Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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11月

9.

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「何に見える? あなたは誰かを無条件で信じられるかな」

 問いかけの文言はキツいのに口調はおだやかだ。その目にも挑発の色はない。どうみても慎一郎より歳は下、千晶よりも下、だが、タメ口にも失礼さを感じさせない、不思議な存在感が漂う。

「君は」慎一郎は軽く目を細める。

 背も慎一郎より23センチ低いだろうか、それでも5センチヒールのブーツを履いた千晶と二人並んだバランスはちょうどいい。明るめの栗色で軽く巻いた髪、顔立ちは美形そのもの、しっかりした眉を二重の柔和な目が中和して取っつきにくさはない。中肉でダッフルコートの上からでもスタイルの良さが見て取れる、セルフレームのメガネ――は伊達。そして成長段階の未完成さは将来の期待値へと続く。千晶も慎一郎も外見は整っているほうだけど数段階違う。
 
「…ガブリエル? ウリエル? どちらかな。俺は乞うのみだよ」
「ふふ、このひと面白いね」
 
 大天使の名を挙げられても弟は褒められ慣れた者特有の慣れか、特に照れも謙遜もしない。顔は千晶に向けているが声は慎一郎に向かっている。そして顔も慎一郎に向けると。
 
「名前なんて記号だよ、あなたは港区ナンバーのFDのひとかな?」
「多摩ナンバーにしようか?」
「お好きなように、――ナツ」

 答えに満足したのか七海は笑いながら千晶に何か告げると、友人の元へ、こちらは紺のメルトンコートに本物眼鏡の理系君、何を買ったのか紙袋を抱えている。戻った七海と笑いあってから千晶たちに軽く会釈をすると去って行った。

「…どこで見られてたんだろう」
「空からでしょ」

 慎一郎は彼とのやり取りに満足し、軽く笑って頷いた。
 
「似てないでしょ、よくわかったね」
「……、彼は確かにいじくる対象ではないね、年下と侮れないし腹の中が読めない」

 ちょっと焦ったなんて言えやしない、似ていないようで似ている、姉と同じ髪色、と肌と骨格、と何より同じ瞳と空気感。弟は可愛い天使なんてべた褒めで言うから、歳の離れた小学生かと想像していたのに。彼女もつかみどころがないが、彼は正体を掴ませない剣呑さがある。
 
「うちで一番読みにくいけど裏はないよ。優しくてよく見てるし勘も鋭いぶん、怒らせたら容赦ないだろうなってだけ」
「彼はなんて?」
「ああ、夕飯残しておいてって」
「そうじゃなくて」

 千晶もただ天使と言っていた訳ではないらしい。更に世を忍ぶ名を知ると慎一郎は両手を上げた。

 ♪~ 

 彼を現わすための言葉を見つけるのは難しい、慎一郎は語る代わりに、彼の名の入ったダンスナンバーを口ずさむ。すると、千晶がリズムをとるように軽く身体を揺らせハミングを加えた。



 闇鍋は止めて、自動販売機で温かいココアを買う。よく保温された缶は熱すぎる。カイロ代わりにポケットへ。慎一郎は千晶のもう片方の手を取って、自分のコートのポケットへ。

「ところで病院の天使はどうだったの?」
「今日も遊んだり、勉強を手伝ったりね。教科書だけで理解できるようになってないのがさー」
「…アレね、」

 附属病院に院内学級は設置されていない。子供たちの勉強をみる学習ボランティアは入っているが、とても学校の勉強には足りないのだ。慎一郎、日本の教育、とりわけ教科書には一家言を持つ。慎一郎の体験を伴った持論に千晶は学習支援への方向を探すように興味深く耳を傾けた。

「お医者さんになりたいって子もいてね」
「へぇ、頼もしいね。小さい子には何を読み聞かせたの?」
「紙芝居でごんぎつねとかの新見南吉集だよ」
「…嗚咽にまみれた子供の姿が浮かぶようだよ」
「カタルシスだよ、そのあとで笑わせようとうん〇絵本とかの下ネタをやったら子供も大人も固まっちゃって」

 病院の子供達はとても物分かりがいい。そんな普段いい子ちゃんな子供達の埋もれた感情を引き出そうとする努力はわかるが、キャラってもんがあるだろう。とてつもなくシュールな光景が浮かんだ。

「……だろうね。アキも弟君も下品なネタは受けないと思うよ」
「はあ? どの口が言うかな」

 


 突然やってきた冬に、あの公園の桜の葉も街の街路樹の葉も、色付く間もなく落ち葉となってビル風に舞っていく。

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