12 / 79
第2章 ちょっと早すぎるかもよ「併走配信」!
第12話 百合営業」じゃなくても、またコラボしてくれますか?(前編)
しおりを挟む
グラスのオレンジジュースを飲み干すと時刻は20時を回っていた。
厚いカーテンをよけて掃き出し窓から空を見上げる。
東京はもうすっかり夜闇の中だった。
「遅くなったし、家まで送るわ」
ずんだ先輩が言った。
タクシーを呼ぶのだと思ったが「準備をするから、ちょっと待って」と彼女は続ける。そのまま、先輩はダイニングキッチンから殺風景な廊下に出て行った。
残された私は「待て」という先輩の言いつけを愚直に守る。
ただ、スマホを弄るくらいの自由は認めてもらいたかった。
確認したのは自分のチャンネル。
突発コラボの配信動画は既に10万再生に差し掛かろうとしていた。調べると、併走配信のハイライトを切り出した動画まで出回っている。
たいした反響だ。
「ずんだ先輩とのコラボ、やっぱり需要があるんだな」
気づくと私は笑っていた。
あんなに「百合営業」を嫌っていたのに。
もちろん、今もやるつもりはない。
けど、これだけ数字が出るなら――と考えるのがVTuberの悲しい性だ。
そんな私の気の緩みを狙ったように、ダイニングキッチンの扉が開く。
「おまたせ。それじゃ行きましょうか」
帰ってきたずんだ先輩はぴちっとしたライダースーツに着替えていた。
峰不二子(胸は除く)みたいな格好に口を開けて私は固まる。
どういうことなの?
放心する私の腕を引っ張ってずんだ先輩が歩きだす。
向かうは家の玄関――。
「タクシーで帰るんじゃないんですか?」
「アンタね、自分が有名人だって自覚してる? 今やへたなアイドルより知られてるくせに、ほいほいタクシーなんて乗っちゃダメよ!」
「けど、東京で他にどうやって移動すれば?」
「ちょっとは頭を使いなさいよ」
そう言って、玄関の横に置かれていたヘルメットをずんだ先輩は私に被せた。
あごひもタイプ。萌えバイク漫画でヒロインが被ってそう。
理解の追いつかない私の前で、ずんだ先輩が髪をくるりと巻いてお団子にする。
手慣れたその様子からようやく私はこの先の展開を察した。
「もしかして、バイクで行くんですか?」
「そうよ」
「ずんだ先輩が、運転するんですか?」
「当たり前じゃない」
「免許持ってるんですか?」
「大型二輪。イメージ崩れるから配信じゃ言ってないけど」
「いや、割とイメージ通りです」
「あら、そう?」
「なんにしてもふたり乗りはダメですよ! 犯罪! 犯罪です!」
「失礼ね。条件を満たせばバイクのふたり乗りは合法よ」
「けど! けど!」
「ほら、さっさと行くわよ!」
あわてふためく私のお尻を叩いてずんだ先輩が急かす。
連れてきた時と同じように、彼女は私を家から強引に追い出した。
部屋を出てそのままエレベーターに。
1階のエントランスの横を抜け、例の中庭を臨む駐車場へと入る。
高そうな外国車が並ぶ中、スカイブルーのレーシングバイクが置かれていた。
たぶんも何もアレだろう。
「バイク、乗った経験はある?」
「じ、自動車教習所で!」
「それは原付。まぁ、なくて当然か」
「ど、どど、どうしたらいいでしょうか?」
「しっかり私のお腹に手を回して、しがみついてればいいから。あぁそれと、家の住所を教えて欲しいんだけれど?」
「いえ! 近くの駅で大丈夫です!」
「なんのためにバイク出すと思ってんの!」
胸ポケットから出したスマホをずんだ先輩が私に渡す。表示されているのは地図アプリ。住所を入れろということだろう。
