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プロローグ
第4話 サラリーマン、探偵に再就職する
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――警察は取り合ってくれない
その一言が俺にとって衝撃的だった。
俺もあと一歩で薬を飲んでしまい、人生が一変するところだった。こんな時、誰かに助けを求めたくなるのは当然である。
警察は正義の味方であり、悪いことをした犯人を見つけて、捕まえてくれる。ニュースで警察の不祥事が発覚しても、そんなことをするのは一部の人間だけであり、大半の警官は正義のために戦ってくれる――
自分の家族に警察がいたからだが、俺は彼の後ろ姿を見て育ってきたので、自然と警察にそんなイメージが付いていた。
それが今、揺らぎだしていた。
「つ……椿、嘘だろ?」
しかし椿は顔を左右に振った。
「……あなたのお父さんは正義の味方だったわ。だけど、警察はこの事件に一切かかわりたくないみたいなの。ただの家出だとか言って門前払いするそうよ」
「……」
俺は言葉を失った。
呆然と立ち尽くしてしまう。
「リツさん……大丈夫?」
何かを察したのか、紅葉ちゃんは心配そうに俺を見ていた。
「……大丈夫」
俺はその言葉しか言えなかった。
椿もしばらくは何も口に出さなかった。
沈黙を断ち切ったのは俺だった。
「……椿、お前も警察には相談したんだろ?」
椿は一つ頷いたが、
「でも、常盤署の警察の人も取り扱ってくれなかったわ」
「そんな……」
一瞬落胆してしまった。父さんがいれば、少しは変わったのかもしれない。だが、もう彼はいないのだ。
椅子が動く音に俺はふと顔を見上げた。
椿が優しそうな顔をこちらに向けていた。
「そう意気消沈しないで。警察が動いてくれないのなら、私がやるしかない。探偵になって、いろんな事件を解決していけば、そのうち白装束と薬に関する情報が入ってくるかもしれない。だから、私は探偵になったの」
「椿……」
つくづくすごいことを考えつく女だな、と俺は思った。そして。これまで疑問に思っていたことが頭の中で繋がった。
「じゃあ、椿や紅葉ちゃんが着てる変な服は探偵用の服なのか?」
椿は一瞬怪訝な顔をする。
「変とは失礼ね! 由緒正しき、シャーロックホームズをイメージした、我が【ときわ探偵事務所】のユニフォームなんですから」
握りこぶしを胸に当てて、どや顔をする椿。
それを見て隣で紅葉ちゃんは顔を赤らめながらも笑った。
「お姉ちゃん、本気で探偵始めたんだよ。常盤市に事務所作って、実際に依頼を受けてるの」
「へ、へえ……」
なら、こいつの探偵としての実績が気になる。
「なあ、お前これまで事件を何件解決してきたんだ?」
「え? んーっと……」
指で何件か数えているようだが……まさか、数えられるくらいしかないのか?
そして椿は両手を広げてその “実績” を示した。
「これだけかな」
「じ、十件……。少なくね……?」
わかってないとでも言うように、椿はため息をついた。
「仕方ないじゃないの。この仕事初めて三か月しか経ってないんだから」
椿いわく、まだ開業間もなく、お金も足りていないので、常盤駅の近くにある安いアパートを借りて、そこを探偵事務所代わりにしているらしい。
「大体月三件か……。どんな依頼受けてるんだ?」
「え……? 人捜しとかペット捜しとか、素行調査とかそんなのかなあ」
「警察が絡むような事件は受けていないのか?」
椿は腕を組んで顔をしかめた。
「推理小説じゃあるまいし、受けるわけないでしょ? それは警察の管轄です」
「……そうなの?」
「相手が殺人鬼だったらどうするのよ。警察なら武道の達人の人も多いし、拳銃もあるからいざというときに何とかなるかもだけど、あたしみたいな一般人が太刀打ちできるわけないじゃないの。襲われたら一巻の終わりよ」
「確かに」
「もう……探偵ものはあくまでフィクション。リアルは違うの」
顔を膨らませる椿。
俺はなぜか笑ってしまった。
すると、俺のスマホが音を立てて震えた。
俺は画面を確認すると、そこには【金谷法子】という文字が出ていた。母さんだ。
「もしもし?」
【もしもし、リツ? ホントなの? 仕事辞めたって】
「え……」
なんでこんな時に電話かけてくるんだよ……! 確かに、昨日SENNにメッセージ入れたけど、よりによってSENNで返信ではなく通話って……。
「……そ、そうだけど……」
【そういう話はSENNじゃなくて、電話でして頂戴! 大事な要件じゃないの!】
画面越しに母さんの怒号が飛んだ。
その声は椿や紅葉ちゃんにも漏れていたらしく、二人は驚いたのか視線が俺に向けられた。
「いや、俺、電話できる精神状態じゃないから……」
渋々応答すると、今度は画面の向こうからため息が聞こえてきた。
続く母さんの言葉は落ち着いているようだった。
【気持ちはわかるわ。相当きつい職場だって、あなたいつも言ってたじゃない。でも、連絡くらい寄越しなさいよ】
「はい。ごめん、母さん」
【謝らなくていいって。じゃあ、帰る時にまた連絡入れてね】
そして通話が切れた。
ため息が漏れる。
現在絶賛無職。しかも、幼馴染の前でその醜態をさらしてしまった……めっちゃ恥ずかしいんですけど。
――ほう、今は無職ってわけね
企みを含んだ、怪しげな声がする。
振り向くと、椿がニヤニヤ笑いながら口角を上げた。
「ねえ、リツ。よかったら私のところで働かない?」
「は?」
今なんて言った?
