンチックなイルミネーションにも感動することもなく光源や費用や安全性がどうこうと雰囲気ぶち壊しな会話をしているのがこのどうしようもない二人。幸いなことに周囲は誰もこの無粋な会話に気づいていなかった。
肩や腰を抱いたお二人様の間を、どうしようもない二人は器用に縫って歩く。
ムートンのコートに赤と緑を含んだマルチストライプのマフラーを巻いた千晶が数歩先になる、一人でもひらめくように歩き、周囲と馴染んで、でも混じり合わない。
ふと、コートの袖口を伸ばして着ていることに気付き慎一郎は目を細めた。
人の波に漂い、そして再び隣にいる。
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