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在りし日を夢見る者/反精霊の洞窟

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「年齢身体精神が不一致なカリス様との恋に葛藤するグラス様達が見たいですわ」

「ボクはもう慣れたからいいけど、絶対にご本人含めて他言しないでください。

 書類の山の中で俯いて呟くこの空色の髪の女性の名前は、カロフィーネ・リチェルリット。この国というより世界の成人15歳を過ぎて16歳になり、急増した姫としての教育と社交や知識と、友人の為の奮闘により普通の少女とは思えないほどの激務に追われ、ついには自分の推しているグラスとカリスティアの恋模様を妄想して日々のストレスを晴らすという、どこかの世界のオタクのようになっていた。

 実際に本人のカリスティアが居たら、カロフィーネの発言に驚き、熱は?呼吸は?脈拍は? と慌てて確認することであろう。それくらいに、過去を知るものからも今を知るものからも逸脱した発言なのだ。例外として男二名はそれを間近でみせられているので慣れてはいるが。

「わかってますわ!そんなのは……それで、今はカリス様はどうなってますの?」

 机に突っ伏したまま、顔の向きを変えて机の横に控えている人間をジト目で睨む、凛々しい美しさを惜しみなく周りに振りまいている男……リュピア。橙の髪の短髪の癖して華奢なので、男だとはばれずに女だと思われていても女性人気が高い。余りの女性人気の高さにメイド服の王子様という通りなさえ付いたほどだ。

「数日で、上級ダンジョンの反精霊の洞窟へと単騎攻略にいかれてます……。あとラブマルージュ様の持って帰ってきた道具で、記憶を取り戻す者が一部でています」

 カリスティアを守る、グラスを守る、二人とまた暮らせるように協力していったら、いつのまにかリュピアは姫専属のメイドに。専属のメイドとして教育されたリュピアは、堂々とラブマルージュが作った書類を落ち着いた声で読み上げる。声は変声期にスルーされたおかげで子供のころとあまり変わらない高い声だ。カロフィーネは、六年前とは変わらぬものとしてリュピアの声を聞いていると落ち着いてくるからと、よく聞き耳を立てている。

 本当に、落ち着く声ですわ。この声に何度救われたことか、在りし日を夢見ることを抑えることはできても、本質は変わらずに在りし日の夢を未来へ置き換えて行動しているに過ぎない自分には、変わらない物があるのはなによりも心を落ち着かせるものだった。だから、その声をもっと、もっと、とわかりきったことをリュピアに聞いてしまう。

「流石、カリス様……。ねぇ、カリス様は……城住まいから市民に変わって負担になったりはしてないかしら」

「いいえ、カリスちゃんは元はヴィスの町出身だから、慣れてますよ。それに、生活水準が落ちて騒ぐような人なら、そもそもグラス様はここまで入れ込んでないですよ」

「ですわよね……。ここまでの実績とスキルを持ってして、何故あの悪魔は頑なに彼女を殺したがるのか……わかりませんわ」

「……悪魔が必要に気にするのですから、やっぱり出生が関わっているのでしょうか」

 六年の月日を持ってしても、カリスティアの出生は分からずじまいだった。リュピアは不甲斐なさを嘆き、カロフィーネはそれでも足掻こうと、机から起き上がり書類を片付け始める。そろそろ昼ご飯のお時間の中で、めきめきと減ってゆく書類。

 ボクができることは、今は掃除と紅茶を入れることくらいか……。

 カロフィーネが急ピッチで書類を片付ける傍らで、姫の執務室に備え付けてあるティーカップと茶葉を出して、軽い生活魔法で湯を沸かして入れる。品良く茶色に色付く紅茶を見ながら、リュピアは呟いた。

「もし、二人が未来を追い求める者ならば、ボクらは去り行く在りし日を追い求める者だろうな……」

 

