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あのトラウマへ

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 氷の壁を目眩ましに三人とも大分離れた所で振り向くと、未だに国王とその兵士の生命反応がそこに居ることに深いため息をついて、左手でこめかみを押さえてしまう。流石に馬鹿とはいえ30分くらいで気づくと思ったのに気づかないで一時間は余裕で経ってしまっているのである……ありがたいけど。気づかな過ぎてあえてそうしている罠なんじゃないかと疑ってしまう。

「本当に抜け出してるの気づいてないの!? あの馬鹿王」

「兄様はあと二時間は気づかないでしょう」

 兄様とは口で言っているが、言葉の抑揚が完全に呆れ果てている。一応は擁護するように、勉学と習い事は完璧だったと言ってくれるが、与えられた情報を取得するのは得意だけどそれを使うのは下手くそだと言ってるようなもので、擁護に見えた貶しになってしまっている。結局だけど、グラスは褒めるところが見つからないと、首を振り始めた。

「俺の住んでた国の王ってこんなんだったんだな、失望というか呆れちまった……兄様!?」

「はい、死んだとされた第5番目の元王子……グラス・ペルマネンテだったものです」

「えーと、数々のご無礼を」

 そういえば、ドロウ君に元王子だったことは伝えて無かったので話しの内容の兄様に強く反応して、グラスが元王子だったことを伝えると、口に手を当てて冷や汗びっしりかいたままにガタガタと震え謝罪をしようとしてきた。グラスは、少し悲しそうに目を細めて謝るドロウ君を止めようと彼に手を差し出すと。余計にドロウ君が固まってしまったので、グラスはどんどん顔が暗くして手を下げてしまった。

「大丈夫だって、元だからさ! ホラ、この通りほっぺをぷにぷにしても怒らない」

 見かねた私が下げたグラスの腕を引っ張って、ドロウ君の前に突き出して見せつけるようにグラスのほっぺを右手でぷにぷにと触って見せた。呆気にとられたドロウ君の目が泳ぎ始めた頃に、グラスがぷにぷにしてた私の腕を引っ掴んだ。

「怒りませんが仕返しはしますよ」

 有言実行、私の顔を片腕でハサミこんでモミモミとほっぺを堪能するグラス。真顔で女の頬を堪能するのが大分面白く感じたのか、呆気に取られてたドロウ君が腹を抱えて笑い始めた。私もグラスも最初はキョトンとしてしまうが、つられたように私とグラスもクスクスと笑う。

「あ、すいま、いやスマン。仲間だから逆に無礼だったな」

「いえ、こちらこそ数々のご無礼をカリスティア共々謝罪せねばなりませんので」

 三人で思う存分笑った後に、打ち解けたドロウ君が改めてグラスに握手を求め、グラスがそれに喜んで応じた。グラスは敬語こそ外さないものの、目は明らかに柔らかいまなざしでドロウ君を見て居た。

 場所も話しも一区切り付いたところで、グラスがスケイスとウィーンママに通信用水晶でコンタクトを取ってみると無事な二人の音声が聞くことができた。あの通り過ぎ事件後の詳細と、長い間二人を放置してしまっていたから本当に心配だった……無事で、よかった。

『えーっと今はウィーンはんの弟はんの所に居るんやけど、主はん達の厄災接触を許可して頂きましたんで、安心してこっちに来なはれ。アダムス入国手続きもこっちでやってくれるからのう』

「ガイコツが喋ってる……」

『おん! ブイブイ言わしてるナイスミドルガイコツやろぉ!』

『実際に言わしてるのは腰の骨のくせに』

『っさいわ! 欲求不満悪魔が』『なんですってぇぇ~骨軽男が!』

 ドロウ君の驚きの声に気をよくしたスケイスが、嬉しそうに自分の事をナイスミドルガイコツと自称したあたりから僅かに遠くの方でウィーンママの鋭いツッコミの声が聞こえた。そうして始まる言い合いにこれまた呆けているドロウ君。私とグラスは顔を見合わして苦笑いしした。

「お二方相変わらず無事なようでよかったです」

「本当によかった、見ない間に大分仲良くなったね二人とも」

 無事に喜んで、仲良くなったというと二人とも同時に『どこがや!!!』『どこがよ!!!』っと言うものだから、吹き出しそうになってしまう。実際に吹き出してしまうと被害がこちらに来るのでなんとか口に手を当てて耐える。グラスも微妙に口元が歪んでいるから、笑いそうになっているのを必死で堪えているのがわかる。

『予知でグラスはんが血まみれの主はん抱えて王様八つ裂きにしている予知が見えたから、原因の一つである厄災接触の罪を、合法でもみ消しに言ったんや。それにのう……回避してもペルマネンテでお尋ね者として指名手配されるのがわて見えてしもうてな~心配だから、はよ来てや』

 確かにあのときは私もグラスが王様八つ裂きにするんじゃないかと思って居た。けど、グラスの強い思いというか理性というか……で、思いとどまった為にその予知は実現しなくてよかった。「合法的に八つ裂きにできるのならば今からでもやります」っと水晶越しでもスケイスとウィーンママの沈黙の重たさが感じ取れるほどに、殺気が籠もった言葉を頂きました。本当にとどまってくれてよかった。空気を変えるために私がパンパン! リセットするように柏手をうった。

「わかったよ。こっちも話したとおりだから多少休んでから行くから待ってて」

『気いつけてな~』

 すぐに皆のフリーズが溶けて、何事もなかったかのように通信は切られる。だけど、私の表情は浮かないものだった。何故なら……ここからならどう足掻いても、私のトラウマの場所へ行くことになるからだ。瞼に移るのは遠い過去の花の雨と、猛吹雪、何が悲しいのか当時の私の魔力で作れる防寒具をことごとく無にしたあげくに、結局のところ使いたくない魔力をたんまりと使って難を逃れることとなったあの場所……。

 思い出すだけで吐き気と、顔の血の気がさらさらと引いてくる。ドロウ君がどうした! なんてギョッとした顔でワタワタし始めるが、大丈夫と言って落ち着いてもらう。グラスは私の顔が青くなっている理由を知っているので、縋るように天に祈りを捧げ始める私の肩に、左手を置いて声なき声で言った……諦めなさいと。

「カリスティア、今の魔力でしたら完全防寒の衣服を作れますね」

「作れるよ……。ドロウ君これに着替えて」

「え、おう。なんだコレ」

「寒さ完全カット無効を具現化したコート……着ないと死ぬよ、灼熱と極寒にズタズタに翻弄されながら……ね」

 今の魔力だったら作れるっちゃ作れるし、足りなくても周りの自然の者から魔力を頂戴すればいい。けどトラウマはトラウマなので心底嫌だ。無駄に綺麗な吹雪と無駄に綺麗な花の雨のデタラメ気候が頭に思い浮かんでは心にザックザックと切り傷を付けてえぐってくる。
 ポーションで治したはずの身体の傷が疼くような気がした。厨二病と笑えればどれほどよかっただろうか、笑えないし、泣きたい、身体は勝手にトラウマを避けて逆方向に身体を向けるも、グラスにより肩を掴まれ無理矢理にトラウマの場所の方角へと身体の向きを直された。


「もう、奥ゆかしい処刑場通るの嫌だったのに……。はぁぁぁぁ…………」

 普通の人間じゃなくともお陀仏の仏になりそうなほどのデタラメ気候のあの場所へ泣く泣く足を進めるのであった。







「いつまで待たせるのだ……愚弟とその小娘は」

 予想通りに、二時間掛けてやっと気づくとか気づかないとかの王様を置いて



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