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31.乱入
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『うーむ、勝てそうかなあ?どう思う?』
『厶、ムリだよ。もう逃げよう!』
『……ここまで来たってのに』
この窮地を切り抜けられるか。
三人の知恵を出し合い模索したかったが、S級という言葉が思考に圧力を掛ける。
暫くだんまりを決め込んでいた。
すると踊り場側にいた、無精ひげの男が両手を上げて、歩き始めた。
「おうおう。ちょっくら治療させてくれや。もちろんお前らじゃないぜ?お前らが殺しそこねた仲間をだ。いいな?何もすんじゃねえぞ?」
無抵抗を前面に押し出し、手をひらひらさせながら、三人の厳しい視線を横切っていく。
彼は大きな穴を見下ろして、ピューと口笛を吹いたと思えば、深く膝を曲げて跳躍した。
「っしょっと」
S級を名乗る男から、ペリーロと呼ばれた冒険者を受け取る。
そして、そっと床に寝かせてから、魔力で包み込んだ。
「ん~。肋骨、頭骨、鎖骨、それから内臓もやられてるなあ!こりゃあ死にかけだあ!俺が来なかったら、おっ死んでたかもなあ!仲間をこんなんにされて悔しいなあ!」
わざわざ大きな声でペリーロの容態を語ると、治癒の呪文を詠唱して治療を開始した。
三人の少年は、突き刺さる無言の圧力に、心が揺らぐ。
殺す気はなかった。
死なないと思った。
そうやって死の可能性から目を背けた。
正当化しようと思えばいくらでもできる。
奴から手を出したし、殺そうとしていた。
実際彼は「死ね」と口に出していた。
だから……。
そうして正しさを主張し、傾く天秤を水平に保つことはできた。
しかしそれは、恐ろしく身勝手であることも理解していた。
『……こ、降伏して謝ろう?僕たち、やり過ぎたと思う』
ノピーがそう言うのも無理はない。
廊下を伝ってくる殺気には、仲間に手を出された怒りが乗せられていたからだ。
『やり過ぎかなあ?殺そうとしたんだから、殺されても文句は言えないんじゃない?あの人が実力不足なだけだよ。まあ、強かったけどねえ』
アスドーラの飄々とした言葉が、脳内に響く。
『……お前たちだけ帰れ。そもそもこれは、俺の問題だ。ここまで来たってのに引き下がれねえ』
ジャックには、すべてがどうでも良かった。
ただ妹を救いたいだけ。
ペリーロが死ぬのは本意ではないが、構いやしない。
妹が救えればそれでよかった。
それ以外は些細な事柄で、陳腐な与太話である。
そうやって、どうにか心に思い込ませていた。
けれど本心は、言葉になって表れている。
2人をこれ以上、巻き込みたくない。
するとペリーロを治療していた男が、すくっと立ち上がる。
「おう終わったぞー」
三者三様、意見はまとまらず。
蛇に睨まれた蛙のように、冒険者たちの殺気に身を固くする。
『よぉぉし、こうなったら戦おう!危なくなったら、僕が転移させるからさッ!』
『で、でも、相手はS級だよ!?転移させてもらえるか――』
『今すぐ逃げろッ!残るのは俺だけでいい!』
頭の中では、必死に意見を交わすが平行線のまま。
リーダー不在。
即席チームである3人に、本当の窮地を切り抜ける力は……まだなかった。
S級を名乗った男は、コクリと合図をした。
すると、踊り場側の冒険者と穴の向かいにいる冒険者それぞれ2名ずつが、バッと手をかざした。
『亜空断絶障壁』
ズァァアッ!
三人を取り囲むのは、五方を阻む亜空の結界。
一体何が!?
思案する暇は一時もない。
影が結界に入り込んだ時には、全てが終わっていた。
「っぐぁぁあ」
アスドーラの首を掴むのは、ホテル前で失神させられた、あの冒険者の手だった。
『早く逃げ――』
ゴスッ!
アスドーラを持ち上げながら、ジャックの脇腹を器用に蹴り飛ばした。
「ぐぁっぐぅぅ!」
締め付けられた喉でジャックの名を叫ぶ。
だがその声は届かない。
アスドーラは抵抗した。
魔法が使えない今、腕力でどうにかするしかない。
腹部を蹴りつけてみるが、山を蹴飛ばしたかのように、ビクともしない。
爪を立て、必死に藻掻くが、すべてが無駄なあがきに思えてくる。
「でん゛……い゛」
どうにか転移で脱出し、再度戻ってきて戦おう。
その策略も、締め付けられた喉では実行不可能であった。
マズい。
これは、勝てそうにない。
敗北が頭をよぎる。
諦めかけたその時、眼前の男の視線が、腰の抜けたノピーに向けられた。
彼らは僕たちをどうするのだろう。
このままだと、ノピーはどうなる。ジャックは?
魔力を制御しながら勝てるだろうか。どうにも勝てる未来が見えない。
ならば本気を……出すべきか。
いや今のまま、できるだけのことをやろう。
全力は最後の手段として、今の状態で全力を出す。
少しのケガも本当は見せたくないけれど、躊躇ってる場合じゃない。
「ぐぅ゛っがぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あッ!」
アスドーラは男の腕を両手で握りしめた。
「ぐっぁ゛ぁ゛あッ!」
足は腹部を蹴り続けながら、男の太い腕に指を突き立て、骨まで圧し折るつもりで握りしめる。
「……っぐ、この馬鹿力が!」
ゴスッ!
