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雪女、異世界で国外追放される〜私が消えたら滅びますけど大丈夫です?〜

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~あらすじ~
異世界の国に転移した雪女。
110年後、給金が安すぎて国王に、昇級の嘆願をしたら、まさかの追放。

良いんですね?
マジで。
私が国を離れたらどうなるか分かってますか?

冷風を扇で送る職業――寒波師――だった雪女。
果たして彼女のいない国はどうなるのか。


◇◇◇

「陛下、給金を上げてはいただけませんか」

私は謁見の間で、恥を忍んで土下座をしている。

なぜ国王に土下座をしているかといえば、単純に生活が苦しいからだ。
先々代国王の時代から給金が変わらず、こうして土下座での嘆願を敢行したわけ。

ちなみに110年間ずーっと、年給5,000ゴールド。
先々代に仕えた時代の国民平均年給は、3,000ゴールドで、先代時代は4,500ゴールドだった。
今の平均年給は9,000ゴールド。

昔は良かったと思ってしまうのは、私がだからじゃないだと信じたい。

土下座から5秒後、フッと鼻で笑われた。

「文句があるなら出ていけ」

マジですか……。
そう思い顔を上げると、国王は口の片端を吊り上げて、哀れとでも言いたげに私を見つめていた。

「扇で扇ぐだけの寒波師かんぱし風情が、お前の仕事は奴隷にでもできるぞ」

「……しかし陛下、私の風は冷たくこの国」

「忘れたか雪女ユキメよ、この世界には魔法がある。そなたが元いた世界は魔法すらない、文明的に遅れた世界だから知らぬのだろうが、魔法で冷風を送ることができるのだ。お前がいなくとも事足りる。それを忘れ、この国難の時に給金を上げろとは……身の程を知れ愚か者めがっ!」

王の言葉を聞き、あ、コイツ終わってるわと、すぐに思った。
私を愚かと罵るのは、まだいいだろう。

でも、私の故郷である日本を蔑んだのは許せない。
妖怪の魅力を強く描いた劇や絵草紙があり、妖怪をつぶさに調べ上げてまとめたニッチな書まで売られ、そして水木しげる大先生のように、妖怪を子供向けにアレンジしてくれた天才が生まれし我が故郷を、文明レベルの低い世界と罵るなど……許せん。

「……身の程は知っております」

「ほう?それならば出ていくが良い」

「いいんですね?今なら、年給1万5千ゴールドで手を打ちますが」

「この期に及んで、まだ金を無心するか。惨めなり雪女ユキメよ、先々代からこの国に仕えている老婆を抱え続けた国に、感謝こそすれ金をせびるなど。はあ、悲しきかな」

「……分かりました。さよなら」

なんだい、悲しいかなって。カッコつけやがってクソジジイめ。

誰が老婆だよ、私はまだ千年も生きてませんし。
鬼や河童や天狗さんほどの妖力も威厳もありません、まだ若造です。
……いうて、中堅ですー。

私は王を睨みつけて、出口へと向かった。
すると背中に飛んでくる罵詈雑言。

「扇を扇ぐだけで偉そうにしおって、せいせいするわ」
「無駄飯食らいが消えてくれたか」
「国庫に5,000ゴールドの余裕ができましたな」
「自分の世界に帰ればよいのだ」

面と向かって言えないへなちょこ共が、ごちゃごちゃと。
自分の世界に帰れたら、とっくに帰ってるわ。

こう見えても、日本で雪女ゆきおんなと呼ばれて、わりかし有名な妖怪だったんだからね。戻ったら、そりゃあ持て囃されるに決まってる。

あの時、井戸にさえ近づかなければ、こんな不愉快な思いもしなくて済んだろうに。

平成の御上がおわす時代を、私なりに謳歌していたら、ふと見つけた時代錯誤の井戸に、妙に魅入られて。
ちょっと覗いたら、つまずいて落っこちて、この世界に来てしまった。

