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37.苦戦

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『2人共!獣人に集中してッ!』

ステルコスから助けてやった恩を着せるつもりはない。
恩を返さないから不義理だとも思わない。

けれど許せないだろう。

仇で返したこの女が。
よりにもよって、大事な妹の命を弄んだ、この女が。

「よいしょぉぉ!」

リングに魔力が集まり始め、怒りのボルテージが閾値を超える寸前だった。

パノラを抱きかかえたアスドーラが、無造作に首根っこを引っ張ったのだ。

「ガフッ……ガズゴォォラァッ!」

怒りに任せて叫ぶジャックだが、喉を締め付けられて言葉にならない。

『また負けるよ。それでもいいの?』

アスドーラにしては珍しく、冷静な言葉を投げかける。

負ける。
この単語に込められる意味を、ジャックはすぐに理解した。

ホテルで経験した、完膚なきまでの惨敗。
もしも騎士が来なければ、もしも解放戦線リベラティオアンテが温情をかけなければ、妹は取り返せなかった。

ただの偶然で妹を救えたあの日、勝った負けたで語るべきではないけれど、端的に言い表すなら、アスドーラの言葉通りである。

『分かったから、引っ張るな!死ぬ死ぬ死ぬ!』

『あ、ごめん』

地面でのたうち回るジャックは、ようやく空気にありつく。

「はあ、はあ。殺す気かバカ!」

いつもの調子を取り戻したジャックに、アスドーラはニコリと笑った。

「アイツらを倒そう!」

小脇に抱えたパノラをおろすと、転がっていたルーラルのナイフを拾い上げた。

『ノピー。人の足を止めるなら、どこを狙えばいい?』

『……足の親指、腱、膝、太腿かな』

『オッケー。ジャックは後ろの警戒しててね!』

『お前、何する気だよ』

アスドーラはニヤリと笑みを浮かべ、収納魔法にナイフを突っ込んだ。
すると、獣人の足元からニョッキッと腕が伸びた。

ザクッ!

狙いすました一撃が入ると、次は腱、次は膝、次は腿から血飛沫が上がる。

「……ッぐ」

ひとりがバタリと倒れると、近くにいた獣人にも同じ現象が起きて、またバタリと倒れた。

『……やっぱりアスドーラ君はスゴいや。こんな短時間で応用するなんて』

『ムハハハ。ノピーのおかげだよ!』

『ぼ、ぼぼ僕はなにもしてないよ』

『イチャイチャしてねえで、さっさと行くぞバカ!』

頭を叩かれたアスドーラは、ジャックに続いて走り出す。
向かうはノピーのもとへ。
広場中央からの脱出である。

「みんな!こっちだ!逃げてッ!」

未だに内紛を続ける他クラスの生徒へ、ノピーは叫んだ。
迫る獣人から逃げる、最後のチャンスであったから。

「おいッ!死ぬぞッ!」

語気を強めて、鬼気迫る勢いで叫んだ。
死ぬことはないだろうが、拉致されればろくな未来はない。
だから逃げろ。
突破口を開き道を作ったのだから。

「……触んな!」
「……なによ!」

確かに声は届いたが、遅かった。
彼らの肩には獣人の手が置かれ、そして逃がすまいと爪が食い込む。

「うぉぉ!」
「キモいんだよ!」

だが彼らにも、胆力があった。
ここへ誘導されただけの、力があった。

とある男は振り返りざま、獣人の鼻っ柱に拳を叩き込む。

とある女はスカートをはためかせ、太腿に備えていた得物で腹を刺した。

戦い慣れした動きで、躊躇いがなかった。
的確に急所を捉え、一般人ならば戦闘不能になるであろう一撃であった。

だがすべて、遅い。

掴まれた時点で、獣人たちの任務は完了していたのだ。

『あれは……転移!』

生徒の肩を掴む獣人の腹が淡く光り、証明陣が浮かび上がった。
証明の陣。
刻印術発動時に浮き出る、特有の魔法陣である。

ノピーは瞬時に、その証明陣の仕掛けを読み解き、発動する魔法を看破した。

しかし看破したところで、どうすることもできない。
発動した瞬間、生徒と獣人は姿を消してしまったからだ。

「嫌だ!止めて!」
「……うわああ!」

取り残されていた生徒たちも、獣人の手に落ちた。

転移の魔法は空間魔法の上位に分類される。
逃れるためには、やはり上位の魔法で対抗するしかないのだが、彼らはまだ1年生。
そんな魔法を知る由もなく、呆気なく転移してしまう。