大きな拳が顔を殴りつける。
しかしアスドーラは力を緩めなかった。
すると、骨がミシミシと音を立て始め、指がぐちゃっと皮膚を突き破る。
ゴスッゴスッ!
男は焦った様子でこめかみを殴りつけるが、アスドーラにはまったく効いている様子がない。
「リビーディ!魔法で捕縛しろ!腕がもげるぞ!」
S級を名乗る男は、転がってきたジャックの胸を踏みしめながら、指示を送る。
リビーディは苦悶に顔を歪めながらも、頷いてみせた。
首を絞め上げる手を緩め、アスドーラの顎を何度もぶん殴る。
そして同時に、呪文を詠唱した。
『水牢』
ぽわん、と現れた水の玉がアスドーラの全身を包み込む。
思うように動けないアスドーラは、それでもリビーディの腕を放さなかった。
ジャックは踏みつけられ抵抗不能。
ノピーは震えて動けない。
アスドーラ一人で戦わねばならぬ状況で、全員を一気に相手するのは悪手だ、
だから眼前のリビーディから、まずは倒す。
そう意気込んでいた。
しかし、A級S級の冒険者は、子ども相手でも一切の手抜かりをしなかった。
仲間をやられた後では特に、隙すらもなく。
『鉄鎖堅縛』
ブォンッ!
まるで砲弾が空を切るような音がした。
次にはアスドーラの側頭部に鈍い衝突音がすると、首が折れそうな勢いで激しく傾いた。
すると、ギャリギャリと鈍色の鎖が巻き付き、鼻下からすべてが隙なく拘束される。
手、以外は。
鎖の先は、穴の向こうにピンと繋がっていた。
「ッ!?ペリーロ?動いていいのか?」
鎖を握り締めていたのは、目つき鋭く青白い顔をしているペリーロだった。
「……ぅぉおらああ!」
「ちょ待て!それをやったら――」
ペリーロは鎖を振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。
ギャリギャリッ!
重たい鎖は鞭のようにしなり、うねりは手首に到達した。
「……ッッッ!」
鎖が巻きつき口を開けないアスドーラは、絶叫の変わりに目を見開いた。
「それをやったら、千切れちまうだろ……」
「……はあ、はあ。自業自得だクソガキ!」
リビーディの腕を握りしめる、2つの手。
ぼたぼたと血が滴り、ぼとりと床に転がった。
「ア、アスドーラ君……」
ノピーは涙を浮かべながら、バタリと倒れた。
「……気絶したか」
憐憫の眼差しで、リビーディはポツリと呟く。
『おいアスドーラ!さっさと逃げろッ!頭の中で詠唱すれば――』
動揺するジャックは『秘匿会話』で叫んだ。
さっさと転移しろと。
逃げろ、と。
頭の中で詠唱すれば、口頭術は成立すると。
『失神せよ』
だが全てを言い切る前に、意識は奪われる。
「……ミーティス、ソイツら、思念を飛ばしてるよ」
「ん?そうなのか。ちゃんと報告しろ、また忘れてたんだろ」
「……あー、傷が痛む」
「都合がいい傷だな」
ミーティスと呼ばれたS級冒険者は、唸り声を上げるアスドーラには一瞥もくれず、リビーディの傷に顔をしかめた。
「結界を解くぞ」
「転移されるんじゃないか?」
「構わんさ。2人から内情を聞き出せばいい」
リビーディは得心したように頷き、4人がかりの結界は一気に雲散霧消した。
「にしても……イカれた肺活量だ」
S級冒険者ミーティスは、アスドーラを見ながらポツリと呟く。
水の中でおおよそ1分。
ただならぬ精神状態にあり、なおかつあれだけ暴れておいても、まだ意識を保っていることに驚嘆していた。
「どうする?治すか?」
リビーディは、床に転がる手を見つめながら確認をとる。
しかしミーティスは、首を横に振った。
「気絶してからだ。どうせくっつ……なんだ?」
千切れた腕を見て、ミーティスは怪訝な表情を浮かべた。
水を染め上げ分かりにくかったが、血がいつの間にか止まっていたのだ。
白い骨や筋張った筋肉が見えなくなって、まるで傷口に蓋をしたような。
治りかけの擦り傷にかさぶたができたような……。
「……まさか!?」
ミーティスはポカンと開きかけた口を結ぶと、今までにない表情を浮かべ、突如として魔力を放出した。
それも全力で。
「竜の子だッ!操魔術で拘束しろッ!」
鬼気迫る号令に、冒険者たちも続く。
放出した魔力を、間断なくアスドーラへと差し向けた。
A級、S級が放出した、全身全霊の濃密な魔力が、アスドーラにまとわりつく。
水の中で、もこもこと生え揃う手を見て、魔力の収斂が加速する。
「魔石は持ってるのミーティス!?」
マーテルは冷や汗を流しながら叫ぶ。
「……持っているわけがないだろう」
悲痛に顔を歪めたミーティスに、冒険者たちは顔をしかめた。
「どうする気なのさ。竜の子に魔力勝負でも仕掛ける?」
「つまらないなペリーロ。頼むから気の利いたジョークで笑わせてくれ」
「ムリでしょ。ミッテン連合の騎士が何人死んだと思ってんのさ」
「……さあな。数えるのは止めた」
シンと静まる冒険者たち。
竜の子――。
常識を破綻させる魔力量、魔族以上の回復力、そして至上の魔法。
三拍子揃ったその生物は、まさに神を彷彿とさせる。
魔族の長リンデンバル・アルマは、そんな彼らについて、こう宣言した。
世界の端に君臨する竜の子であると。