展開についていけていない私をよそに、バイクに近づいたずんだ先輩が、シート下からフルフェイスのヘルメットを取り出した。
重低音が駐車場に響く。
エンジンのかかったバイクに跨がるずんだ先輩。
フルフェイスマスクの下からじっと見つめる――やさしい視線に根負けして、私はしぶしぶ地図アプリに自宅の住所を入力した。
胸ポケットにスマホをしまうとずんだ先輩がシートの後ろを叩く。
そこには一人分のスペースが空いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の東京をずんだ先輩のバイクで駆けて私は自宅に帰宅した。
ワイルドなずんだ先輩だ。
その運転もきっと荒っぽいに違いない。
なんて身構えていたのに――まさかの法定速度遵守の慎重運転。
風を切ることもなければ、地面すれすれを脚がチップしそうになることもなく、私はとても丁重に自宅に送り届けられた。
ちょっと複雑な気分。
「……ここがアンタの家?」
「そうです! すみません、わざわざ送っていただいて!」
「いや、別にそれはいいけど」
「そうだ! よかったら上がっていってください!」
「いや、それも別にいいけど」
フルフェイスのヘルメットを外してずんだ先輩が私の住むアパートを仰ぎ見る。
ブロック塀の前に停めたバイクに背中を預け、彼女は今日一番と言っていいほど難しい顔をして腕を組んだ。
場所は杉並区阿佐ヶ谷。
駅から徒歩15分。
木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。
その2階。
202号室が私の住居だ。
コンクリートブロックの塀に囲まれた昭和の香りが色濃く残るアパート。
間取りはワンルーム四畳半(キッチンスペースを除く)。トイレはあるがお風呂は別。「近くの銭湯をご利用ください」と、入居前に不動産屋さんから念を押された。
ちなみに、家賃はこれで5万円。
ちょっと強気な値段設定。おかげで私以外に住人は一人もいない。
それが逆に配信業にはありがたくて入居を決めた物件だ。
おかげで夜中に配信しても誰にも咎められない――。
「5万円で都内に住みながら配信できるんですよ! すごいと思いません⁉」
「思わない」
「なんで⁉」
厚いカーテンをよけて掃き出し窓から空を見上げる。
東京はもうすっかり夜闇の中だった。
「遅くなったし、家まで送るわ」
ずんだ先輩が言った。
タクシーを呼ぶのだと思ったが「準備をするから、ちょっと待って」と彼女は続ける。そのまま、先輩はダイニングキッチンから殺風景な廊下に出て行った。
残された私は「待て」という先輩の言いつけを愚直に守る。
ただ、スマホを弄るくらいの自由は認めてもらいたかった。
確認したのは自分のチャンネル。
突発コラボの配信動画は既に10万再生に差し掛かろうとしていた。調べると、併走配信のハイライトを切り出した動画まで出回っている。
たいした反響だ。
「ずんだ先輩とのコラボ、やっぱり需要があるんだな」
気づくと私は笑っていた。
あんなに「百合営業」を嫌っていたのに。
もちろん、今もやるつもりはない。
けど、これだけ数字が出るなら――と考えるのがVTuberの悲しい性だ。
そんな私の気の緩みを狙ったように、ダイニングキッチンの扉が開く。
「おまたせ。それじゃ行きましょうか」
帰ってきたずんだ先輩はぴちっとしたライダースーツに着替えていた。
峰不二子(胸は除く)みたいな格好に口を開けて私は固まる。
どういうことなの?