広場中央に残されたのは、数名の生徒と裏切った生徒のみ。
獣人たちは、彼らに興味を示すことなく、虚ろに歩き始めた。
アスドーラとジャックのもとへ。

『2人共獣人に触られないようにして!絶対だよ!』

ノピーはすかさず警告した。

触れられれば、終わる。
魔法陣に触れる、または術者に触れさえすれば転移の対象となってしまうから。
逆を言えば、触れられてもすぐに振りほどけば、転移はないということだ。

その憂いをなくすため、獣人たちはダメ押しで爪を食い込ませていたのだろう。

この場所が口頭術を無効化していて助かったと、ノピーは安堵した。
アスドーラのように口頭式で転移を発動すれば、術者が指定した一定範囲の人物は無条件で転移してしまうからだ。

『ノピーもね!』

アスドーラは、いつもの調子でノピーへの気づかいを見せたが、ジャックは現場の様子を見て察した。

『いや、ノピーは大丈夫なんだろ。連れ去られる奴は、すでに選定済みらしい』

『ええ?そうなの?』

『うん。2人共とにかく気をつけて!』

二人は身構え、ノピーはパノラを庇うようにして趨勢を俯瞰する。

「ボコしてやらあ!」

気炎を上げたジャックは、魔力をリングに流し込む。
石が微かに光ると、拳には使い慣れたナックルダスターがお目見えした。

「ふぅー。っしゃあ!」

アスドーラもなんとなく声を張り上げた。
特に意味はない。

ひたひたと歩く獣人たちは、いい的であった。
まずは背後を取ろうとしている獣人たちを打ちのめす。
やはり体は頑丈で、ジャックの拳から放たれる打撃でも、絶命するには至らない。
アスドーラは無茶苦茶ながらも、常軌を逸した身体能力で獣人の全てを圧倒した。
膂力、敏捷、そして柔軟性を遺憾なく発揮した戦い方は、まるで雑技団の演武であった。