「逃げちゃう?名前に傷はつくけど、命は助かるわけだし」
ミーティスは何も言わなかった。
それが仲間たちへの返答でもある。
冒険者集団、解放戦線はS級冒険者ミーティスを頂点とした、世界屈指のパーティである。
B級以下の冒険者は居らず、全員がA級。
そして仕事を必ずやり遂げることから、信頼も厚い。
いつもならば、ペリーロの提案は笑って流されるジョークでしかない。
積み上げてきた信頼を一発で崩壊させる愚挙であるから。
どれだけ困難な依頼でも、必ずやり遂げた自信があるから、難しく危険であっても途中放棄は一度もなかった。
しかし竜の子を相手に、今の装備で戦うのは不可能である。
ミーティスはすでに、そう見切っていた。
仮に戦ったとしたら、ホテルの損害は凄まじいことになるだろう。恐らく、二度と警備任務を依頼されないほどに。
だからこそ、逃げるという選択肢は、ありだった。
すなわち任務の途中放棄が、現状の正解であると思いかけていた。
「……あ」
ヒリヒリした現場に響く腑抜けた声。
冒険者たちが声の主を見やる。
「き、騎士団に通報が入った……から来た……んだが」
言葉もままならず立ち尽くしていたのは、騎士だった。
名うての冒険者を知らないはずもなく、彼らを見て固まっている。
「アンタらの手に負えるとは思えないが。代わってくれるなら助かるな」
「わ、私では判断できない!あ、あ、あれだ!上長に確認してみる!」
「……走って逃げなくてもいいだろうに」
騎士は全力で階段を駆け下りていた。
感じたことのない、恐ろしいほどの魔力と殺気に、汗が止まらなかった。
解放戦線のリーダーであるS級冒険者ミーティスとその仲間たちの、オーラたるや凄まじく、それだけで肝が冷えた。
しかしアイツはなんなのだろうか。
彼らが意識を向けていた、あの子どもは、
そして床に倒れていたエルフと赤髪は、一体誰なのだろうか。
「はあはあ。騎士長!」
「んあ?どしたー。ホテルの件片付いたかー?」
「それが……」
中央区中心部にあるラハール騎士団詰所に帰還した彼は、一服する騎士長へ経緯を報告した。
すると、すべてを聞く前にティーカップが手から滑り落ち、汗まみれの彼に掴みかかる。
「お前、何かしたのか!何もしてないよな!」
「は、はい。解放戦線がいたので、とにかくどうしたらいいのか騎士長へ確認を取ろうと思いまして」
「よしっ!」
そう言って騎士長は、詰め所の階段を駆け上がる。
「騎士隊長!例の少年と解放戦線がやりあっております!いかが致しますか!」
「間違いないのか?」
「エルフの少年と一緒であったと――」
「騎士将へ確認してくる!」
騎士隊長は、同階にある将校の部屋へ飛び込んだ。
「ノックをせんか!」
「騎士将閣下!例の少年――」
「マズイ!騎士団長へ確認する!暫し待て!」
そう言って騎士将は、遠隔通話の魔道具で王都にいる騎士団長へ連絡を試みる。
「なんだ」
「例のアスドーラという少年が、セントラルグランドホテルで解放戦線と戦闘中であります!対応のご指示を!」
「……解放戦線からアスドーラを救出したまえ」
「し、しかし。よろしいのですか?解放戦線ですが」
「アスドーラ、並びにその友人を傷つければ、国が危うい立場に置かれてしまう。これ以上は機密故語れぬが、そういうことだ」
「か、畏まりました!」
そうして中央区の騎士たちへと緊急呼集が掛かり、出払っていた騎士や休みの騎士も動員して、セントラルグランドホテルは物々しい雰囲気に包まれる。
ドタドタドタッ!
5階の踊り場から騎士が溢れ出し、ミーティスは胡乱な目で状況を観察する。
「その少年を解放しろ!これは正式な命令である!」
「正式とは?」
「この国の治安機関の長たる騎士団長からの命令であるッ!」
「……俺たちはこのホテルの支配人と警備の契約をしている。要するに仕事だ。強制的に放棄させたと話はつけてくれるのか?」
「警備?何の話だ!」
「俺たちは雇われてここにいる。コイツらが忍び込んだから捕らえた。それだけの話だ」
騎士将はチラリと騎士隊長へ視線を送り、騎士隊長は騎士長へと視線を送り、そして事を伝えた平騎士へと視線が送られる。
「……わ、私ですか?賊との通報があったことは、騎士長もご存知だったでしょう?」
「……申し訳ありません騎士隊長。報告に穴がありました」
視線のバトンは騎士将へと戻された。
「……分かった!ホテルとは話をつける!だから解放しろ!」
「オーケーだ」
あっさりと了承したミーティスは、仲間たちに視線を送る。
しかしペリーロは不安が隠せず、頬を引き攣らせた。
「絶対怒ってるよね?こんだけ拘束されて、ブチギレないわけないよね?」
「……確かに。おいアンタら!俺たちのことも守ってくれるよなあ?」
「ま、まままあな!いいだろう!」
騎士将は動揺しながら、隣の騎士隊長へこっそり尋ねる。「あの少年、強いの?」と。
すると騎士隊長は「さあ」と答え、それを聞いていた騎士長と平騎士たちの顔が引き攣る。
どうせ戦うのは俺たちだもんな、と。
「解いたら下がれ。ヤバいと思ったら拠点に転移だいいな!」
ミーティスはそう言うと、首を大きく縦に振った。
ズァァアッ!
