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18.友だち作りでいいのかなあ?

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腹がちぎれるほど笑い終わった後、ふと冷静になって仕事を思い出したアスドーラ。
寮から現場までの経路が分からず、一旦宿の辺りまで行ってから現場まで向かったため、かなりの時間をに費やしてしまった。

「お疲れ様ですッ!」

「おう!来ないと思ったぜ」

バロムに挨拶をして現場の様子に目を向ける。
昨日の段階では、膝下ぐらいまでの深さだった穴が、人が埋まるぐらいまで深くなっていた。
今はその穴へ、石材をぎっしり並べる作業をしている。

「そんじゃあ、あの石材を積んでくれや」

「おうッ!」

バロムに指示されて石材置き場へ向かう。
その後は黙々と石材を並べていき、あっという間に本日の業務は終了となった。

いつものように、獣人一行とギルドへ向かい、受付へ顔を出す。
昨日バロムが壊した精算台は綺麗に修理されていて、受付の人も初めて見る新しい人だった。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」

「給金を受け取りに来た。中央区の新築工事だ」

「畏まりました。少々……」

受付嬢は目線を精算台に落として、何かを探しているようだったが、すぐに顔を上げた。

「あ、1時間2ゴールドですね。昨日分が未払いみたいなので、合算してお支払いいたしますね」

スッとバロムの前にトレーが差し出された。
いつもならバロムは金貨を受け取って、次の人に列を譲るのだが、何故か金貨の山をじゃらりと崩し、首を傾げた。

「どうされました?」

受付嬢が尋ねる。

「昨日の分なら俺は貰った。これは多い」

バロムはトレーを突き返した。
受付嬢は「確認します」と言って書類に目を通すのだが、眉間にしわをよせて難しい顔をしている。

「あのー、バロム様。大変恐縮なのですが、ギルドの帳簿上では受け渡しされておりません。ですので、昨日分も併せてのお支払いとなります」

「だから昨日の分は――」

「はい。それでもお渡しする決まりです。後日ミスが発覚したとしても、ギルドで補填することになります。後から返せと取り立てることもしませんので、どうぞお受け取りください」

どうやら昨日の受付嬢は、獣人たちを煽ることに熱中するあまり、給金受け渡しの記録をつけ忘れていたらしい。
バロムは丁重に断ろうとしたが、今日の受付嬢はルールに厳格な方のようで、トレーをバロムへと差し出した。

「どうぞ」

断ろうと口を開きかけたバロムであったが、受付嬢のダメ押しで渋々受け取った。
その後獣人たちも給金を受け取り、続いてアスドーラの番が回ってくる。

スッと差し出されたトレー。
入っていた金貨は、13枚であった。
初の2桁台にアスドーラの目も輝くが、遅ればせながらススッと置かれた1枚の書類に気をそがれる。

「初等学校生であれば、今よりも高給な仕事がございます。もしよろしければ、ご案内しますがいかがです?」

アスドーラは少しだけ悩んだ。
カバンを買うにも、筆記用具を買うにも、全然お金が足りない。
学校が終わって働けるのは、大体2時間、長くて3時間で、貰えたとしても6ゴールド。
お昼を食べるとしたら3ゴールド掛かるから、1日でも仕事を休めば貰った給金は全部なくなってしまう。