「次!」
「っしょぉぉ!」

向かってくる敵はことごとく打ちのめす。
見事なまでに一徹した闘志は、怪力で名高い獣人たちを地に倒す。

僅か数分の出来事であった。

たったそれだけの時間で、十余名の獣人が倒れ伏した。

『……時間稼ぎで良かったんだけど。勝ったね』

『ザコだったわ』

『うん確かに。弱かったねえ』

手応えのなさが気になりつつも、勝利は勝利。
戦った2人は得意げであった。

『早く逃げよう!たぶん黒幕が来るからさ』

『黒幕?マジかよ。ついでに倒すか?』

『この感じなら、へっぽこ大将かもねえ』

冗談を飛ばしつつ、三人は広場を抜ける用意を始めた。
広場中央に残された、拉致とは無関係の生徒を連れて、森の方へと歩き出す。

「待つだよッ!」

そんな中、足止めをしようと立ちはだかる者がいた。

「退けよ。殺すぞ」

ジャックの威圧にも負けず、充血した片目には情念のようなものがへばりついていた。

「行かせねえ。死んでも行かせねえだ」

そう言ってアスドーラとジャックの足に縋り付いた。
自分の手をがっしりと組んで、逃がすまいと地面に這いつくばる。

痛々しいと、誰もが思った。
不憫でさもしい彼女の様に、ジャックでさえも怒鳴ることはなかった。

『行こう』

ノピーが合図すると、ジャックは無理くり足を抜こうと試みる。
靴を掴んで、裾を掴んで、何度も何度も抵抗するもので、しまいにはルーラルの顔面が地面に叩きつけられた。

「……ぅっ」

小さくくぐもった声で呻き、土には鮮血がこぼれる。

「行くぞアスドーラ」

アスドーラは、彼女を黙って見下ろしていた。
どうしてか、胸がざわめく。
どうしてか、ここで彼女を置いてきぼりにしたら、何かが壊れそうな気がした。

どうしてだか分からないけれど、これまで見た、横柄な王族たちが頭をよぎった。

『アスドーラ君?早く行こう』

ノピーが足を止めて振り返る。
早くしなくちゃ、黒幕が来る。

彼女は悪いことをしたから、これは彼女の責任だ。
だから見捨てても構わないはず。

殺し屋を殺すのと同じで、裏切り者にも相応の報いが必要だ。
ノピーを売ったのならば、なおのこと。

でも違うんだ。
これまで見てきた、どの悪人よりも彼女は悪人らしくない。

こんなに苦しそうな悪人を僕は見たことがない。
這いつくばって、懇願して、縋り付いて。
いつだって虐げられる者がみせる行動を、悪人であるはずの彼女はしている。

見捨てていいのかな、本当に。

『ルーラルも連れて行こう!』

『何言ってるのアスドーラ君!?そんなことしたら、僕らの居場所がバレちゃうんだよ?』

『……じゃあ、僕は残る』

『一体どうしたのさ。彼女は、2人を売ろうとしたんだよ?まさか友だちって言われたからじゃないよね?』

『違うよ。彼女はまだ友だちじゃない。けど必ず友だちになる。そのために僕は、ここに残るよ』

秘匿会話セクレトコンバルの存在を知らない生徒たちは、無言のまま見つめ合う2人に業を煮やした。
難が去り、早く安全な場所に戻りたかった。
先生の庇護を受け、とにかく安心したかった。
彼らにしてみれば、クラスメイトが連れ去られ、いつ自分たちも同じ目に遭うのかと不安でいっぱいだった。

「いい加減――」

とある生徒は、焦燥に駆られて声を上げかけたが、アスドーラの背後に現れた男を見て、表情を一変させた。

「先生!助けに来てくれたんですね!」

ローブ姿のその男。
青白い顔で、ゴホゴホと咳き込みながらも、ニコリと笑みを浮かべる。

「はい。お待たせしましたね――」

コッホの登場に、ノピーは顔を引き攣らせた。

『警戒して!黒幕かもしれない!』

その時アスドーラは、今までにない危機感を覚えていた。

一切魔力を感じなかったのだ。

どんな魔法にも、必ず魔力がつきまとう。
魔力の少ないノピーの刻印術でさえ、魔力を視認し感知することができる。
口頭術も操魔術もすべからくである。

それだと言うのに、コッホが喋るまで気が付かなかったのだ。

背後の気配に――。

アスドーラは振り返ろうと体をひねった。
しかし、足元で縋り付いているルーラルが、邪魔をする。

思い切り足を振り抜けば、彼女を振り払うことは容易いが、数秒前の決意が邪魔をする。

「――ルーラル」

脈絡のない言葉とも取れた。
這いつくばるルーラルへ何か言いかけているだけかもしれない。

けれどその後にはどんな言葉も続かなかった。

つまり、前に放った言葉こそ、今の言葉と繋がる。

「はい。お待たせしましたね。ルーラル」

白でも黒でもない、灰色の石が真っ黒に染まった瞬間だった。

ノピーは脳内で警鐘を鳴らす。

『……ッ!先生だ!コッホ先生が黒幕なんだ!』

アスドーラは、ルーラルに手間取り体制が整っていない。
ジャックも生徒たちも、先生からは距離が遠すぎる。

マズイ、マズイ。
このままじゃ、アスドーラ君が。

ノピーの焦りにジャックが反応した。
すぐさま両手に魔力を流して、間髪入れずに距離を詰める。

「君から来てくれるとは。ありがたいよ」

「くたばれやクソがッ!」

空中でタメを作り、風を唸らせる渾身の拳打を叩き込む。

ドォォォンッ!

その衝撃たるや凄まじく、大地を震わせ、粉塵を巻き上げ、森中に爆音を轟かせた。

躊躇いのない一発に、ノピーはたじろいだ。
証拠が揃いすぎて、間違いないとは思っている。
いるのだが、殺してしまうのは……。

だがそれも杞憂に終わる。

「ぐっあ、がああ」

「やはり見込みがある。私の目に狂いはありませんでしたね」

粉塵が晴れるとそこには、空中で悶え苦しむジャックの姿があった。
ジャックの首を縛り上げるのは、解放戦線リベラティオアンテを彷彿とさせる、分厚い操魔術の魔力だ。
藻掻けども藻掻けども、この魔力の前では傷一つつく気配もない。

間違いなく攻撃は当たったはずなのに……。
焦ったノピーはメモ帳を取り出し、ジャックの救出へ向かおうとした。

『ノピー。君はそこにいて』

すると、アスドーラの声が脳内に響く。

『ジャック君が!』

『僕がやる。君はパノラたちを守りながら、勝ち筋を探してほしい』

これまでにない緊張感が、アスドーラの声に乗せられていた。
無理もない。
近くにいたアスドーラは、視界の端で全てを見ていたのだ。

強烈な打撃を操魔術の盾で防ぎ切り、落下するジャックの首に魔力を巻き付け、あまつさえアスドーラにまで魔力を伸ばしたのだ。
幸いにもノピーの行動を警戒したコッホが、魔力を引っ込めたが、それがなければ一瞬で片がついていたかもしれない。