アスドーラを拘束していた魔力が、勢いよく冒険者たちのもとへ還ってゆく。
水の玉はパシャリと落ちて、鉄の鎖は灰のように淡く崩れた。
「……」
空気がピンと張り詰める。
何を考えているのか、アスドーラは床に横たわり天井を眺めたまま動かない。
「ア、アスドーラ殿?医者が必要かね?」
アスドーラは、首を傾け倒れている二人を眺める。
そしてゆっくり立ち上がると、少し後ずさる騎士将に答えた。
「あの二人を治してくれます?」
「あ、ああもちろん。やれ!」
ぞろぞろと横切る騎士たちを見送り、アスドーラは警戒するミーティスたちに笑顔を向けた。
「言わないでね?僕のこと」
ミーティスが怪訝な表情を浮かべると、アスドーラは両手をひらひらさせてみせた。
「俺たちに報復しないなら黙っておく」
「報復?しないよ。友だちは生きてるし、仕事だったんでしょ?」
「ああ。分かってくれて助かる」
「それとさあ、君たちと秘密のお話しがしたいんだけど、いつもどこにいるの?」
「……殺しに来る気か?」
「ハハハ違うよ。子どもの件だよ。ちゃんと聞きたいなあ」
「……1週間はこのホテルにいる。それ以降はまだ決まっていない」
「ふーん」
騎士たちに、この会話の意味はまったく理解できなかった。
けれどそれで構わないと、全員が考えていた。
どうせ厄介事。
どうせ面倒事。
貴族同士のいざこざに関わらないように、化け物と謎の少年のいざこざにも関わるべきではないと、人生の経験が警鐘を鳴らしていた。
だから皆が素知らぬ顔であった。
「……ア、アスドーラ君。アスドーラ君!」
ノピーは目を覚ました途端に飛び上がり、騎士たちを押しのけアスドーラとミーティスたちの間に割り込んだ。
「……ご、ごめんなさい。やり過ぎたのは謝ります!降伏するので許してください!」
「いや――」
「すみませんでした!」
と言いながら頭の中ではアスドーラに指示を飛ばす。
『アスドーラ君転移して!ジャック君はどこにいるの!?』
「いやだから――」
「……ひぃぃぃ!助けてください!騎士様!」
『アスドーラ君!?ジャック君はどこにいるの!答えてよ!まさか……まさか!』
ミーティスの言葉を遮り、ひとりで大立ち回りを演じるノピーの記憶は、アスドーラが手を断ち切られたところで止まっていた。
どうして騎士がいるのか……。
恐らく宿泊者が、騒ぎを鎮めるために通報したのだろう。
どうしてアスドーラが解放されているのか……。
それを考えるよりも、さっさと逃げてから手を治療するのが先決だ。
記憶の続きを勝手に補完して、三人で逃げるために必死であった。
「ノピー、ジャックならあそこにいるよ。騎士さんが治療してる」
『ダメだよ!相手に情報が筒抜けになるから、頭の中で話して!』
たぶん思念で会話してるんだなと察したミーティスは、混乱するノピーへ落ち着いた調子で語りかける。
「降伏は結構だが、もう終わったぞ少年。手打ちだ」
『何言ってるのこの人。アスドーラ君殴った?頭をやっちゃったのかな?』
『殴ってないよ。ノピー本当に全部終わったんだ。ごめんよ守れなくて』
「お、終わったの?本当に?」
ノピーはようやく振り返り、アスドーラの手が戻っていることに気づく。
「……よ、良かったあ。治してもらったんだね」
「あー、あうん。うん、そうそう。あの人に」
「そっか。良かったよほんどうに゛……」
アスドーラは、泣きながら崩れ落ちたノピーの肩を笑顔で叩く。
「痛ってえなッ!もう起きたって!叩く……オェ」
「魔力酔いを起こしてますね」
「んなことは分かってるわッ!」
騎士に治療(ビンタ)を受けていたジャックも見事に回復した。
ペリーロに刺された肩も元に戻り、怒鳴る元気もある様子。
「……争いが終わったのならば、我々は行くが。ミーティス殿、手を出さぬようになッ!」
「俺らが悪者みたいになってんじゃん。意味分かんねー」
「何か言ったかそこの!」
文句を言ったペリーロを下がらせて、ミーティスが代わりに返答をした。
「ああ問題ない。これ以上は何も起きない」
「うむ。ではな」
急ぎ足で去っていった騎士の一行。
ホテル前に待機していた騎士たちも、ぞろぞろと退却していった。
ポツンと残された解放戦線と少年たちは、互いが憎くて争っていたわけでもないので、不思議な距離感で見つめ合う。
「もう帰れ。暗殺はなしだぞ」
「……暗殺?何の話をしてるの?」
ミーティスの言葉にアスドーラは首を傾げる。
「とぼけるな。手練れを送り込んだ黒幕を知りたいところではあるが、まあ今回は見逃してやる」
「……だから何の話?僕たちはジャックの妹を取り返しに来ただけだよ」
「……マジ?」
「うん」
再び微妙な空気に包まれるのであった。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
『厶、ムリだよ。もう逃げよう!』
『……ここまで来たってのに』
