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王妃奪還作戦【終】

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  願わくば……ずっと一緒に居たかった。


 死ななきゃいけないのに、何かを忘れている気がする。若干刃の入った首から短剣を抜いて落とす。あぁ、これじゃまた死ぬ為に心を落ち着けないと。そう思ってカーペットに四つん這いになるように俯いて、しゃくり上げながらも少しずつ呼吸を整える。

【アドラメルク、もし、もしだよ? 先にアドラメルクの前から去ってしまった時に、後を追う前に唱えて欲しい……】


「フェア……ガンゲンハイト。 ウィーン!?」

 背中に急激に熱くなり、大量の魔力を吸われて、思わず目を瞑ってしまうけれど、すぐに目を開けると……ウィーンが、困ったような顔でこちらを見ていた。

「ウィーン、ウィーン……。ウィーン、うぃーん! ウィーン? ウィーン、ウィーン!!!」

『私のこと唱えすぎよー。アドラメルクちゃんちゃんちゃん!!! てね。私の思念とアドラメルクの魔力と記憶を使って再構築した、意識のある幽霊みたいな感じかな? その分だと身体に密かに描いた魔方陣気づかなかったみたいだね? どお? 今のワタ、おっとっと』

「会えるなら、話せるなら!!! 何ですぐに唱えさせてくれな……」

 グスグスと泣き出しながら、ウィーンを抱きしめようとしたけれどすり抜けてしまった。『ごめんね、有限なんだ』と悲しそうに黒い瞳を潤ませるウィーンに、涙がこみ上げてえぐえぐと喉を鳴らした。こんな風に責めたくないのに思う通りに思考が動かなくて、余計悲しくなってくる。子供返りした私に透けた身体を抱きしめるようにウィーンは包んでくれた。あのとき感じた温度はないけれど、ウィーンの態度が仕草が表情が全てウィーンそのもので、落ち着く処か余計喉がえぐえぐと鳴らしてしまう。

『泣き虫だよーアドラメルク。アドラメルク、私の身体似合ってるんだからそんな泣かないで。ふふ……。ねぇ、グラス君とカリスティアちゃんだっけ? 良い子だね』

「うん、うん! 良い子だよ。大好き、だけど、だけど私、一緒に、いっしょ……うえぇぇぇぇん!!! 居たいのに」

『そっか、私もアドラメルクの身体を通じて知ってるよ。私達の子供。アドラメルク、立って行こう一緒に二人の未来を見に、ね?』

 ウィーンは透けているのに、立たせようと私の身体を引っ張る仕草をした。すると、私の身体は実際に引っ張られているようにスクリと立ち上がった。「けど、けど、私は二人を」泣きながらウィーンの前で首を振ってまた座ろうとしたけれど、身体が動かない。ウルウルと霞む視界の中でウィーンがおでこを合せるように顔を近づかせた。すり抜けるか抜けないかを保って、重ね合わされたおでこには体温はないけれど、ウィーンの仕草が暖かくて涙をまた落として目を瞑る。

『アドラメルクが欲しいのは二人を害する自分が欲しいの?』

「違う」

『じゃあ、二人を守る自分が欲しいの?』

「うん、だから私はウィーンの所に」

『アドラメルク』

 ウィーンの真面目な声が頭に響く。彼女を怒らせただろうか……嫌われただろうか、そんな思いが頭に浮かんで思考が痺れてゆく。何も言えないままに嗚咽を漏らして……次の言葉を怯えて待っているとウィーンが優しく笑った。


『二人を守る自分が欲しいなら、それを追い求めよう。ほら、私と遊んでるときに、急に私の命が欲しい! って思わなかったでしょ? アドラメルクは優しいから、カリスティアちゃんの能力を欲する自分に怯えて、ソレが膨れ上がっちゃたんだよ。優しいアドラメルクだから、この【貪欲】を使役できるの……ほら、貴方の本当の欲しい物を言ってみて』

「カリスティアちゃんとグラス君が、戦わなくて、悲しまなくて良いようにッッ……ママとして二人の幸せを見届けたい!!!」

 死にたくない、生きたい。二人の為にこの力を使いたい。当たり前でいて叶わないと思ったいた思いを口に出すとまた赤ん坊のように、涙が次々とこみ上げてくる。ウィーンの死んでいるのに生きているような呼吸の音が、ふいに笑って泣く私をあやすように「アドラメルク」と名前を言ってくれる。

