Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

文字の大きさ
上 下
36 / 138
10月

1.

しおりを挟む
「現代美術ってよくわからない」
「価値を決めるのは何か。紙幣も印刷された紙だ、製造コストで言えば1円玉は1円以上の費用が――」
「アートの定義って、そもそも注文主の意向に沿った作品を作り上げたのがさ」
「そうだね、それが後年評価され芸術と称され、美の追求へと変わっていった。そして技法が出尽くしてしまった現代においては表現に重きが置かれている。その新たな試みを評価するものがいて――」
「人に見出されないと芸術にはなりえない?」
「ふm、見いだされる前後で対象に変化は起きてはいない。見いだされずとも――(以下略」

 今日は千晶の大学帰りに美術館に二件寄った、相変わらずしようもない二人。

「服飾は面白かったな、貫頭衣は素晴らしいよ、あの汎用性こそ機能美の神髄だね」
「…近現代をバッサリ否定しちゃうの」

 駅へ向かう道すがら、千晶が百貨店の前で立ち止まる。半袖で歩く人もいるのに、ショーウィンドウの中はもう冬物のコーディネートだ。綺麗な色のラムレザーのコートにカシミアのチェスターコート。

「? 似合いそうだよ着てみたら」

 物欲しそうな顔をしてしまったかと千晶は目を伏せる。つい最近、外商というものを知った。隣の男と一緒に店内に入ったら面倒くさそうだ。

「ううん、見るだけでいい。サイズが合わないんだよ、特に冬物は袖丈が足りなくて」

 慎一郎はウィンドウを見つめる横顔とそれを照らす煌びやかなショーケースを交互に見やり、それから道行く人と千晶とを見比べて納得する。とびぬけて背が高いのでもないから見過ごしがちだ。
 
「(貫頭衣云々は)既製服文化レディメイドへの恨みか」
「まーね」
「でもジャストサイズの着てるよね」
「簡単なパターンのはママンのお手製だから。長く着られるようにベーシックなのだけね」

 あとはインポート系のセールか古着。時々メンズを羽織ってるのは狙ってるのではないとぶーたれる。家やご近所、大学までも兄弟のお下がりで済ますお察しレベル。偶に弟の現役の裾を折って着て怒られているのを慎一郎は知らない。

「メゾンも高級化で生き残るのが精いっぱいだからね、規格外には暮らしにくいか」
「産業が変わってしまったんだもの、まだ日暮里にっぽりが残っていてくれるだけ有難いよ」
 
 素人が作ってみたいと思い、その材料が手に入る場所がある。お金を出せば縫ってくれるサービスもあるのだ。家族――特に母と弟が着るものにうるさいほうなので、千晶はずいぶん助かっている。
  
「余裕があってもプレタポルテを毎シーズン買い漁るだけだしね」
「いいの、そういう人たちが回してくれてるから庶民にもおこぼれが届くんだもん」

 女は男より平均化されてるもんね、とこれまた街ゆく人々を眺めて千晶が言う。平均が身体のことより他の部分を指しているようで、そこが千晶の本音に聞こえた。

 そうして街を歩いていると、慎一郎に声がかかった。このあたりは繁華街でもありビジネス街でもある。

「藤堂君、」
「坂入さん、ご無沙汰しております」
「ああ、ちょうどよかった。今月野の――」

 双方の態度と口調で関係性は大体推し量れる、千晶は邪魔をしないよう一歩退く。挨拶だけで済む人から近況報告まで、これは長くなりそうだと踏んだ千晶の勘は合っていたようで。

「――おまたせ、悪い人じゃないんだけど」
「うん、面倒見のいいタイプの人っぽいね。ね、あの窓のライトの下にカメレオンが――」

 苦笑気味の慎一郎に千晶は気にしていないと軽く微笑む。彼は苦手な相手でも自分で切り抜けられるから気を配る必要がないのだ。駅に近づくと今度は千晶に声がかかる。
 
「あ、ちあきー。もう帰り?」
「うん、ゆうは観劇?」
「そ、今日は2列目~、たまらん」

 千晶は恍惚とした表情の友人に軽く手を振る。女も男も遠慮なく声を掛けてくるが、千晶も相手も一言二言交わすだけだ。立ち止まりもしない。

「アキの友達はあっさりしてるよね」
「そう? たまたまだよ。
 私のほうは仕事がからまないし、大学もまだセンパイって人もいないし。友達は色恋に首を突っ込まないタイプが多いからかな、女同士でいると盛り上がったりするよ」
「ああ、なるほど」
 納得したような、つまらなそうな慎一郎の顔を千晶がのぞき込む。ああ、あんまり関心もたれなくてつまんないのかな? 

「え? 合コンとか興味ある感じ? ちょっと変装して参加してみる?」
「そうじゃない、何を着させるつもりなの、変装する必要ないでしょ」
 千晶の目がいたずらに輝く。どこまで平凡さを装えるだろう、どんなキャラでいこうかと千晶は例をあれこれ、演技指導まで飛び出すと慎一郎は聞こえないふり。

「…もういいから、それより週末さ」

 そして、話は変わり、今週末は千晶の大学で学園祭が開催されるのだと、慎一郎は今知った。
 当然大学の最寄り駅や商店にもポスターは掲示してある、学校のひしめく地域の中では、眼に留まらなかったのだろう。その程度だ。

「学祭あるなら教えてくれたらいいのに」
「……イメージしてるのとは違うから、タレントも来ないしミスもミスターコンも無いから。バザーと模擬店に体力測定に健康相談に救命教室とか、そんなんだよ。あと公開講座に研究発表だったかな」

「……(カレッジとはいえショボいな)祭りは共同体の確認と絆を強化し――」
「はいはい、学園祭という名の病院見学デーだから、学生が準備するだけの病院ふれあいまつり」

 言葉のどこにも楽しみを感じられない言い方だが仕方ない。千晶は受付とバザーの売り子担当だ。慎一郎も週末は実家関係と大学関係と友人とで予定が入っている。

「まぁまぁ、月曜は出掛けようか。日曜は誠仁と約束してるんだ、まさかとは思うけどね」

 彼が昼間に誘ってくるのは珍しいんだ、と付け加えると千晶は嫌そうに眉を寄せる。悪い予感しかない。

「もしもそのまさかなら、来るなら長靴とバケツとフラフープを忘れずにってあの人に伝えてね」
 なんのことなのかと訝し気に眉を寄せた顔に「慎一郎さんはフォーマルで来てね」と、千晶はにっこり微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

鬼上司の執着愛にとろけそうです

六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック 失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。 ◆◇◆◇◆ 営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。 このたび25歳になりました。 入社時からずっと片思いしてた先輩の 今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と 同期の秋本沙梨(あきもと さり)が 付き合い始めたことを知って、失恋…。 元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、 見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。 湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。 目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。 「マジかよ。記憶ねぇの?」 「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」 「ちょ、寒い。布団入れて」 「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」 布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。 ※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

処理中です...