この窮地を切り抜けられるか。
三人の知恵を出し合い模索したかったが、S級という言葉が思考に圧力を掛ける。
暫くだんまりを決め込んでいた。
すると踊り場側にいた、無精ひげの男が両手を上げて、歩き始めた。
「おうおう。ちょっくら治療させてくれや。もちろんお前らじゃないぜ?お前らが殺しそこねた仲間をだ。いいな?何もすんじゃねえぞ?」
無抵抗を前面に押し出し、手をひらひらさせながら、三人の厳しい視線を横切っていく。
彼は大きな穴を見下ろして、ピューと口笛を吹いたと思えば、深く膝を曲げて跳躍した。
「っしょっと」
S級を名乗る男から、ペリーロと呼ばれた冒険者を受け取る。
そして、そっと床に寝かせてから、魔力で包み込んだ。
「ん~。肋骨、頭骨、鎖骨、それから内臓もやられてるなあ!こりゃあ死にかけだあ!俺が来なかったら、おっ死んでたかもなあ!仲間をこんなんにされて悔しいなあ!」
わざわざ大きな声でペリーロの容態を語ると、治癒の呪文を詠唱して治療を開始した。
三人の少年は、突き刺さる無言の圧力に、心が揺らぐ。
殺す気はなかった。
死なないと思った。
そうやって死の可能性から目を背けた。
正当化しようと思えばいくらでもできる。
奴から手を出したし、殺そうとしていた。
実際彼は「死ね」と口に出していた。
だから……。
そうして正しさを主張し、傾く天秤を水平に保つことはできた。
しかしそれは、恐ろしく身勝手であることも理解していた。
『……こ、降伏して謝ろう?僕たち、やり過ぎたと思う』
ノピーがそう言うのも無理はない。
廊下を伝ってくる殺気には、仲間に手を出された怒りが乗せられていたからだ。
『やり過ぎかなあ?殺そうとしたんだから、殺されても文句は言えないんじゃない?あの人が実力不足なだけだよ。まあ、強かったけどねえ』
アスドーラの飄々とした言葉が、脳内に響く。
『……お前たちだけ帰れ。そもそもこれは、俺の問題だ。ここまで来たってのに引き下がれねえ』
ジャックには、すべてがどうでも良かった。
ただ妹を救いたいだけ。
ペリーロが死ぬのは本意ではないが、構いやしない。
妹が救えればそれでよかった。
それ以外は些細な事柄で、陳腐な与太話である。
そうやって、どうにか心に思い込ませていた。
けれど本心は、言葉になって表れている。
2人をこれ以上、巻き込みたくない。
するとペリーロを治療していた男が、すくっと立ち上がる。
「おう終わったぞー」
三者三様、意見はまとまらず。
蛇に睨まれた蛙のように、冒険者たちの殺気に身を固くする。
『よぉぉし、こうなったら戦おう!危なくなったら、僕が転移させるからさッ!』
『で、でも、相手はS級だよ!?転移させてもらえるか――』
『今すぐ逃げろッ!残るのは俺だけでいい!』
頭の中では、必死に意見を交わすが平行線のまま。
リーダー不在。
即席チームである3人に、本当の窮地を切り抜ける力は……まだなかった。
S級を名乗った男は、コクリと合図をした。
すると、踊り場側の冒険者と穴の向かいにいる冒険者それぞれ2名ずつが、バッと手をかざした。
『亜空断絶障壁』
ズァァアッ!
三人を取り囲むのは、五方を阻む亜空の結界。
一体何が!?
思案する暇は一時もない。
影が結界に入り込んだ時には、全てが終わっていた。
「っぐぁぁあ」
アスドーラの首を掴むのは、ホテル前で失神させられた、あの冒険者の手だった。
『早く逃げ――』
ゴスッ!
アスドーラを持ち上げながら、ジャックの脇腹を器用に蹴り飛ばした。
「ぐぁっぐぅぅ!」
締め付けられた喉でジャックの名を叫ぶ。
だがその声は届かない。
アスドーラは抵抗した。
魔法が使えない今、腕力でどうにかするしかない。
腹部を蹴りつけてみるが、山を蹴飛ばしたかのように、ビクともしない。
爪を立て、必死に藻掻くが、すべてが無駄なあがきに思えてくる。
「でん゛……い゛」
どうにか転移で脱出し、再度戻ってきて戦おう。
その策略も、締め付けられた喉では実行不可能であった。
マズい。
これは、勝てそうにない。
敗北が頭をよぎる。
諦めかけたその時、眼前の男の視線が、腰の抜けたノピーに向けられた。
彼らは僕たちをどうするのだろう。
このままだと、ノピーはどうなる。ジャックは?
魔力を制御しながら勝てるだろうか。どうにも勝てる未来が見えない。
ならば本気を……出すべきか。
いや今のまま、できるだけのことをやろう。
全力は最後の手段として、今の状態で全力を出す。
少しのケガも本当は見せたくないけれど、躊躇ってる場合じゃない。
「ぐぅ゛っがぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あッ!」
アスドーラは男の腕を両手で握りしめた。
「ぐっぁ゛ぁ゛あッ!」
足は腹部を蹴り続けながら、男の太い腕に指を突き立て、骨まで圧し折るつもりで握りしめる。
「……っぐ、この馬鹿力が!」
ゴスッ!
