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第1章 ふたりの秘め事

第8話 会いたくない奴ら

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 目の前に現れた三人の男たちは紛れもなく、高校時代に俺をはずかしめた奴らだった。俺の心拍数が大幅に増え、額に汗が滲み出る。
 自分たちに従わず、気に食わないというひどい理由でいじめられた。夢で見たような人格を否定されるような辱めから、テキストやノートを燃やされたり、トイレに投げ入れられたり、他の学年や他校に悪評をばら撒かれる、自分の見えないところでSENNに酷い書き込みというような陰湿な方法まで……とされたい放題であった。

「よう、お前ら。久しぶりじゃねえか」

 バイクを降りた背の高い美形の男が俺たちに近づいてくる。奴の目は獣の如く爛々と輝いているが、その視線は巧妙に俺を外していた。
 視線の先には、椿と生野がいた。

 しかし、奴の目はついに俺を捕らえた。まるで、邪魔な獲物を排除せんとばかりに。

「よく見たらお前、金谷じゃん? よう、元気にしてたか? かれこれ五年ぶりか?」
「……」

 だんまりを決め込む。
 俺の心臓が早くなる。
 冷や汗が出る。
 心の中で早くこの場を去ってくれ、と強く願った。

「相変わらずシカトかよ。俺な、来月からアメリカに留学するんだ。そして卒業以後は桜鳩グループの銀行に就職。まあ、将来安泰だぜ」
  
 古川ふるかわ直紀なおき
 いじめグループのボスであり、俺の高校生活をどん底まで叩き起こした奴だった。
 桜鳩グループは鉄道、航空業、船舶業といったインフラから金融、保険、製造業、観光業まで国内外で手広く事業を展開する日本を代表する企業グループだ。国内でその名を知らない人はおらず、ここの会社に就職できれば将来は安泰とされる。
 つまり、こいつは自分の約束された未来でマウントを取ってきていた。
 
 しかし俺にとって、そんな話どうだっていい。
思い出すだけでも吐き気がする。なんでお前がここにいるんだよ。

「お前はなんか変わったのか? 大学落ちて無職かあ? まあ、お前働いてるとこイメージできないからな、ニートなんだろうな。それとも……」

 俺の近くにいた、警戒感マックスになっている椿と生野、そして椿の後ろでおびえている紅葉ちゃんを見下すように、嘗め回すように見る。
 そして、ニヤリと不気味な笑みを浮かべると、

「また神原かんばらに遊んでもらってるのかあ? お前神原なしだと何もできないスカスカ野郎だからなあ。しかも、いい歳して女を守らないといけないのに、逆にすがるとか、みっともないぜ」
「……」

 言い返せないでいると、松山は椿と生野に優しそうな眼差しを向けた。しかし、その目はいやらしく、彼女たちに突き刺さる。

「なあ、神原。こんな奴見捨てて俺みたいなやつと遊ばね? 樹里じゅりもさあ、いいだろお?」
「はあ? なんで私たちが? こっちは忙しいの」

 椿は冷静になりながらも反論していた。なぜか、高校時代のワンシーンが俺の頭によぎった。

「いやいや、時間あるだろ? こんなクズと一緒にいると、本当にダメになるぜ?」
「お断りします。あと、金谷かねたに君は仕事仲間ですから」

 椿は鋭い剣幕を内面に込めながらも、刺すような視線で相手に反撃する。
 古川は一瞬ひるんだのか、視線を椿からそらせ、唾を吐き捨てた。

 俺はこぶしを強く握った。とにかく、この場から早く消えてくれ……!

 だが、次の一言でその場は凍り付いた。

「は。やっぱ神原も生意気だよな。女のくせに。可愛げがないんだよ」

 そして古川は恐ろしい形相で近づいてくる。
 気の弱い人なら、すぐに逃げ出すだろう。椿の後ろに隠れていた紅葉ちゃんは縮こまっていた。

「なあ、俺がその気になれば力づくでお前を連れ出せるんだぜ? いい加減、から威張いばりするのはよしな?」
「あなたこそなんなの? 仕事の邪魔をするなら、警察呼ぶわよ」
「はあ? サツだとお? 何偉そうにほざいてんだ? 本当に仕事なのかあ?」

 ヤクザのような横柄な態度で椿に詰め寄る。
 隣で古川の実力要員である室伏《むろぶし》拓《たく》が拳を鳴らして威嚇している。
 俺の体格の二倍くらいある大柄な男。俺はこいつにボコボコにされたこともある。
 女である椿は古川だけでも力で及ばないだろうが、室伏が来たらもうひとたまりもないだろう。

 力で絶対に勝てるとわかっているから、強引に事を進める。高校までなら教師やほかのクラスメイトなどの抑止力もあった。だが、今はそれもない。
 こいつらは男として、いや、人間として最低で、卑劣なゲス野郎なのだ。

 椿も顔をしかめて後ずさざるを得なかった。

 こんな時こそ、俺が言い返さないといけない……! このままだと、椿だけでなく生野や紅葉ちゃんにも手出しされ、ひどい目に遭うだろう。

 どうすればいいんだ……! これは、大事な仕事なんだ。
 逃げずに、立ち向かわないといけないんだっ……!

――俺たちは仕事なんだよ。邪魔をするな

 拳を握り締め、俺は古川らを睨みつけた。

――今すぐ失せろ

 低い声で威圧するように言い放ったが、内心は恐怖でいっぱいだった。額から冷や汗が滲み出て、心拍数が大幅に上昇する。

 しばらく場に沈黙が流れた。
 周りの視線が俺に向けられていた。
 俺は肩で息をしていた。

 だが、

「はあ? 失せろだとお? けっ」

 古川は俺の顔に唾を吐いた。
 そして胸ぐらをつかみ上げた。
 胃液が逆流しそうになる。
 く、苦しい……。

「お前なあ、イキってんじゃねえよ。仕事だか何だか知らねえが、生意気なんだよ。お前こそ失せろや」

 そういうと古川は俺を突き飛ばした。
 背中から地面にたたきつけられ、激痛が走る。

 痛みにもがきながら立ち上がろうとするが、

――室伏、やれ
――オス

 最悪の一言が言い放たれた。
 室伏の持つ、まるで丸太のような腕が俺に向かって飛んでくる。

 当然筋力は高校時代より数段上がっているだろう。数発殴られたら、俺みたいな人間は……。
 もう、だめだ……っ!

――古川、室伏、やめろ!

 大声があたりに響き渡った。
 室伏の拳は俺の顔面数センチ前で止まった。

 大声を張り上げていたのは意外な奴だった。
 そいつは、いじめグループの一人、松山まつやま信成のぶなりだった。

 古川は怪訝な顔を松山に向ける。

「おい、なんでだよ」
「そんなゴミみたいな奴殴って、周りの人間にばれたらどうするんだよ。サツに通報されたら、明日の忘年会いけなくなるだろ」
「……」
「留学も取り消されるかもしれないぜ。今はやめとこうぜ」
「ちっ」

 盛大な舌打ちをすると、古川は室伏に命じた。

「撤収。帰るぞ」
「御意」

 さっさと奴らは引き上げていった。
 古川の悔しさを吐き捨てる大声が響いていた。

 駆け寄った椿に支えられながら、俺は立ち上がる。
 さっきまでの最悪な状況に突然舞い込んだ光景。俺にとって、本当に信じられなかったのだ。
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