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血縁の鎖

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「グラスちゃんのお母さんは、大好きだったわぁ! 気丈で、気高くて、グラスちゃんに似て感情を表すのは苦手だけどそこがいじらしくて……可愛かったわぁ。だから、アタシはグラスちゃんと、グラスちゃんのだぁい好きなカリスティアちゃんを引き取ることにしたのよ?」

「グラス……。私は私を救ってくださったラフゼルージュ様を愛していたわ。けれど、勘違いはしないこと。私はグラス……貴方の親で居られることが誇らしいの、誰と交わってもお前を産みたいと思えるほどに。愛しているからこそ受け止めておくれ……。私は今も昔もラフゼルージュ様を愛している。愛してるのよ」

 二人の声が自身の中で反響して消える。二人の目は幼い私の目でもわかるくらいに美しく恋い焦がれてたそれが焼き付いていた。その記憶が黒に黒を塗り込めるように黒い仕舞っていた心をさらに塗りつぶしてくる。カリスティアが生きる為に他を殺めることを見ないようにしていたように、私は……ラブマルージュ様が母を逃がした張本人だということに目を背け続けていた。

 ラブマルージュ様は幼少期の私に進んで接触を図ってくださった。私が父に殺されそうになった時に進んで私を保護してくださった。私は……、愛する者を引き裂いた忌々しい父上の血を引いているというのに……。ペルマネンテの利害の一致した友好関係を築くことを条件に母上は、ペルマネンテに嫁いだ。

 まだ資源が潤沢で余裕があったとはいえ、ドワーフ国はその時から資源の枯渇の問題に直面していた。そんな中でペルマネンテの友好関係を築き、そこから交易強化することが一番有効な手だった。当時の国王はそれを利用して、変わる予知ではなく不変の未来を見るスキルを持つ母上を求めた。

 その、契約や約束を翻されることを知らなかったドワーフ国はそれを飲んだ。

 それで、どこをどうなったのかは……。私はわかろうとしなかった。ドワーフ国の傾きの一因を担っているのが自分ではないかという恐怖に勝てなかった。けれど、こんな形で知る事になるならば昔の自分を鞭で打ってでも調べておくべきだった。

 第一王子がリチェルリットに居るということは、嫌でも何かがあったことは……火を見るより明らかだ。

「母上……をアダムスから逃がしたのは、ラフゼルージュ・サットサンガ、当時のドワーフ国の第一王子……現ラブマルージュ様です。ご本人の口からは聞いておりませんが……、在りし日の母がその名を教えて頂きました」

 名前を変えてまで居るということは……。化粧で顔を変えてこの場に居るということは……。

 いつの間にかそこに居てくれたカリスティアに、縋るように手を握った。自分の腕がこれでもというくらいに震えに震えていた。手だけでは足りなくてカリスティアの肩を掴んで身体を引き寄せた。それでもガタガタと私の身体は震えが止まらなかった。

「私は……、ラブマルージュ様は母上を愛していました。母上、も、ラブマルージュ様を愛していました」

「うん」

 カリスティアは、カリスティアだけは、そう願って言葉を紡ぐ。心のどこかではカリスティアさえもこの身体に流れる血で……私の目の前から消えてしまうのではないかと、身体が震えて、さらに縋るようにカリスティアの身体を締め付けた。カリスティアの暖かな体温と私の冷えた体温が行き来する度に手放したく無い気持ちが心の中で荒れ狂う。

「けど、父上はそれを引き裂きました。その血が私には流れている。私の……せいで、ドワーフ国が、恩人であるラブマルージュ様のお心が……」

「血は血だよ。私はグラスをずっと見てる。それは……グラスのお父さんの罪だよ、グラスの罪じゃない」

 腹違い、汚れた血、疎まれ続けていた私には【血縁】というのが嫌でも心の傷に塗りこまれていった。その楔にカリスティアは柔らかく爪を立てた。

「グラス・ペルマネンテと今のグラス……どっちも貴方のせいじゃない。私はずっと見てたから」

 血ではなく私を見てくれ。首にぶら下げられた王子でもなく、母上と父上の血ではなく私を、誰か私を見て欲しい。幼少期に何度も嚥下して、喉から出さずに飲み下して、何度も何度も貯めていた思いを立てた爪で引き裂いた。