大きな拳が顔を殴りつける。
しかしアスドーラは力を緩めなかった。
すると、骨がミシミシと音を立て始め、指がぐちゃっと皮膚を突き破る。
ゴスッゴスッ!
男は焦った様子でこめかみを殴りつけるが、アスドーラにはまったく効いている様子がない。
「リビーディ!魔法で捕縛しろ!腕がもげるぞ!」
S級を名乗る男は、転がってきたジャックの胸を踏みしめながら、指示を送る。
リビーディは苦悶に顔を歪めながらも、頷いてみせた。
首を絞め上げる手を緩め、アスドーラの顎を何度もぶん殴る。
そして同時に、呪文を詠唱した。
『水牢』
ぽわん、と現れた水の玉がアスドーラの全身を包み込む。
思うように動けないアスドーラは、それでもリビーディの腕を放さなかった。
ジャックは踏みつけられ抵抗不能。
ノピーは震えて動けない。
アスドーラ一人で戦わねばならぬ状況で、全員を一気に相手するのは悪手だ、
だから眼前のリビーディから、まずは倒す。
そう意気込んでいた。
しかし、A級S級の冒険者は、子ども相手でも一切の手抜かりをしなかった。
仲間をやられた後では特に、隙すらもなく。
『鉄鎖堅縛』
ブォンッ!
まるで砲弾が空を切るような音がした。
次にはアスドーラの側頭部に鈍い衝突音がすると、首が折れそうな勢いで激しく傾いた。
すると、ギャリギャリと鈍色の鎖が巻き付き、鼻下からすべてが隙なく拘束される。
手、以外は。
鎖の先は、穴の向こうにピンと繋がっていた。
「ッ!?ペリーロ?動いていいのか?」
鎖を握り締めていたのは、目つき鋭く青白い顔をしているペリーロだった。
「……ぅぉおらああ!」
「ちょ待て!それをやったら――」
ペリーロは鎖を振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。
ギャリギャリッ!
重たい鎖は鞭のようにしなり、うねりは手首に到達した。
「……ッッッ!」
鎖が巻きつき口を開けないアスドーラは、絶叫の変わりに目を見開いた。
「それをやったら、千切れちまうだろ……」
「……はあ、はあ。自業自得だクソガキ!」
リビーディの腕を握りしめる、2つの手。
ぼたぼたと血が滴り、ぼとりと床に転がった。
「ア、アスドーラ君……」
ノピーは涙を浮かべながら、バタリと倒れた。
「……気絶したか」
憐憫の眼差しで、リビーディはポツリと呟く。
『おいアスドーラ!さっさと逃げろッ!頭の中で詠唱すれば――』
動揺するジャックは『秘匿会話』で叫んだ。
さっさと転移しろと。
逃げろ、と。
頭の中で詠唱すれば、口頭術は成立すると。
『失神せよ』
だが全てを言い切る前に、意識は奪われる。
「……ミーティス、ソイツら、思念を飛ばしてるよ」
「ん?そうなのか。ちゃんと報告しろ、また忘れてたんだろ」
「……あー、傷が痛む」
「都合がいい傷だな」
ミーティスと呼ばれたS級冒険者は、唸り声を上げるアスドーラには一瞥もくれず、リビーディの傷に顔をしかめた。
「結界を解くぞ」
「転移されるんじゃないか?」
「構わんさ。2人から内情を聞き出せばいい」
リビーディは得心したように頷き、4人がかりの結界は一気に雲散霧消した。
「にしても……イカれた肺活量だ」
S級冒険者ミーティスは、アスドーラを見ながらポツリと呟く。
水の中でおおよそ1分。
ただならぬ精神状態にあり、なおかつあれだけ暴れておいても、まだ意識を保っていることに驚嘆していた。
「どうする?治すか?」
リビーディは、床に転がる手を見つめながら確認をとる。
しかしミーティスは、首を横に振った。
「気絶してからだ。どうせくっつ……なんだ?」
千切れた腕を見て、ミーティスは怪訝な表情を浮かべた。
水を染め上げ分かりにくかったが、血がいつの間にか止まっていたのだ。
白い骨や筋張った筋肉が見えなくなって、まるで傷口に蓋をしたような。
治りかけの擦り傷にかさぶたができたような……。
「……まさか!?」
ミーティスはポカンと開きかけた口を結ぶと、今までにない表情を浮かべ、突如として魔力を放出した。
それも全力で。
「竜の子だッ!操魔術で拘束しろッ!」
鬼気迫る号令に、冒険者たちも続く。
放出した魔力を、間断なくアスドーラへと差し向けた。
A級、S級が放出した、全身全霊の濃密な魔力が、アスドーラにまとわりつく。
水の中で、もこもこと生え揃う手を見て、魔力の収斂が加速する。
「魔石は持ってるのミーティス!?」
マーテルは冷や汗を流しながら叫ぶ。
「……持っているわけがないだろう」
悲痛に顔を歪めたミーティスに、冒険者たちは顔をしかめた。
「どうする気なのさ。竜の子に魔力勝負でも仕掛ける?」
「つまらないなペリーロ。頼むから気の利いたジョークで笑わせてくれ」
「ムリでしょ。ミッテン連合の騎士が何人死んだと思ってんのさ」
「……さあな。数えるのは止めた」
シンと静まる冒険者たち。
竜の子――。
常識を破綻させる魔力量、魔族以上の回復力、そして至上の魔法。
三拍子揃ったその生物は、まさに神を彷彿とさせる。
魔族の長リンデンバル・アルマは、そんな彼らについて、こう宣言した。
世界の端に君臨する竜の子であると。