『大丈夫、私はアドラメルクを恨んでない。だから、安心してこの身体を使って、私と契約しましょう。擬似的でも、私の身体と魂は此処にあるんだから。ね?』

「けど」

『アドラメルク、初めての契約を私に頂戴? ダメ?』

「そ、そんな言い方……ズルイ、ズルイわ……。わかった」

 擬似的な魂と死んだ身体で契約ができるかはわからない。けど、成功したら私は……ウィーンの契約の願いを達成するまで死ねない。そして……ウィーンは私が願いを叶えるまでこの心の貪欲を死んでも肩代わりし続ける事となってしまう。ウィーンが耐えかねて私に自死を強要すればそれは終わるけど……ウィーンは絶対にしない。しないことがわかるからこそ、私は負わせることが怖い。カリスティアちゃんにも軽く強要しかけた私自身はもっと怖い。けど……契約出来るならしたい。

【我が名はアドラメルク、人々の貪欲を宿し使役し縋る者である。契約者ウィーン、汝が望みし願いは何だ】

『アドラメルクが、もう幸せ、もうやり残したことはない。って思えるまで生きることを望みます』

【……ッッ! 我が、我が願いは死すれば、その身体を譲渡し、我が力の苦しみの半分を、願いが叶うまで魂で受けること】

『その望みを受けます。私の身体を使って、その力の苦しみを背負います。だから、アドラメルク……ちゃんと子供のために、頑張って幸せになるんだよ!!! 待ってるから……私の身体の中で、魔力の粒子としてしか私は居ないけど。ちゃんと、ちゃんと私はアドラメルクの中に居るから……またね』

【契約、は受理された】

 目の前で薄くなって消えてゆくウィーンと、あのときに歪に奪ったウィーンの身体がしっかり契約によって定着する感覚と、貪欲で荒らされた思考がするりと軽くなって行く。それでも悲しくて、苦しくて、嬉しくて、慰めてくれるウィーンはそこに居る安堵からまた涙を流してしまう。



「私は行かないからッッ!!!」

 涙を流して居ると、謁見の間の扉のすぐ傍でカリスティアちゃんの喉を裂くような悲痛な叫びが聞こえた。そのすぐ傍には……カリスティアちゃんに害をなそうとする気配の何者かがへばりつくように、カリスティアちゃんの魔力を侵蝕していて、逆柏手の槌を握って、謁見の間の鉄と宝石でできた扉を蹴破った。


「カリスティア!!!」「カリスティアちゃん!!!」「カリスティアはん!!!」


 カリスティアちゃんの劈くような叫びに、引き寄せられた三人がそれぞれに、魔力を練り上げてカリスティアちゃんを拘束している人間……?。虹色の髪で蛇のような性悪顔で、オトコ女だか女オトコだかわからない人間? めがけて、私と骨とグラス君で攻撃した。

【グラセスフィア】

【私の大事なカリスティアちゃんに何するの!!!】

【名称詠唱になってないやんけ、あ、聖鉄槌!!!】

 名称詠唱で攻撃しようと思ったら本音が出てしまった。グラス君が、持ち前の魔力操作技術でカリスティアちゃんに傷を付けないように、虹色髪に向けて無数の氷の球を放った。全て避けた後に私が出す予定だった【フェボル】と言う、意識に攻撃をする魔法を纏った一撃をお見舞いしようと、殴り掛かったけれど……それも避けられた。ツッコミながら遅れて詠唱した骨の一撃は言わずとも……。


「水明の剣」

「カリスティア!」

 舌打ちしながらも、重力を感じさせずに避けて窓側に退避して逃げる気だろう虹色の髪の者を、カリスティアちゃんはあろう事か剣を構えて、目にも留まらぬ突きの構えで突進した。不意を突かれたグラス君が、手をカリスティアちゃんに突き出して止めようと駆け出すが、間に合わない。

「なっ………。ッチ! また来るよ。無理して会った甲斐があったぁ、見込んだ通りだったからね……」

「見込まなくていいから、来ないで」

 私を含め、三人はそのまま退避して逃げるならば追わずに逃がすつもりだったために、カリスティアちゃんが攻撃しようとすることを誰も予測出来なかった。あの虹色の髪もそうだったようで……窓から退避しようと無防備な所を……カリスティアちゃんの剣で貫かれた。そのまま落ちるように笑って……転移だろう。すぐに魔力が遠くの方へと飛んでいった。


「やっぱり……覚悟って難しい」


 あの虹色の髪が、咄嗟に身を崩して避けなければ、カリスティアちゃんの剣は奴の心臓を貫いていた。それほどに正確で、速くて、確かな【殺す】という覚悟を、纏い携えた一撃だった。カリスティアちゃんの言う覚悟は、私には分からないけれど……その一撃を見たグラス君が、なんとも言えない顔で、カリスティアちゃんの身体に触れようとした手は、触れる事無くだらりと力を無くした。それに気がついたカリスティアちゃんは……グラス君のほうに向いて笑った。


「逃げちゃった。あ、覚悟……できたよ。グラス」


 
 どこか疲れたような。諦めて遠くを見るような笑みでカリスティアちゃんは……グラス君に笑いかけていた。
 



 



 

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