放心する私の腕を引っ張ってずんだ先輩が歩きだす。
向かうは家の玄関――。
「タクシーで帰るんじゃないんですか?」
「アンタね、自分が有名人だって自覚してる? 今やへたなアイドルより知られてるくせに、ほいほいタクシーなんて乗っちゃダメよ!」
「けど、東京で他にどうやって移動すれば?」
「ちょっとは頭を使いなさいよ」
そう言って、玄関の横に置かれていたヘルメットをずんだ先輩は私に被せた。
あごひもタイプ。萌えバイク漫画でヒロインが被ってそう。
理解の追いつかない私の前で、ずんだ先輩が髪をくるりと巻いてお団子にする。
手慣れたその様子からようやく私はこの先の展開を察した。
「もしかして、バイクで行くんですか?」
「そうよ」
「ずんだ先輩が、運転するんですか?」
「当たり前じゃない」
「免許持ってるんですか?」
「大型二輪。イメージ崩れるから配信じゃ言ってないけど」
「いや、割とイメージ通りです」
「あら、そう?」
「なんにしてもふたり乗りはダメですよ! 犯罪! 犯罪です!」
「失礼ね。条件を満たせばバイクのふたり乗りは合法よ」
「けど! けど!」
「ほら、さっさと行くわよ!」
あわてふためく私のお尻を叩いてずんだ先輩が急かす。
連れてきた時と同じように、彼女は私を家から強引に追い出した。
部屋を出てそのままエレベーターに。
1階のエントランスの横を抜け、例の中庭を臨む駐車場へと入る。
高そうな外国車が並ぶ中、スカイブルーのレーシングバイクが置かれていた。
たぶんも何もアレだろう。
「バイク、乗った経験はある?」
「じ、自動車教習所で!」
「それは原付。まぁ、なくて当然か」
「ど、どど、どうしたらいいでしょうか?」
「しっかり私のお腹に手を回して、しがみついてればいいから。あぁそれと、家の住所を教えて欲しいんだけれど?」
「いえ! 近くの駅で大丈夫です!」
「なんのためにバイク出すと思ってんの!」
胸ポケットから出したスマホをずんだ先輩が私に渡す。表示されているのは地図アプリ。住所を入れろということだろう。
展開についていけていない私をよそに、バイクに近づいたずんだ先輩が、シート下からフルフェイスのヘルメットを取り出した。
重低音が駐車場に響く。
エンジンのかかったバイクに跨がるずんだ先輩。
フルフェイスマスクの下からじっと見つめる――やさしい視線に根負けして、私はしぶしぶ地図アプリに自宅の住所を入力した。
胸ポケットにスマホをしまうとずんだ先輩がシートの後ろを叩く。
そこには一人分のスペースが空いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の東京をずんだ先輩のバイクで駆けて私は自宅に帰宅した。
ワイルドなずんだ先輩だ。
その運転もきっと荒っぽいに違いない。
なんて身構えていたのに――まさかの法定速度遵守の慎重運転。
風を切ることもなければ、地面すれすれを脚がチップしそうになることもなく、私はとても丁重に自宅に送り届けられた。
ちょっと複雑な気分。
「……ここがアンタの家?」
「そうです! すみません、わざわざ送っていただいて!」
「いや、別にそれはいいけど」
「そうだ! よかったら上がっていってください!」
「いや、それも別にいいけど」
フルフェイスのヘルメットを外してずんだ先輩が私の住むアパートを仰ぎ見る。
ブロック塀の前に停めたバイクに背中を預け、彼女は今日一番と言っていいほど難しい顔をして腕を組んだ。
場所は杉並区阿佐ヶ谷。
駅から徒歩15分。
木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。
その2階。
202号室が私の住居だ。
コンクリートブロックの塀に囲まれた昭和の香りが色濃く残るアパート。
間取りはワンルーム四畳半(キッチンスペースを除く)。トイレはあるがお風呂は別。「近くの銭湯をご利用ください」と、入居前に不動産屋さんから念を押された。
ちなみに、家賃はこれで5万円。
ちょっと強気な値段設定。おかげで私以外に住人は一人もいない。
それが逆に配信業にはありがたくて入居を決めた物件だ。
おかげで夜中に配信しても誰にも咎められない――。
「5万円で都内に住みながら配信できるんですよ! すごいと思いません⁉」
「思わない」
「なんで⁉」
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。
当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。
ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。
※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m)
※12/31タイトル変更しました。
他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる