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諦めも手段

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 自身を何度も叩いた手を折っても、自身を何度も化け物と罵った口を裂いても……。思ったより満たされた無かった。殺しや復讐は何も産まないなんて綺麗事を鼻で笑って、殺しても殺さなくても一緒ならば殺してまっさらにしよう、殺した方がいい……そう思ってたのに。

【殺したいほど嫌い。どれだけ嫌だったと思う? 私が可哀想だよね? ね? ほんと気持ち悪い】

【五月蠅い五月蠅い五月蠅い……アアアアアアアアアアアアアア!!!】

 自身のお母さんやお父さんを切っているうちに、カリスティアちゃんの前の世界の記憶が流れてくる。今のカリスティアちゃんでは想像がつかないほどに、過去のカリスティアちゃんは荒んで女らしくキンキンと吠えていた。今の私のように殺してスッキリするならば、殺してしまおう。そんな気持ちを持っていたのも流れ込んできた。

【誰も居ないから、誰もわかってくれないから自分で自分を慰めることしかできなかった。死に逃げしたお前らなんかにわかんないよね? こんな惨めな気持ちで手に入れた平穏なんて。御免なさいね腹痛めて出てきたのが……こんな子供で】

 流れ込んで来た断面がピカピカして、ニホンゴ? が書いてある石を小さく蹴り飛ばしていた。綺麗な石に写るのは、前の世界のカリスティアちゃん。何もかも疲れたように痩けた顔をしているのに目には光があった。さっきまで流れて来た、いっその事殺してやろう……そこまで思っていたのに、たったの数十年で萎んだように満足していた。

 確かな自己否定、自己犠牲、自己嫌悪を自分に刷り込み残していった相手だというのに……。

 
 お母さんとお父さんに復讐しているうちは、なんでだかわからなかった。なんで満足していたのかわからなかった。確かに親友さんとか居たけどそれだけじゃない。中盤に差し掛かって来て……何となく満足する理由が少しわかった。

 何で、怨むってこんなに疲れるんだろう。

 最初はスッキリとした。征服感もあった。なのに殴り続けているうちに段々と、倦怠感と恐怖が自身の身体に巻き付いてくる。何で、こんな親の為にこれだけしてやらなくちゃいけないんだ。今殴ってることで自分も此奴らと同等まで堕ちている最中なんじゃないか?

 そう思うとダメだった。殴っても切っても愛してくれないものは愛してくれない。結局私達みたいなのは、自分で自分を「大丈夫」と慰め続けることしか出来ないんだ。憎んでも怨んでも、結局ダメで……諦めるしかなかったんだ。


「後悔……なさらないのでしたら。賛成とのことでしたので」


 ダメ元で殺そうと振り下ろした所でグラスさんに止められた。水明の剣を握ったまま力なく床にしゃがんで俯けば、水が滴り落ちた。


 結局、私も期待してたんだ。どれだけ私が辛かったかをぶつければ愛してくれるって、今までごめんなさいって言ってくれるって。けど、目の前に居るのは私に怯えたように好きそうな言葉を選んで発する男女だった。愛情も籠もらぬ、こう言えば満足するだろう……この期に及んでそんな傲慢を吐き出す親だった人。

「もはやただの肉に見えるでしょう?」

「……うん」

 グラスさんが優しく握っていた剣を解いてくれた。グラスさんの言っていることに同意すると頭を撫でてくれた。とっても手が大きくて、お父さんのようで涙が溢れて来た。溢れる中で親だった人を見ると……本当にタダの肉に見えた。あれだけ欲しかった愛情も謝罪もない……ただ親だった人としか認識できなかった。諦めてしまえば一瞬だった……全てが。

『殺せない、じゃなくて……殺す必要が無くなったんだよ私は。だってさ~疲れたでしょ? 怨むのも憎むのも。良くも悪くも人間だって思い知るよね』

 流れて来た記憶とは、別物と言って良いほどに気の抜けたしゃべり。気さくさを感じる優しい声音が心に響く。カリスティアちゃんのそれと違って、丸っきり子供を撫でるように優しく……でも愛情たっぷりに撫でてくれるグラスさん。気が抜けているのに心を通して、私を心配しているのがありありと伝わる。知らないはずなのに、これを親愛と思いたくなるほどの暖かい心を向けてくれるカリスティアちゃん。

「カリスティアちゃんとグラスさんが……お父さんとお母さんだったらよかったのに」

 こんな大暴走起こす娘なんて……いくら同類とはいえこりごりだろう。自分でもそう思うのについ口にしてしまった一言に涙も止って思考が停止した。頭を上げるのも怖い。

「良いではないですか。私で宜しければサクリ様の父となりますよ」
『良いよ。こんなんで良ければ、サクリちゃんのお母さんになるよ』

 迷いのない同時に言われた欲しい言葉。本当の親からは貰えなかった言葉を二人はくれた。こんな世界は嫌いだった嫌いだったのに名残惜しくなってしまった。嫌いなのに大嫌い……なのに。二人のお陰で生きたいと思えた。いつの間にか本当の意味で涙は涸れた。嬉しくてもう、流す涙なんてなかった。

「あり……がとう、ありがとう! お父さん、お母さん」

 最高の夢をありがとう……おやすみなさい。次はちゃんと……起きるね。やったことの責任を果たす為に、今は……もう一度、おやすみなさい。







 目が覚めると目の前にグラスの顔があった。白い天井は先ほどと同じあの法王のイスがある所。果たしてグラスはこのままサクリちゃんの物まねをしたら騙されてくれるだろうか、なんて考えて目をしぱしぱさせていたら、グラスからおでこの平手打ちを食らった。ペチーンという中々にいい音が鳴り響く、平手打ちに多少の魔力が含まれて居る為に気付けには充分過ぎるほど痛かった。

「いたぁーい」

「私がカリスティアをわからぬ訳がありません。たわけたことを考えた罰です」

 相変わらず心を読んでくれちゃってまー!!! 嬉しいからそんなことは口にせずに寝転がっている床からよろめいて立ち上がる。立ち上がった所でグラスが置いた水明の剣を慌てて回収しようとすると、手のひらが痛くて持てなかった。遠隔でストックにいれて痛い手のひらを見ると、柄を握りしめて手は真っ赤に染まっていた。サクリちゃんの痛々しい悲しみを見ているよな気持ちになった。手のひらの怪我を撫でてから、ポーションを掛けて治した。さて問題はこれからだ。

「それじゃ、わてらはこれで」

「お待ちください。貴方はまた法王の任について貰います」

「はぁ?」

 何かしらで引き留められると思ったが、スケイスの法王については本人も予知してなかったようで、不機嫌さを隠さないままにスケイスは、変態とは別の髭が長いお爺ちゃんに聞き返した。お爺ちゃんは怯まずにがスケイスに向かってその有用性を語り始めた。それはもうペラペラと。

「今やこの国は天使様一色にございます。スケイス様が求める差別のない国も実現可能かと進言致します……。どうでしょう? スケイス様も天使様と旅を共にしてお気付きになられたでしょう天使様の素晴らしさを! 貴方が今ここに座れば、貴方をお救いになった天使様は宗教国家ヘレ・ケッテ・カルゲンのバックアップを得ることができる。貴方も目標を果たせる。これ以上の好条件はないのではないですか? 是非……」 

「誰かこんな泥船のような国のイスに座るかい! 居心地ええから魔物としての汚染度が低いままなんに、こんな所居ったら一日で厄災に転職する自信あるわ。それに、カリスティアはんなら悪魔族のバックアップが着いてるんで、間に合ってますぅ~。お断りやお断り……何遍でも言うたる、お、こ、と、わ、り、や! こんな国とっとと滅んでまったほうが、エエ気付けになるわ~ほなさいなら」

 バッサリと切ったスケイスに顔を真っ赤にして怒ったお爺ちゃんが、聖騎士に向かって捕らえろと吠えたが。変態は変態で「天使様の下僕を捕らえろだなんて! 貴様こそ牢屋にでも入れ!」っと、どっちの意見を聞いた方がいいのかてんわやんわになっている聖騎士。大混乱の上の者達を背にしてあーあーと言いたげに顎突き出してこっちに歩いてくるスケイスが、私とグラスの背中にもたれ掛かって特大ため息をついた。


「はぁ……。見ての通りや、いっそのこといっぺん壊れたほうがマシやから行くで」











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