それだけの余裕が、コッホにはある。

「君たちを殺すつもりはないから、大人しくしていなさい」

そう言うと、ジャックを拘束していた操魔術を解いた。

喉を抑えて咳き込むジャックを見下ろし、そしてアスドーラを一瞥すると、コッホは両手を軽く上げた。

パチンッ――。

叩きつけた両手から、広場に破裂音が響き渡る。

怪訝な面持ちで身構えたアスドーラは、遠くの方から聞こえる異音に目を凝らした。

もぞもぞと起き上がり、直立のままコッホを見据える獣人たちの姿があった。

「……ぉぇぇえ。おぇぇ」

それだけではない。
倒れ伏していたジャックが、体をくの字に折り曲げて、嘔吐しているではないか。

『魔力酔い!?ジャック君どうしたの!?』

『――肩――が流――魔法――い』

『ジャック君!?』

思念は途切れ途切れで、まったく要領を得ない。
今もなお苦しみ続けるジャックの顔は、どんどん
青ざめていく。

「捕縛しろ。時間がないので、手加減はなしだ」

何故か胡乱げにアスドーラを凝視していたコッホ。
眉をひそめて独りごちる。

すると突然、アスドーラの視界が揺れる。

「ゲフッ」

見開いた目に映るのは、脇腹に抱きつく獣人であった。

『振り払って!』

ノピーの絶叫がこだまする。
言われるまでもなく、アスドーラは肘を打ち下ろしていたが、まったく効果がない。
背中には何度も肘がめり込んでいるが、腕の力が弱まる気配がなく、むしろ爪を食い込ませてギチギチと締められる。
これだけの痛みに常人が耐えられるはずがない。
獣人たちの痛覚は、かなり鈍っているようだ。

ズザザサッ――。

吹っ飛んだアスドーラは、地面を削りながら、転がっていくルーラルを見た。
獣人の猛烈な組み付きは、蹴り飛ばされるのと同じ衝撃をもたらしたはず。
ノピーたちのもとで横たわり、身動きひとつ見せないことから、おそらく失神しているのだろうと察する。

『ルーラルを頼んだよノピー』

『……え?な、なんで』

動揺するノピーに、説明している暇はない。
証明陣が出る前に、獣人を引き剥がさねばならないのだ。

痛みでは引き剥がせず、腕力勝負では時間がかかり過ぎる。
それならばと、アスドーラは自身の脇腹あたりに収納魔法を展開し、すぐに閉じた。

「……ゴボッ」

「こうなるんだねえ」

アスドーラでも知らなかった収納魔法の意外な効果。
それは、収納魔法に入りきらなかった物体が断絶されるというものであった。

肩から首に掛けてパックリと抉れてしまった獣人は、力なく絶命していた。
遺体を押しのけて立ち上がると、続々と獣人が迫ってくる。

チラリとジャックの様子を窺うと、状況は芳しくない。
いや、最悪だった。

『ノピー!ジャックはどうなってるの!』

『たぶん酷い魔力酔いだと思う』

ジャックはピクリとも動かず、頬を吐瀉物に浸して呆然としており、迫る獣人たちに抗う気力はなさそうだ。

考える隙のない波状攻撃。
人質と化したジャックへ注意が削がれる。
突き付けられた択一の問題に、思考が硬直しかける。

『ジャック君のところに獣人を投げて!』

するりと入ってきた指示に体が反応する。
ノピーを信頼しきっているからこその現象であった。
倒れた獣人の首根っこを掴み、不謹慎ごと投げ飛ばす。

ブンッ!

