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道化の当てずっぽう

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 ここはレミリスの城の中の自室。色味は少し見ない間に上品なシアン色のカーペットや小物が増えていた。レミリスの部屋の扉の外には心配するソーラとが控えている。最初はレミリスの隣に控えていたグランド君も、レミリスの目配せで礼をして部屋を出て行く。一人にしないで欲しいと言う願いは神様グランド様には聞き届けられずに「悪いな」という顔で出ていった。玩具を見つけたような黒いオーラを纏うレミリスと二人きりにされてしまった……ついに。

「それで? あの魔法についての弁明を聞きましょうではないですか! リエル様……一番簡単な上級魔法とはいえ、属性の複合魔法はやってみたでできる代物ではないのはご存知ですね?」

 口パクの宣言道理にレミリスの御前に召喚された私は部屋に入って早々に紅茶の並べられたテーブルソファーに座らされた。出て行く前に憐れむグランド君の入れてくれた紅茶は香り高く心が落ち着くのだが、今回は目の前のレミリスのお陰でそれも恐怖を煽ってくるけどね。

「やってみたら出来ました」

「それを信じろと?」

 そう言われても、ゲームの知識で知っていただけで賭けで使ったのだから間違いはない。それに、レミリスと出会う前に本で読んで知ったことにすればいい。出会う前から図書館に入り浸って居たのだから。
 そう思って、不適な道化を睨んだら。ニタリと残酷さがちらつくような、口角がつり上がった笑みを浮かべた。逃がさないと顔で、全体で、オーラで伝えてくる。可愛い顔でやられているから、余計に歪で恐ろしい。

「ほう、それでどうして【聖者の火種道】という上級魔法をお知りに?」

「図書館で」

「おやおや~。おかしいですね」

 大げさに身振り手振りでおかしいと笑いながら、その目は捕食者のように私を見てクツクツの喉を鳴らして笑った。微かに逆立つ怒りの気配に背筋が伸びる。そしてレミリスは、自身の手元にある紅茶の入ったティーカップを一口飲んだからわざと音を立てておいて……。目を見開きながら身を乗り出すようにテーブルに手を突いて私を見た。

「リエル様は今でこそ私の愛しい婚約者、出会う前は傀儡にちょうど良い危険人物。危険人物の行動パターンをワタクシが把握しないとでも? 仮に利用するつもりの人間を? リエル様がアンドール大国での借りた本の記録を私が知らぬ訳ございません。勿論エヴァ王国もだ。目的が違うとは言え今も昔も私はリエル様を見て居ました。断言しましょう。貴女は上級魔法を知り得ることはない。心優しいリエル様のお仲間達も教える筈がないと……リエル様ご本人もよ~く、お知りでしょう?」

 演説のように身を乗り出したと終わったら座り直し、余裕綽々に身振り手振りで立ち上がり私の元へ行き隣に座るとレミリスは私を抱きしめ、トドメを刺すように「お知りでしょう?」と言った。恐怖で寒いのに額から汗がにじみ出ておでこを伝い鼻先へと伝う感覚がする。それを見たレミリスは、クスリと笑って私の鼻を伝った汗をペロリと嘗めた。

「何故、知っていたのでしょう? そもそも」

 「貴方はどこのどちら様なんでしょうか?」 甘くも刺激の強い毒を直接心臓に差し込まれるような衝撃がその言葉に走った。咄嗟にとぼけろ!っと、冷静な頭が命令をするけれど身体と喉をは震えるばかりで……レミリスのガラス細工のような目を見つめる今年か出来なかった。プルプルと震える私に目を細めて笑いながら頭を撫でる、幾分かうまくなったけどまだ下手くそな撫で方に、若干落ち着いて出たのは。

「何で、なんで!」

「おや、面食らいました。まさか我ながら稚拙な当てずっぽうは当たってしまったようだ」

「巫山戯ないで!!!」

 激高して暴れる私をレミリスは、途端に無表情に変わった顔で私の身体を抱きかかえるように押さえつけた。ポカポカ叩いてもびくともせずに、私の興奮と恐怖は煽りに煽られ段々と小さい悲鳴が喉からあふれ出す。やがてポロポロと涙を流して、暴れることも放棄をすると。包み込むように優しく抱きかかえられゆるゆると下手くそに頭を撫でられた。

