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諸刃の根回し

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「ってなわけで、わては肉体派やないんでーいってこーい!」


「わぁぁぁぁぁぁ!!! 投げるなんてサイテぇぇぇぇぇ!!!」

 本当に最低!!! 魔術で強化した腕力でローブの怪しいやつとボロボロの男の中に投げ入れるなんて。羽を広げて風圧に抗ってなんとか、ボロボロとローブの間に着地をする。愛しのウィーンの身体がギシギシと悲鳴を上げる感覚がして、思わず舌打ちしてしまう。あのガイコツ覚えておきなさい……。

 不機嫌のままに自分の口の周りを舐め続ける男が、身の丈をとうに超した斧を軽く持ち上げながらこちらの方へと近づいてくる。『狂犬』と呼ばれている人物だというのは予め生臭元法王によって聞いている。でっかい岩に柄をさしたような歪な重量と大きさの斧を持ち、その上とてつもない速さと身体の柔軟さをもつ近接距離に偏った戦闘スタイルの人物。

「これはこれは、ご契約通りにそのゴミの……命をぶっ潰してやりますのでお退きください」

「うん、良いわよ。ちゃんとその首をその立派な斧で木っ端微塵にする姿を見せて」

「えぇ、ご契約通りに」

 契約には私も立ち会っていたので顔を覚えていたみたいだ。狂犬は斧を持ちながら立ち止まり退けというので素直に退いてやった。私自身はこのボロボロ男がどうなろうと知ったことではないし、カリスティアちゃんやグラス君を悲しませる人物なのだから、そのまま死ねば良い。そう思って居る……だけど。

「これは、どういうおつもりだぁ?」

 私が一歩引いて開けた道を通る狂犬の首に、鋭い爪を立てた一撃を振りかざした。少し擦っただけで交されてしまった。けれど、それによって顔を覆っていたローブが切れて隠れていた顔が見える。

「あら、弓と魔法を信条とするエルフが……ねぇ」

「どいうつもりだって聞いてんだよこっちは、糞悪魔が」

「どういうつもり? その男もお前も……此処で死になさいということよ」

 相手が殺しに来るならば、同じく殺す気で反撃をして、相手が利用する気で来るならばこちらも利用する。別におかしいことではないと、ボロボロ男を見てから、口をなめ回す狂犬を見る。目が血走って今にも飛びかかりそうな気配がする。身体を余り傷つけたくはないから、私は身体に魔属性の魔力を纏わせる。結界とか守るのは性に合わないからできないけれど、無いよりはいいだろうと。

「ぁぁぁぁ……。あ? あぁぁぁぁ……」

 すぐに飛びかかって来たのをすぐに後ろに退く形で避ける。斧から放たれる魔力の斬撃は、技名詠唱もされずに討ち放たれるものだから、読みにくいったらありゃしない。技名すらも言わないのだから魔力の練り上げが甘いおかげでスピードも威力も無いが。

「あ、うー。ああああああああああ」

 狂犬の方にワンとも人語ともならない言葉を吐いて猪突猛進にこちらに突っ込んでくる。エルフの綺麗な髪と魔力を持っていながらこの戦い、まさにとち狂った者の相手だ。あたりをボコボコに穴を開けながら突っ込んでくるものだから、段々と気が引けて避ける気力がなくなってくる。斧を振るときの隙が大きいから一発だけ槌で攻撃してやろうと、懐に入ると。

「攻撃したらあっかん!!!」

 遅れてここまで到着したスケイスが、攻撃のために槌を振り下ろしてから言われたせいで、そのまま狂犬の懐に槌をお見舞いしてしまった。骨にヒビが入る音と共に狂犬が吹っ飛ばされていく、変に勢いを殺したせいで骨にヒビだけで済ませてしまった。良くも邪魔したなと、スケイスに向けて文句を言おうとしたが。

「わてのことは良いからはよ、その槌はなしぃ! 死ぬぞ」

「何を……ヒッ」

 槌を見るとポロポロと、ガラスのように崩れていく慌てて手を放したけれど少し間に合わなかったようで人差し指も一緒にガラスのように割れて壊れてしまった。指からダラダラと流れる愛しい人の血が、背筋を凍らせるとどうじに、自分の中に押しとどめている何かがずるりと顔を出す気がした。

「私のウィーン、私のウィーン私のウィーン私のウィーン私の私のわ、私の私の私の私自身のウィーンが……。カリスティアちゃんに作って貰ったプレゼントがぁ……」

「落ち着け、その程度なら主はんの上級ポーションで治る。魔力の動きをちゃんとみい」

 今すぐ恋人の身体を脱ぎ捨てて、八つ裂きにしようと思った思考に待ったがかかる。カタカタと震え、怒りで無くなった人差し指からボタボタと流れる血を振りまく。魔力を込めて見ると、狂犬の周りに堕ちた精霊の紫の光が浮かんでいるのが見える。生命を育む自然の意思の使いが堕ちたら、反転して全てを腐らせ砕き破壊するものに。

「堕ちた精霊の動きはわてが止める。あんさんは本体頼むで」






数刻前

「てな、わけでカリスティアはんに居ないこと聞かれてもごまかしといてや」

『わかりました。気をつけてください……呼んでくださればすぐにいきます』

「ええよ、主はんとグラスはんは楽しんどきぃ……これから先ほんまに楽しく遊べる時はないんやからな」

 通信用水晶でグラスはんだけでも今回の事を伝えて、主はんは今回の事をバレないようにとお願いしたら案外あっさりと了承してくれた。拍子抜けだったがそうか……。グラスはんは自分の中の天秤をしっかりと見極めているからな。
 
 グラスはんに取ってはわてもウィーンも全てがカリスティアという人間を幸せにする道具の一つ。仲間として、友として、家族として……愛情も、友情も、親愛も持ち合わせて通わせて大事に思って居るが、そこにカリスティアの存在があれば容易に利用して切り捨てる。場合によっては一番大切に思っているカリスティアに、鋭利な刃物を突きつけているような危うい愛。

カリスティアを守ること第一にしながら、カリスティア本人が死ぬことを望めば喜んでカリスティア自身の命を奪う諸刃の愛

(どいつもコイツも、普通の恋愛できんのかいな)

 この度で何度目だろうため息をついて、瞼も目玉もないが感覚的には瞼の裏に浮かぶという表現に近い感じで見れる予知を見る。狂犬の周りに堕ちた精霊がふよふよと浮かんでいるところが見える。よっこらしょっと腰を掛けていた岩から立ち上がって走る。肉体労働は苦手だけれど急がなければならない。


「走るたび、カッコン、カコン……うるさー!!! なんで、わて魔物化して手に入れてんのが生命探知なん? 大判振る舞いで転移よこせや!!!」

 走る度に響く騒音を響かせながら、よいせよいせと老体に鞭を打って現場に向かう元法王様。たまたまその場に居合わせた冒険者に「きゃーおばけー」と怖がられながら通り過ぎざまに「誰がお化けやナイスミドルガイコツ様や」っと、魔物と思って魔法を撃って斬りかかってきた六人を容易に交しながらウィーンの元へと向かった。




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