椿は唇に人差し指を当てて、上目遣いで尋ねてきた。
「どんなことがあったかはわからないけど、あなた、仕事を辞めたみたいね。常盤に戻るつもりなんでしょ?」
「……」
やっぱ聞こえてたか……。
俺は右手を額に当てて、ため息をついた。ああ、もうどうしようもない……。
「そうだけど……」
「やっぱり! なら、一緒に探偵やらない? あなた、令仁さんと法子さんに似て推理の才能あるじゃない! その能力、うちで生かしてみたら?」
完全に勧誘トークになっている椿。あの白装束や大学時代に受けた宗教勧誘に似ている……。
ただ、それらとは違い、椿の目は本物のようだった。彼女は、俺のことを子供のころからよく知っている。
また俺も、白装束の奴らが許せなかった。
あいつらは、人の弱みに付け込んで薬を売りつけているのだ。ただでさえ理不尽な目に遭っているのに、更に地獄に叩き落そうとしている。
あともう一歩で俺も紅葉ちゃんやネット上にいる体験者たちのように、子供の姿にされるか、あるいはもっと別の悲劇に巻き込まれていたかもしれない。
こんな奴らを、野放しにはできない。
俺の中にあった、父さんから受け継いだ正義感が心に火をつけた形だ。
「……わかった。椿、俺もお前のところで働きたい。雇ってくれ」
すると、椿の顔が一気に明るくなった。椿は俺の両手を包み込むように手を握った。温かくやわらかな感触が伝わってきた。
「本当⁉ ありがとう!」
「ああ。よろしく頼む」
俺と椿のやり取りを見ていた紅葉ちゃんも、まるで自分のことのように喜んでいた。
「お姉ちゃん、よかったね! これで依頼がたくさん来ても大丈夫かも!」
「うん!」
まるで地獄から救われたようだった。
俺はこの喜びをずっと噛みしめていた。
その一言が俺にとって衝撃的だった。
俺もあと一歩で薬を飲んでしまい、人生が一変するところだった。こんな時、誰かに助けを求めたくなるのは当然である。
警察は正義の味方であり、悪いことをした犯人を見つけて、捕まえてくれる。ニュースで警察の不祥事が発覚しても、そんなことをするのは一部の人間だけであり、大半の警官は正義のために戦ってくれる――
自分の家族に警察がいたからだが、俺は彼の後ろ姿を見て育ってきたので、自然と警察にそんなイメージが付いていた。
それが今、揺らぎだしていた。
「つ……椿、嘘だろ?」
しかし椿は顔を左右に振った。
「……あなたのお父さんは正義の味方だったわ。だけど、警察はこの事件に一切かかわりたくないみたいなの。ただの家出だとか言って門前払いするそうよ」
「……」
俺は言葉を失った。
呆然と立ち尽くしてしまう。
「リツさん……大丈夫?」
何かを察したのか、紅葉ちゃんは心配そうに俺を見ていた。
「……大丈夫」
俺はその言葉しか言えなかった。
椿もしばらくは何も口に出さなかった。
沈黙を断ち切ったのは俺だった。
「……椿、お前も警察には相談したんだろ?」
椿は一つ頷いたが、
「でも、常盤署の警察の人も取り扱ってくれなかったわ」
「そんな……」
一瞬落胆してしまった。父さんがいれば、少しは変わったのかもしれない。だが、もう彼はいないのだ。
椅子が動く音に俺はふと顔を見上げた。
椿が優しそうな顔をこちらに向けていた。
「そう意気消沈しないで。警察が動いてくれないのなら、私がやるしかない。探偵になって、いろんな事件を解決していけば、そのうち白装束と薬に関する情報が入ってくるかもしれない。だから、私は探偵になったの」
「椿……」
つくづくすごいことを考えつく女だな、と俺は思った。そして。これまで疑問に思っていたことが頭の中で繋がった。
「じゃあ、椿や紅葉ちゃんが着てる変な服は探偵用の服なのか?」
椿は一瞬怪訝な顔をする。
「変とは失礼ね! 由緒正しき、シャーロックホームズをイメージした、我が【ときわ探偵事務所】のユニフォームなんですから」
握りこぶしを胸に当てて、どや顔をする椿。
それを見て隣で紅葉ちゃんは顔を赤らめながらも笑った。
「お姉ちゃん、本気で探偵始めたんだよ。常盤市に事務所作って、実際に依頼を受けてるの」
「へ、へえ……」
なら、こいつの探偵としての実績が気になる。
「なあ、お前これまで事件を何件解決してきたんだ?」
「え? んーっと……」
指で何件か数えているようだが……まさか、数えられるくらいしかないのか?