「もし、血で自分が過ちをお父さんのように犯してしまうことが怖いなら、私が止める。何度も言うけどちゃんと見てるよ」

 言われ続けていると本当に自分もそうなってしまうのではないか、何度も何度も恐怖しては消していた。血は争えない……その言葉に追い回され、自分は違うと否定しては、白い自分を見て絶望して居た思いをするりと引き裂いた。自分では壊したくても壊せなかったものが、彼女の手で壊されていく。

「グラスはグラスだよ。怖いなら私が顔面を殴ってでも止めるし、自分の立っている所がわからないなら、ずっとグラスと近い所で見てた私が手を引くよ……此処がグラスの今居るところだって」

 いつの間にか脱力していた私の手をすり抜けたと思ったら、私の手を引いた。咄嗟のことでカリスティアに覆い被さるように倒れて押し倒してしまった。けど、カリスティアは私を受け止めて、私の頭を撫で続けて居た。カリスティアの顔を見ると、それは美しい笑顔で……私の知る本当の笑顔でカリスティアは私を見つめ返していた。ふと、天使という単語が浮かんで、同意する。確かに天使だろう、誰にも成し得なかった私を私として見ることを彼女はやってのけたのだから。

「すこし、こうして居ようか?」

「カリスティア……ありがとうございます」

 本当は男の私が胸を貸すものですが、心地が良くて抵抗ができなかった。したくなかった……。お礼だけでも言って私はカリスティアに身体を預けようと、彼女の背中に手を回して抱きついた。仄かな肉が私の顔を包む感触にそのまま意識を手放そう……として。







 私の背中に手を回して引き寄せるグラスの顔を私の貧相な胸で受け止めた。甘えるように顔を私の胸に数回擦り付けたあとに、急に突き飛ばされた。

「あだー!」

「胸が!!!」

 急に突き飛ばされたものだから、私の首はしなって後ろのイスに頭が打ち付けられて、両手でぶつけた部分を抑えて、女とは思えない野太い声で痛みを訴えた。グラスが真っ赤な顔で「胸が!!!」なんて言う物だから、そのまま売り言葉と買い言葉に発展した。

「胸くらいでギャーギャー騒がないでよ!!! すけこまし顔!」

「誰がすけこまし顔ですか! カリスティアは年頃なのだからそのような言葉を使うべきではありません! だから年頃なのに対して成長しないのです!」

「口調と胸の成長の関係性研究してから言え! 顔がいい割には反応が未成年のグラスに言われたかないわ!!!」

「カリスティア以外の女は不要なのですから仕方ないでしょう!!! カリスティアは逆に堂々としているようで、貞操概念はどうなっているのでしょうか?」

「貞操疑われようが、私だってグラス以外の男はいらないわ!!! 私なんか拾うのは、美形でかっこいいのにゲテモノ食いのグラスくらいしかいーまーせーん!!!」

「えーえー。天使と間違われて殺される程度の運勢をお持ちのカリスティアが務まるのは私だけでしょうね。歩く死相のカリスティアですから、私以外の軟弱な男は心労で他界してしまうでしょう。ゲテモノ食いで結構です」

「……」

「……」

 口の押収の後はいつも通りに、互いに頬を両手で引っ張り合ってにらみ合うという、低レベルな戦いが始まる。結局、パシリとして痴話喧嘩に派遣されたスケイスがくるまで、お互いの頬を両手で掴んだままにらみ合う低レベルな肉体言語は終わることがなかった。










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