ーーーーーー

 禍々しい洞窟の中で、初級生活魔法の明かりを頼りに進むカリスティア。所詮は生活魔法で十分な明かりとは言えないピンポン玉の明かりだけれども、あえてそれを選んだのだ。明るくすれば見たい物も見えるが見たくない物も見える……。

ぐしゃりッ……。

 そう、此処は上級ダンジョンの中で、死んだから完全な自己責任の世界。死体なんていくらでも転がっているのだ。食われたもの、途中なもの、骨になるもの、遺品、様々なものがここに在る。喉を鳴らして、震える身体を押さえつけるように進むカリスティア。怯えた笑みは一見は挑戦的な物に見えるが、見る人が見れば目は完全に恐怖に支配されている。

 此処は【反精霊の洞窟】最下層。この洞窟の中で一番犠牲者が多いと呼ばれる階層で、通称【愚鈍の階層】魔物の発生は勿論のこと、新しい古い関係なく転がる死体は、見えても見えなくても通る物の精神を刈り取り。腐臭を充満させて、階層を通る物の心を愚鈍にして死に至らしめる。

  精神的を傷つけられる状況が多すぎるために精神の防御としての人としての反応を逆手に取り、生命を古い落とす。心の愚鈍は身体も鈍らせる。全ての人間が自分の限界をこしているのを気づかずに力尽きてゆく、そんな場所。

(腐臭自体はゴブリンの方が臭い、けど死体は見たくない……見たくない……)

 現代日本に住んでいた。カリスティアは何だかんだ死体を見ることなく異世界を過ごせていたが、グラスの計らいによって、無理矢理に直面させられることとなった。この野郎と心を奮い立たせて、震える身体で目の前に現れる魔物を切り伏せる。

 情勢が悪い。内乱や戦争が何時起きてもしかたない状況、この精霊国をでるのならばいつでも見るかも知れないもの、出発の度に怯えていては仕方ないし、出た頃に帰るなんてことはできないのだ。だから、この状況で前を見れずに逃げ出したいのならば、無理だから諦めてくれ。
 グラスはそう考えて強引でも無理矢理ここ自分を連れてきたことも、この進む先こそが未知でクリアもなにもない無茶なことだというのも、グラスは自分に教えたいからこそ、無理難題を押しつけてここに連れてきたのだということも十分分かる。だから、カリスティアは身体が、本能が、感情が、気持ちが、泣こうが喚こうが鞭を打って進む、かつて栄光ある冒険者だったかもしれないものの屍を踏み越えて。

「ふ……、うっ……。もういやだ、怖い、怖い、そう、私は怖い」

 泣くほど怖い、死ぬほど怖い、言葉からそれが零れ出るけれど、カリスティアは進む足を止めない。止めるに至っていない。泣くけど、怖いけど、自分の心を折るにはそれだけでは足りない。心が一度折れて荒廃していたからこその自己を守るすべ、何故、自分は怖いか? 恐怖は認知の歪み、それを考えて考えついてわかったら、それを脳内会議でケアをする。自己治療の特技。

 大丈夫、前を向ける。死体はなにも言わない、何も罵倒してこない。そう、私の会った有象無象のクズに比べれば喋ることはない、そこに在る物質。

 此処に現れる落ちた精霊のほうが凶暴だ。攻撃して来て痛い。シャドーという魔物も痛い。大丈夫、怖くないなにもしてこない。

「やっと、最下層の転移紋の前まできた……。うぅぅ…。」


 カリスティアは、グラスに言われてあの後にクリアするまでダンジョンから出ないつもりだったので、一度も地上にあがることなく、ここまで来たので正確な時間はわからないが……多分10日以内だとは思うというおぼろげな感覚で、転移紋の前にへたりこんだ。

 自分の顔を少し触ってみると、涙と鼻水でざらついた感触がする。けれども、この転移紋を触ればそれも終わり、証拠になるこの洞窟の魔物の素材はちゃんとストックに沢山しまってあるから大丈夫。

「これで……終わり」

 カリスティアは転移紋に、今度は終わりの歓喜で泣きながら手を触れる。



 


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