「逃げちゃう?名前に傷はつくけど、命は助かるわけだし」
ミーティスは何も言わなかった。
それが仲間たちへの返答でもある。
冒険者集団、解放戦線はS級冒険者ミーティスを頂点とした、世界屈指のパーティである。
B級以下の冒険者は居らず、全員がA級。
そして仕事を必ずやり遂げることから、信頼も厚い。
いつもならば、ペリーロの提案は笑って流されるジョークでしかない。
積み上げてきた信頼を一発で崩壊させる愚挙であるから。
どれだけ困難な依頼でも、必ずやり遂げた自信があるから、難しく危険であっても途中放棄は一度もなかった。
しかし竜の子を相手に、今の装備で戦うのは不可能である。
ミーティスはすでに、そう見切っていた。
仮に戦ったとしたら、ホテルの損害は凄まじいことになるだろう。恐らく、二度と警備任務を依頼されないほどに。
だからこそ、逃げるという選択肢は、ありだった。
すなわち任務の途中放棄が、現状の正解であると思いかけていた。
「……あ」
ヒリヒリした現場に響く腑抜けた声。
冒険者たちが声の主を見やる。
「き、騎士団に通報が入った……から来た……んだが」
言葉もままならず立ち尽くしていたのは、騎士だった。
名うての冒険者を知らないはずもなく、彼らを見て固まっている。
「アンタらの手に負えるとは思えないが。代わってくれるなら助かるな」
「わ、私では判断できない!あ、あ、あれだ!上長に確認してみる!」
「……走って逃げなくてもいいだろうに」
騎士は全力で階段を駆け下りていた。
感じたことのない、恐ろしいほどの魔力と殺気に、汗が止まらなかった。
解放戦線のリーダーであるS級冒険者ミーティスとその仲間たちの、オーラたるや凄まじく、それだけで肝が冷えた。
しかしアイツはなんなのだろうか。
彼らが意識を向けていた、あの子どもは、
そして床に倒れていたエルフと赤髪は、一体誰なのだろうか。
「はあはあ。騎士長!」
「んあ?どしたー。ホテルの件片付いたかー?」
「それが……」
中央区中心部にあるラハール騎士団詰所に帰還した彼は、一服する騎士長へ経緯を報告した。
すると、すべてを聞く前にティーカップが手から滑り落ち、汗まみれの彼に掴みかかる。
「お前、何かしたのか!何もしてないよな!」
「は、はい。解放戦線がいたので、とにかくどうしたらいいのか騎士長へ確認を取ろうと思いまして」
「よしっ!」
そう言って騎士長は、詰め所の階段を駆け上がる。
「騎士隊長!例の少年と解放戦線がやりあっております!いかが致しますか!」
「間違いないのか?」
「エルフの少年と一緒であったと――」
「騎士将へ確認してくる!」
騎士隊長は、同階にある将校の部屋へ飛び込んだ。
「ノックをせんか!」
「騎士将閣下!例の少年――」
「マズイ!騎士団長へ確認する!暫し待て!」
そう言って騎士将は、遠隔通話の魔道具で王都にいる騎士団長へ連絡を試みる。
「なんだ」
「例のアスドーラという少年が、セントラルグランドホテルで解放戦線と戦闘中であります!対応のご指示を!」
「……解放戦線からアスドーラを救出したまえ」
「し、しかし。よろしいのですか?解放戦線ですが」
「アスドーラ、並びにその友人を傷つければ、国が危うい立場に置かれてしまう。これ以上は機密故語れぬが、そういうことだ」
「か、畏まりました!」
そうして中央区の騎士たちへと緊急呼集が掛かり、出払っていた騎士や休みの騎士も動員して、セントラルグランドホテルは物々しい雰囲気に包まれる。
ドタドタドタッ!
5階の踊り場から騎士が溢れ出し、ミーティスは胡乱な目で状況を観察する。
「その少年を解放しろ!これは正式な命令である!」
「正式とは?」
「この国の治安機関の長たる騎士団長からの命令であるッ!」
「……俺たちはこのホテルの支配人と警備の契約をしている。要するに仕事だ。強制的に放棄させたと話はつけてくれるのか?」
「警備?何の話だ!」
「俺たちは雇われてここにいる。コイツらが忍び込んだから捕らえた。それだけの話だ」
騎士将はチラリと騎士隊長へ視線を送り、騎士隊長は騎士長へと視線を送り、そして事を伝えた平騎士へと視線が送られる。
「……わ、私ですか?賊との通報があったことは、騎士長もご存知だったでしょう?」
「……申し訳ありません騎士隊長。報告に穴がありました」
視線のバトンは騎士将へと戻された。
「……分かった!ホテルとは話をつける!だから解放しろ!」
「オーケーだ」
あっさりと了承したミーティスは、仲間たちに視線を送る。
しかしペリーロは不安が隠せず、頬を引き攣らせた。
「絶対怒ってるよね?こんだけ拘束されて、ブチギレないわけないよね?」
「……確かに。おいアンタら!俺たちのことも守ってくれるよなあ?」
「ま、まままあな!いいだろう!」
騎士将は動揺しながら、隣の騎士隊長へこっそり尋ねる。「あの少年、強いの?」と。
すると騎士隊長は「さあ」と答え、それを聞いていた騎士長と平騎士たちの顔が引き攣る。
どうせ戦うのは俺たちだもんな、と。
「解いたら下がれ。ヤバいと思ったら拠点に転移だいいな!」
ミーティスはそう言うと、首を大きく縦に振った。
ズァァアッ!
