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第10章 嘘つき猫の一生

第76話 ホントの気持ちは秘密なの?(後編)

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 美月さんの家に着いた私たちは、すぐに二人でお風呂に入った。
 熟練のライダーが注意した通り、秋の夜を風を切り走るバイクは思いのほか私の身体から熱を奪い去り、一刻も早く温もりを欲していた。

「前にシャワー浴びさせた時に、下着でサイズは知ってたけれど――花楓って、着痩せする方なのね」

「ちょっ! ジロジロ見ないでくださいよ!」

「今さらじゃない? そんなんで温泉の紹介案件とか来たらどうするのよ? どうせ私と花楓で行くことになるんだから、今から慣れておいたら?」

「恥じらい! 美月さんはもっと恥じらいを持ってください!」

 二人で代わる代わる浴槽に浸かって身体を洗う。
 冷えた身体はすっかりと上気し、持って来たお着替えセットのTシャツとステテコ姿になると、ようやくほっと人心地がついた。

 美月さんも灰色のカットソーとショートパンツ姿に着替える。

 いよいよ待ちに待った晩酌だ。
 と、行きたい所なんだけれど、時刻は既に深夜1時。

「これは完全に寝落ちコース確定ね」

「……ですねぇ」

「リビングで飲んじゃうと移動するの億劫だし、今日はもう寝室で飲もっか?」

「いいんですか? いつも『部屋に酒とおつまみの匂いが移るから嫌だ!』って、頑なにリビングで飲もうとするのに?」

「花楓も私のことをよく分かってきたわね。まぁけど、たまにはこういう特別な日があってもいいんじゃない?」

 寝落ちを考慮しそのまま寝室へ。

 美月さんはベッドへ。
 私は――彼女が買ってくれたお泊まり用の布団(ちょい高級な奴)に寝転がった。

 いつもだったらカクテルを作るけれどもそれも省略。
 前に買ってあった、日本酒を注ぐだけでカクテルになる「ぽんしゅグリア」に、美月さんお気に入りの「ソガペールエフィス」を注いで乾杯した。

 そのままでも美味しいお酒をさらにカクテルにするなんて、贅沢な晩酌だ。
 おつまみは先日の残り(するめ、チータラ、カルパス)だけれど。

「はぁー、おつかれさま! 今日は本当にとびきりハードな一日だったわ! まさかコラボに飛び入りで参加することになるなんてねぇ!」

「いやほんと、できすぎでしょ? さては狙ってたんじゃないんですか?」

「まぁ、サブマシンで配信はチェックしてたわよ。けど、あのタイミングで鉢合わせたのは本当に偶然。私もびっくりして、声が出なくなってたんだから」

「えー、ほんとーですか?」

「本当よ! そう思うなら見てみる?」

 タブレットを使って二人で美月さんの配信を確認する。
 たしかに彼女が言ったとおり、『エンド要塞』に偶然突入した『青葉ずんだ』は、一分間ほど無言になっており、心配するコメントが書き込まれていた。

 まさか私との遭遇の裏でこんなことになっていたとは。
 というか、美月さんでもあわてることがあるんだな。

 そんな驚きもそこそこに、関連動画に「川崎ばにら」「青葉ずんだ」「津軽りんご」の三視点をまとめた切り抜き動画が目に入る。
 せっかくだからと視聴してみると――どん引きするほど冷静かつ迅速に、三人分の金装備を作り上げ、名前付けをするりんご先輩の姿が映っていた。

 これは、確実に私たちの配信を見ていましたね、りんご先輩。
 あるいは里香ちゃんが教えてくれたのか。

「どうりでいろいろ用意がいいと思った訳よ」

「え? 黄金聖衣のネタって、美月さん発案じゃなかったんですか?」

「いやいや、りんごが急に出してきて私もあわててあわせただけだから! 金が余りに余ってて、どうしよっかってなってたのを、あぁいう形に繋げるとは! ほんと、りんごの咄嗟の機転にはいつも驚かされるわ!」