獣人の遺体は風を切り、ジャックに近づいていた獣人へとぶつかり、おもちゃのように弾け飛ぶ。

『近いよ!右!』

勢い余って足踏みしながらも、ノピーの指示通り右からやって来る獣人の鼻っ柱に、裏拳を叩き込む。
それでも組み付こうと突進してくる獣人の脳天に、全力の頭突きをカマして、前のめりに転倒させる。

『後ろ!』

収納魔法へと拳を振り抜き、真後ろへと出口を作って拳打をぶつける。
体を反転し、姿勢を低くバネのように跳ねて、距離を詰めた。

この獣人たちは何故か痛みを感じていない。
それならば、意識を喪失させるか行動不能にする必要がある。

獣人の眼前で地面を蹴り上げ、拳を顔面へと振り抜くと、獣人は反射的に目を瞑る。
この一瞬の静止を利用するのだ。

収納魔法を展開。
ルーラルのナイフを掴みイメージする。
魔法の出口は膝に繋がると。

「……ッ!」

続けざまに腱や腿まで損傷させると、息をつくまもなく視界の端から飛び込んでくる。
アスドーラは反射的的に、目玉へとナイフを差し込んだ。

殺さずに済むならそれでいい。
彼らのことが嫌いなわけじゃないから。

けれど、所詮はただの命。
ノピーやジャックたちと変わらない、小さな時を生きる命。
どちらが大切か。
友だちとは比べるべくもない。

アスドーラの奮闘と、ノピーの指示は圧倒的な数的不利を覆した。
続々とやって来る獣人を捌きながら、ジャックの方へと獣人をぶん投げて、ノピーが死角を補った。

『あと少し!どうやって逃げる?』

『……』

『どうしたの?』

またひとり獣人を倒したアスドーラは、ノピーに目を向けた。
真っ直ぐに視線がぶつかる。
その表情は何かを訴えるけれど、声が響くことはない。

『ノピー!どうしたの!』

『……』

『ノピー!?』

ガシッ!

倒れていた獣人の手がアスドーラの足首を掴む。

「ふんっ!」

加減などしない。
足を高く振り上げて、枯れ枝を蹴り飛ばすように、獣人の体が空を切る。

『ノピー!ちょっと怖いよ。何か言って!』

陽光でキラキラする足を、力いっぱいに叩き落とした。

「ギャッ」

後頭部にめり込み、頸椎の砕ける音と共に獣人は倒れ伏す。


黙りこくるノピーは、この盤面の整理を終えていた。
そして得た結論は、絶望であった。

前線で戦えるのは、アスドーラとジャックだけだが、ジャックはあの通り無力化された。
自分たちは、後方で逃げることも戦うこともできない。

何故か。
コッホが正体をさらけ出しているからだ。

目撃者をどうするかは、古来から決まりきっている。
ここでもしも逃げてしまえば?
もしも参戦したなら?
早い話、殺されるだろう。それなら運が良い方だ。

一番最悪なのは、捕縛されて人質にされることだ。
特に、僕やパノラが捕まれば、アスドーラ君とジャック君に、大きな負担がかかる。

だから、動けない。
先生が見逃してくれている今は、大人しく静観するしかない。

だけど、唯一助かりそうな方法がある。
上手くいけばみんなが助かる。

ひとり以外は――。

彼は必ず、胸の奥に隠された大きな秘密を、晒すことになる。
そうでなければ、この難局は打破できないのだ。

誰にも見せなかった。
友だちを大切にする彼が、僕にさえ明かさなかった秘密。

こんな場所で、こんな時に、無理矢理に。

許されるのだろうか。



ノピーが苦悩している頃。
戦闘を見守るコッホは、ポツリと呟いた。

「……ふむ。本当に彼は竜の子かもしれないですね」

すると悠然と歩き出して、折り重なる獣人の中から息のある者を見つけ出す。
ぶわりと放出した魔力を手繰り、力なく項垂れる鳥人を眼前に据えた。

「任務を遂行しろ」

コッホの一言で、鳥人は顎を上げた。
パチリと目が開き、ギョロリと彷徨わせた眼球がジャックに焦点を合わせた。

静かに着地すると、暴れ回るアスドーラには目もくれず、真っ直ぐにジャックのもとへ。

ドシュンッ!

風を切り裂き高速で放たれた砲弾は、コッホの操魔術によって防がれた。
鳥人を守るように半球形の盾が展開され、アスドーラの連続攻撃はことごとく防がれる。

ジャックの側にくると、鳥人の足が肩に触れる。
鉤爪が肉に食い込み、赤い血が流れ出た。

「お兄ちゃん!」

悲痛な叫びがこだました。
圧倒的不利を凌ぎ続けたアスドーラであっても、コッホの操魔術を前にしては、道化の猿真似のようで。

時は無情に流れる。

鳥人の任務は、彼らを連れ帰ること。

次の一手で完了する。

雨が空から降るように、山から水が流れるように、当然のように、鳥人の魔力が腹部へと集中する。

すると淡く、証明陣が表れた。






――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
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