アスドーラを拘束していた魔力が、勢いよく冒険者たちのもとへ還ってゆく。
水の玉はパシャリと落ちて、鉄の鎖は灰のように淡く崩れた。
「……」
空気がピンと張り詰める。
何を考えているのか、アスドーラは床に横たわり天井を眺めたまま動かない。
「ア、アスドーラ殿?医者が必要かね?」
アスドーラは、首を傾け倒れている二人を眺める。
そしてゆっくり立ち上がると、少し後ずさる騎士将に答えた。
「あの二人を治してくれます?」
「あ、ああもちろん。やれ!」
ぞろぞろと横切る騎士たちを見送り、アスドーラは警戒するミーティスたちに笑顔を向けた。
「言わないでね?僕のこと」
ミーティスが怪訝な表情を浮かべると、アスドーラは両手をひらひらさせてみせた。
「俺たちに報復しないなら黙っておく」
「報復?しないよ。友だちは生きてるし、仕事だったんでしょ?」
「ああ。分かってくれて助かる」
「それとさあ、君たちと秘密のお話しがしたいんだけど、いつもどこにいるの?」
「……殺しに来る気か?」
「ハハハ違うよ。子どもの件だよ。ちゃんと聞きたいなあ」
「……1週間はこのホテルにいる。それ以降はまだ決まっていない」
「ふーん」
騎士たちに、この会話の意味はまったく理解できなかった。
けれどそれで構わないと、全員が考えていた。
どうせ厄介事。
どうせ面倒事。
貴族同士のいざこざに関わらないように、化け物と謎の少年のいざこざにも関わるべきではないと、人生の経験が警鐘を鳴らしていた。
だから皆が素知らぬ顔であった。
「……ア、アスドーラ君。アスドーラ君!」
ノピーは目を覚ました途端に飛び上がり、騎士たちを押しのけアスドーラとミーティスたちの間に割り込んだ。
「……ご、ごめんなさい。やり過ぎたのは謝ります!降伏するので許してください!」
「いや――」
「すみませんでした!」
と言いながら頭の中ではアスドーラに指示を飛ばす。
『アスドーラ君転移して!ジャック君はどこにいるの!?』
「いやだから――」
「……ひぃぃぃ!助けてください!騎士様!」
『アスドーラ君!?ジャック君はどこにいるの!答えてよ!まさか……まさか!』
ミーティスの言葉を遮り、ひとりで大立ち回りを演じるノピーの記憶は、アスドーラが手を断ち切られたところで止まっていた。
どうして騎士がいるのか……。
恐らく宿泊者が、騒ぎを鎮めるために通報したのだろう。
どうしてアスドーラが解放されているのか……。
それを考えるよりも、さっさと逃げてから手を治療するのが先決だ。
記憶の続きを勝手に補完して、三人で逃げるために必死であった。
「ノピー、ジャックならあそこにいるよ。騎士さんが治療してる」
『ダメだよ!相手に情報が筒抜けになるから、頭の中で話して!』
たぶん思念で会話してるんだなと察したミーティスは、混乱するノピーへ落ち着いた調子で語りかける。
「降伏は結構だが、もう終わったぞ少年。手打ちだ」
『何言ってるのこの人。アスドーラ君殴った?頭をやっちゃったのかな?』
『殴ってないよ。ノピー本当に全部終わったんだ。ごめんよ守れなくて』
「お、終わったの?本当に?」
ノピーはようやく振り返り、アスドーラの手が戻っていることに気づく。
「……よ、良かったあ。治してもらったんだね」
「あー、あうん。うん、そうそう。あの人に」
「そっか。良かったよほんどうに゛……」
アスドーラは、泣きながら崩れ落ちたノピーの肩を笑顔で叩く。
「痛ってえなッ!もう起きたって!叩く……オェ」
「魔力酔いを起こしてますね」
「んなことは分かってるわッ!」
騎士に治療(ビンタ)を受けていたジャックも見事に回復した。
ペリーロに刺された肩も元に戻り、怒鳴る元気もある様子。
「……争いが終わったのならば、我々は行くが。ミーティス殿、手を出さぬようになッ!」
「俺らが悪者みたいになってんじゃん。意味分かんねー」
「何か言ったかそこの!」
文句を言ったペリーロを下がらせて、ミーティスが代わりに返答をした。
「ああ問題ない。これ以上は何も起きない」
「うむ。ではな」
急ぎ足で去っていった騎士の一行。
ホテル前に待機していた騎士たちも、ぞろぞろと退却していった。
ポツンと残された解放戦線と少年たちは、互いが憎くて争っていたわけでもないので、不思議な距離感で見つめ合う。
「もう帰れ。暗殺はなしだぞ」
「……暗殺?何の話をしてるの?」
ミーティスの言葉にアスドーラは首を傾げる。
「とぼけるな。手練れを送り込んだ黒幕を知りたいところではあるが、まあ今回は見逃してやる」
「……だから何の話?僕たちはジャックの妹を取り返しに来ただけだよ」
「……マジ?」
「うん」
再び微妙な空気に包まれるのであった。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
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お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
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