「……やっぱ、りんご先輩ってすごいVTuberですよね」

「そうよ。私の親友なんだもの、当たり前じゃない」

「……親友ですか」

「そう。百合営業のパートナーはアンタ。だから心配しなくていいからね」

 また嫉妬を爆発させそうになる私の頭を、ぐしぐしと美月さんは撫でてくれる。
 そうやって撫でられていると心の中に湧く嫌な感情を忘れられた。

 それから私たちはまた色んなことを話しあった。

 お互いに晩酌ができないことをはがゆく思っていたこと。
 私がりんご先輩に激しいジェラシーを抱いていたこと。一方で美月さんも、りんご先輩との関係をちゃんと私に説明しようと焦っていたこと。

 そして――先日、私に酔って電話をかけて来たとき、「会えない寂しさが爆発して我慢できなくなったこと」なんかを教えてもらった。

「今日の私と同じだったんですね」

「そうよ! 恥ずかしいことにね! それくらい、私も花楓のことを大事に思っているんだから……感謝しなさいよ!」

「なんで古臭いツンデレ風に言うんですか?」

「わんわん泣くよりはマシでしょ! もうっ!」

 ようやくえるふの言葉の意味が分かった気がした。
 同時に、路地裏で私が泣き出したときに、美月さんが嬉しそうに笑った意味も。

 うまく説明するのは酔っ払っているのでできないけれど。

 ただ、これからはもっと素直に自分の気持ちを打ち明けていこうと思う。私たちは、それを受け止めて考えることができるくらいには――大人の女なのだから。

「美月さん、りんご先輩とのコラボ、控えてくれます?」

「それは無理。りんごはやっぱり、私にとって大事な親友だから。里香ちゃんを養わなくちゃいけないし。彼女の力になってあげたい」

「……ですよね」

「けど、百合営業相手が嫉妬しないように配慮はする。りんごとコラボしたら、その分だけ、私たちもコラボすれば問題ないでしょ?」

「まぁ、それでとりあえず手を打ちますバニか」

「えらっそーに! このっ!」

 私の脇腹に足を向けると、その指先をわきわきと揺らす美月さん。
 足で脇腹を掻いて笑わそうとする彼女から私は転がって逃げる。
 すると、ベッド横のサイドボードにお酒を置いて、美月さんがごろりと私の布団の上に転がり落ちてくるのだった。

 いい成人女性がなにをやっているんだか。

 掛け布団の代わりに私の上にのしかかり、美月さんは赤らんだ顔を緩ませた。

「そうだ、これからどんどん忙しくなるし、お互いに定休日を作らない?」

「定休日ですか?」

「そう! この日は絶対に配信お休みっていう日を作る! そしたら、絶対に週一回はこうして晩酌できるでしょう?」

「……それより、もっといい方法があるバニですけど?」

「えっ? ほんと? なになに? どんな方法があるのよ?」

「……聞きたいバニですか? 本当に聞いちゃいたいバニですか?」

「もったいつけないでよ! ほら、早くいいなさい!」

 私の脇に美月さんが手を伸ばす。
 くすぐり攻撃がくる前に、私はふと思いついた「毎日でも晩酌ができる、冴えた方法」について、白状することを決めた。
 
「美月さんと私が一緒の家に住んじゃえばいいんですよ?」

「……やだ、なに言ってんのよ。それじゃ百合営業じゃなくなるじゃない」

「けど、これだったら毎日気兼ねなく、一緒に晩酌できますよ?」

 リスナーにバレたらアウト。
 百合営業という言葉で誤魔化せない事態になることは必至。
 そんなリスクはあるけれど、毎日この素敵な先輩と呑める誘惑には抗えない。
 そして、それは美月さんも同じなんだろう。

 私のお腹に馬乗りになって「うぅ~ん」と悩んでいた自慢の百合営業相手は――。

「まぁ、それもアリかもね!」

 と、また嬉しそうに私に微笑んだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ずんばに同棲編はじまります!!(嘘ですはじまりません)
 けど、フラグは建てたので、何かの拍子(たとえば、メンバーの誰かが同棲することになるとか、外的要因により)に同棲する可能性はなきにしもあらずです。

 元サヤに収まりつつ、より素直になり関係を深めた二人なのでした。
 
 さて、もうこれで終りでいいだろと思ったそこの読者の貴方。まだ、もうちょっとだけ伏線があります。そう、ヒントはうみが持って来たお土産――なんで大阪名物のケーキを、彼女は持っていたのか? という所で、次回第二部最終回です!

 最後のご褒美パジャマ百合にご満足いただけた方は、よろしければ評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m
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