そして椿は両手を広げてその “実績” を示した。
「これだけかな」
「じ、十件……。少なくね……?」
わかってないとでも言うように、椿はため息をついた。
「仕方ないじゃないの。この仕事初めて三か月しか経ってないんだから」
椿いわく、まだ開業間もなく、お金も足りていないので、常盤駅の近くにある安いアパートを借りて、そこを探偵事務所代わりにしているらしい。
「大体月三件か……。どんな依頼受けてるんだ?」
「え……? 人捜しとかペット捜しとか、素行調査とかそんなのかなあ」
「警察が絡むような事件は受けていないのか?」
椿は腕を組んで顔をしかめた。
「推理小説じゃあるまいし、受けるわけないでしょ? それは警察の管轄です」
「……そうなの?」
「相手が殺人鬼だったらどうするのよ。警察なら武道の達人の人も多いし、拳銃もあるからいざというときに何とかなるかもだけど、あたしみたいな一般人が太刀打ちできるわけないじゃないの。襲われたら一巻の終わりよ」
「確かに」
「もう……探偵ものはあくまでフィクション。リアルは違うの」
顔を膨らませる椿。
俺はなぜか笑ってしまった。
すると、俺のスマホが音を立てて震えた。
俺は画面を確認すると、そこには【金谷法子】という文字が出ていた。母さんだ。
「もしもし?」
【もしもし、リツ? ホントなの? 仕事辞めたって】
「え……」
なんでこんな時に電話かけてくるんだよ……! 確かに、昨日SENNにメッセージ入れたけど、よりによってSENNで返信ではなく通話って……。
「……そ、そうだけど……」
【そういう話はSENNじゃなくて、電話でして頂戴! 大事な要件じゃないの!】
画面越しに母さんの怒号が飛んだ。
その声は椿や紅葉ちゃんにも漏れていたらしく、二人は驚いたのか視線が俺に向けられた。
「いや、俺、電話できる精神状態じゃないから……」
渋々応答すると、今度は画面の向こうからため息が聞こえてきた。
続く母さんの言葉は落ち着いているようだった。
【気持ちはわかるわ。相当きつい職場だって、あなたいつも言ってたじゃない。でも、連絡くらい寄越しなさいよ】
「はい。ごめん、母さん」
【謝らなくていいって。じゃあ、帰る時にまた連絡入れてね】
そして通話が切れた。
ため息が漏れる。
現在絶賛無職。しかも、幼馴染の前でその醜態をさらしてしまった……めっちゃ恥ずかしいんですけど。
――ほう、今は無職ってわけね
企みを含んだ、怪しげな声がする。
振り向くと、椿がニヤニヤ笑いながら口角を上げた。
「ねえ、リツ。よかったら私のところで働かない?」
「は?」
今なんて言った?
椿は唇に人差し指を当てて、上目遣いで尋ねてきた。
「どんなことがあったかはわからないけど、あなた、仕事を辞めたみたいね。常盤に戻るつもりなんでしょ?」
「……」
やっぱ聞こえてたか……。
俺は右手を額に当てて、ため息をついた。ああ、もうどうしようもない……。
「そうだけど……」
「やっぱり! なら、一緒に探偵やらない? あなた、令仁さんと法子さんに似て推理の才能あるじゃない! その能力、うちで生かしてみたら?」
完全に勧誘トークになっている椿。あの白装束や大学時代に受けた宗教勧誘に似ている……。
ただ、それらとは違い、椿の目は本物のようだった。彼女は、俺のことを子供のころからよく知っている。
また俺も、白装束の奴らが許せなかった。
あいつらは、人の弱みに付け込んで薬を売りつけているのだ。ただでさえ理不尽な目に遭っているのに、更に地獄に叩き落そうとしている。
あともう一歩で俺も紅葉ちゃんやネット上にいる体験者たちのように、子供の姿にされるか、あるいはもっと別の悲劇に巻き込まれていたかもしれない。
こんな奴らを、野放しにはできない。
俺の中にあった、父さんから受け継いだ正義感が心に火をつけた形だ。
「……わかった。椿、俺もお前のところで働きたい。雇ってくれ」
すると、椿の顔が一気に明るくなった。椿は俺の両手を包み込むように手を握った。温かくやわらかな感触が伝わってきた。
「本当⁉ ありがとう!」
「ああ。よろしく頼む」
俺と椿のやり取りを見ていた紅葉ちゃんも、まるで自分のことのように喜んでいた。
「お姉ちゃん、よかったね! これで依頼がたくさん来ても大丈夫かも!」
「うん!」
まるで地獄から救われたようだった。
俺はこの喜びをずっと噛みしめていた。
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