「身体は間違いなくリエル・メーカー・アンドールの物だ。本物の魂はどちらへ?」

「……」

「別に貴女もリエル様も虐めるつもりも、責めるつもりもありませんよ」

「……」

「ワタクシは、貴女を愛していますよ」

「私はリエルちゃんじゃない」

「存知上げております。だから、名も知らぬレディー? 貴女の名前を教えてくださいませんか?」

「賽、さい」

 ゆるゆると毒が心から流し込まれて答えと共に口から出てくる。素直に言ってしまうと納得したようにレミリスは何度も私の名前を繰り返すと。嬉しそうに「サイ」と呼んだ。久々に呼ばれた名前に私は私という良くわからないけど重要な感覚がちゃんと根ざしてくるような気がする。ソレと同時に、ここまで知られてレミリスは一体どうするつもりだろうとう恐怖もあった。その恐怖のままに濡れた瞳でレミリスと目を合せると心外そうに目を細められた。

「知り得たからと言って何も致しませんよ。愛し人の秘密をこの私だけ知れたのだから誰にも教えてやるものか」

「覇道の邪魔だったって消さないの?」

「消しませんよ。ワタクシと一緒に心中したいという可愛らしいお願いでしたら喜んで」

「それを可愛らしいお願いに聞こえるなら、ディザスターの癒やしの炎で感性焼き治療して貰ったら」

 段々と誘導されるようにいつものからかわれる流れになってしまった。泣いた形跡もバレたという悲しみも恐怖もレミリスの胸の中でキャンキャン言って居たらいつの間にか消えて居た。そういう励まし方は本当にレミリスはうまいと思う。いつの間にか泣き疲れたのか、騒ぎ疲れたのか、うとうとし始める。レミリスはそれを誘導して誘い込むように一定のリズムでゆらゆらと揺れた。レミリスに抱きかかえられている心地よい人肌の体温と一定のリズムで揺れる身体と、レミリスから香る知らない鼻の匂いとそれに混ざる紅茶の香り。

「まだ時間はあります。ほら、目を閉じてすやすやとお眠りなさい」

 物語を奏でるような眠りを誘うような声音の通りに私の両目はゆっくりと時間を掛けて閉じてゆく。まだ、この後にも仕事が、公務が、頑張らないと、戯言のように繰り返す私の抵抗をレミリスはゆっくりと紐といてゆく。

「お仕事は一日くらい休んでも支障はありません」

「公務は今日はありませんよ」

「いつも励まれているのですから、微睡みと夢くらいは肩の力を抜いて宜しいのです」

 問答も抵抗も空しく遂には私の瞼が降りた。無意識に大きく息を吸って吐いて。レミリスに身体を全部預けて私はストンと暗闇に落ちていった。






「何だかんだお前に懐いてるのな~。リエルちゃん」

「リエル様かわいいで、あれ? 涙の跡が」

 リエル・メーカー・アンドールが泣いた後すぐにレミリスは二人を部屋に呼んだ。最初は眠るリエルにホカホカ顔でだらしない顔をして眺めて居たのだが、ソーラがリエルの涙を発見した瞬間からソーラとグランドが殺気だってレミリスを睨み付ける。

「虐めたな、お前」

「探りのついでにガス抜きをしただけだ。現にこうして落ち着いて私の膝で安らかに寝ているだろう?」

「ホントにですか~?」

「ソーラ様人聞きの悪い。本当ございます」

 疑い半分のソーラとグランドは大げさに肩をすくめるレミリスをジットリと目で睨んだ。それをレミリスは何でも無いような顔で無視してソーラの方へとまっすぐに顔を向けた。

「リエル様の作業を少なくするように、ナザルカラク伝えてください。大変お疲れのようですので」
 
「うぅ~。カペル君も反対してたけど、大人顔負けの作業を無理に作業を増やしてましたからなぁ。わかりましたぁ。今から伝えて来ますね! 次こそ作業を増やさないように言って参ります! では~」

 急いでソーラはレミリスの部屋から出て行ってカペルリットの元へと向かったその背を見送ったレミリスとグランドは、一斉に眠るリエルの元へ目を向けた。

「それだけか?」

「それだけという事にして置け」

「はーいよ」

「はいを伸ばすな」

 察しのいいレミリスの幼なじみのグランドは、レミリスの様子をみてそれだけではないと結論づけてダメ元で聞いた。結果は何かあったが言うつもりはないという、中々に上々な答えだった。それ以降幼い寝息だけが支配する部屋の中、グランドは新たに紅茶をいれレミリスは起こさぬように慎重にリエルをソファーに寝かせた。
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