あーあ、どうしようかね、明日から。

私は、自室に戻り荷物をまとめた。
私の一張羅である、白い着物と雪駄に予備はないので、本当に荷物は軽い。
全財産と軽食と、それから櫛ぐらいか。

化粧品なんて、買う余裕がなかったんだよ。

すっぴんで過ごさせやがって、この国はホントくそだね。

まあ肌は白いから、白粉はなくたって十分美人だとは思うけどねえ。

はあ、次はどこに行こうかしら。

そう思いながら、この国の大通りを歩いてると、やはり飛んできた。
言葉やら、物が。

「出てきな穀潰し!」
「あばずれ!」
「お前がいると風引いちまうわ!」
「死ね、くそ娼婦!」
「貧乏の苦しみを知れ!」

ヒュン――。

とっさに出した氷の壁が、飛んできた卵を防いでくれた。

するとせきを切ったように、四方八方から卵やら魔物の臓物やらが飛んでくる。

べチャリ、ベチャ――。

私にも我慢の限界はある。
元々、人を驚かせるのは好きだったし、人を怒らせるのも好きだったけれど、限度ってものがあるだろう?

私は人を殺さないし、殺しを好きとも思ってない。
でもこうまでされて、黙ってられるかい。

本当なら、氷の壁に留まらず、全部凍らせたって構いやしないんだ。

人間ごと凍らせて、この国ごと氷漬けにしたって構いやしない。

でも止めておこうね。

どうせこの国は、滅んでしまうのだから。


私は寒波師かんぱしとして、先々代の王に仕えた妖怪だけどねえ、それだけじゃないんだ。
王を涼しくさせるために、私はこの国に仕えているわけじゃない。

「あー、なんか急に暑くなってきたな」
「だなあ」

私は、国境門の前に来ていた。
警備の騎士たちは、暑そうな鎧を着てダラダラと汗を垂らしつつも、私を見るやギロリと睨みを効かせた。

「もう入れないぞ。荷物はそれだけか」

また素っ頓狂なことを。くそ安い給金で、なにを買いだめろってんだい。

「これだけよ」

「そうか、ならばさっさと出ていけ」

私は門をくぐり、振り返った。

財政難に陥いるこの国は、荒れに荒れている。先々代から現国王に至るまで、みるみる貧富の差が広がっていったのは、官僚や貴族が大商会とくっつき汚職しているからだ。

その分割りを食うのは一般市民。
一部の金持ちが超大金持ちになって、市民がどんどん貧乏になって、その平均を取ると9,000ゴールドという年給が出てくる。

貧乏な市民は可愛そうではあるけれど、義理と人情を忘れちまった責任は、あるだろう?

そもそも私は、この国を涼めるために先々代に仕えたんだ。
先々代から、懇願されてこの国に仕えたんだ。

気候変動であまりにも暑くなったこの国は、このままだと国として成り立たないからと。
暑すぎて労働意欲が上がらないし、暑すぎて農作物を育てるのも一苦労だし、暑すぎて水も干からびるし、暑すぎて大豪雨が起きることもあるし。

そしてなによりも、暑さで年に一万人近く死ぬ国だった。

研究者の予測では、温暖化はますます進んでいくだろうと、当時は言われていた。
もうその研究者は、実利を生まないからという理由でクビになったけどね。

当時私は、研究者の客観的資料と王の懇願にほだされて、この国を助けてあげようと思った。

私が、国全体を冷やしてあげていたのだ。

王を扇ぐのは、ただの付随業務みたいなもので、メインはこの国を生きやすい国にすることだったのに。

110年も経てば忘れちまうかね。

暑さを忘れ、汗もかかず働くことのできる国。
なんでこんな国になったのか、考えたら分からんものかねえ。

「あばよ」

私はくるりと振り返り、新たなどこかの国へと歩き出す。

先々代、そして先代には良くしてもらったから、我慢したけれど、悪いねえ。

故郷と私をバカにされて、あばずれやら無駄飯食らいだと罵られてまで、残りたいのは思わないから。

「……はあ、暑いな」

「……急に、はあ、はあ、くそ暑くなってねえか?」

次はどんな国に行こうかね。
できれば今度は、日本みたいな、義理と人情に国がいいねえ。
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