変えた方がいいんだろうか――。

すると背中から聞き慣れた声がした。

「……アスドーラ、俺らは先行ってるぞ」

話が長くなりそうだと気を使ってくれたのか、手を振って去っていくバロムたち。

アスドーラは、見えなくなるバロムたちを見て何を思ったのか。
給金を受け取り、書類を突き返した。

「今の仕事でお願いしますッ!」

金貨をポケットにしまいながら、ギルドを出た。
そんなに離れていたわけではないので、走ればすぐに追いつく。

「んあ?なんだ話は済んだのか?」

「はいッ!」

「明日からどこで働くんだ?」

バロムは何気ない雰囲気で問いかけた。
けれど獣人たちの耳はピクピクとアスドーラに向けられる。
かなり気になっているようだ。

「現場に行きますッ!」

「……だからどこのだよ」

「え?だから現場です!同じところです」

「は?まだこの仕事続けるのか!?」

「はいッ!よろしくお願いしますッ!」

バロムは心底驚いていた。
目をパチパチさせて、アスドーラを見下ろしている。

そんなバロムの様子とは裏腹に、獣人たちは歓声を上げた。

「よっしゃー!」
「お前がいると、だいぶ変わるからな」
「ヒヤヒヤしたぜまったく。いやー助かるぜ」

わちゃわちゃと頭をなで回され、背中をバシバシ叩かれたアスドーラ。
みんなが喜んでいるので、よく分からないが嬉しかったようだ。照れくさそうに笑っている。

バロムも薄っすらと笑みを浮かべて、アスドーラに尋ねる。

「……ならよお、どうだ?明日、一緒に飯でも食わねえか?」

「夜ですか?」

「ああ。あぶく銭もできたしよお、お前の歓迎会もしてねえから、ちょうどいいだろ。なあ!?」

バロムは振り返りざまに獣人たちへ声を掛けた。
誰も反対はせず、むしろ今から行こうぜと言う者までいた。

「いきなり大所帯で行ったら迷惑だろうから、明日だ。そんじゃあなアスドーラ」

「おうッ!」

そう言って別れたのだが、アスドーラは小さく「あっ」と呟く。
見上げた看板には「保身亭」の文字がある。
ここ数日過ごした宿に来てしまったようだ。

「さて帰りますかあ」

大した用事もないが、宿から学校へと駆けるアスドーラであった。


寮へ戻ってからは、ノピーに倣って明日の準備したり、部屋を片付けたりした。

ベッドを挟むようにして机が1台ずつ、部屋の四隅に置かれていて、どれを使うか話し合った結果、ノピーの希望を優先した。
アスドーラは、自然と入口側の机を使うことになった。

教科書を並べ、筆記用具を引き出しにしまって。
収納魔法から取り出したカバンに、明日使う教科書を詰め込んだ。
世界史やら国語やら刻印術やら。ノピーにどの本か教えてもらいながらの作業だ。

全部終わって、下のベッドに潜り込んだアスドーラは、上の段に登ったノピーにおやすみを告げて、一応ジャックにもおやすみを伝えた。
例の如く本を呼んでいたので、うるさいとでも言われるんだろうと、捨て鉢気味ではあったが「……ああ」とボソリと呟いていたので、チャレンジは成功だった。

翌日、やっぱり部屋にはいないジャック。
ガサガサと音がするので、ベッドから顔を出すとあくびをするノピーが机に向かっていた。

「おはようッ!」

「うわっ!び、びっくりしたー。おはようアスドーラ君」

ベッドから飛び出て首を伸ばしてみると、机の上には真新しい教科書が広げられていて、ついこの間買ったばかりのメモ帳が、インクで黒くなっていた。

「勉強してるの?」

「う、うん。ジャック君がずーっと本を読んでるから、負けてられないなと思ってさ」

アスドーラは頷きながらも、疑問を抱いた。
とても頭が良いと思うし、真面目だ。それなのに、ジャックに遅れを取ったと感じるのは何故だろうと。
世界の広さや知識の奥深さを知らない、アースドラゴンならではの疑問であった。

「ノピーはジャックよりも頭が悪いの?」

ド直球の質問にノピーは驚く。

「ええっ!?うーん、どうだろう。ジャック君のことはあんまり知らないなー」

「じゃあ眠ったら?授業だけ受ければいいよ」

アスドーラの言い方は、悪友の誘いにも似た響きがあるが、実は彼なりの理論から導いた答えだった。

どれだけ作業を頑張っても、1時間に2ゴールドしか貰えない。例え他の人よりも石材を運んでいたとしても、2ゴールドは変わらない。

新人が、分からないことを尋ねながら作業しても2ゴールドだし、新人に教えながら作業しても2ゴールド。
つまり、与えられた作業を淡々とこなす事で、2ゴールドが貰える。この一連の作業が仕事だと考えたわけだ。

学校だって同じで、授業さえ受ければ頭が良くなる。分からない事があればその都度質問すればいい。
それが生徒の仕事なんだろうと。

何故、競争しようとするのか。
そもそも僕たちは、試験に合格した。
学ぶに値すると認められたということだ。

同じくスタートして、同じく授業を受けて、楽しく友だちを作ればそれでいいのに。

「僕……魔法が得意じゃないんだ」

ノピーは、絞り出すように言った。

「魔力が少ない上に闇属性の魔力だから、里ではあんまり居場所がなくてさ。だからとにかく勉強して、里のみんなに追いつけるように、頑張ったんだ」

「ふーん」

スドーラは得心した。
ノピーは頭が悪いから勉強をしているのではなく、皆に追いつけるよう、自己を研鑽しているのだろうと。
学校に入ったらか、ハイ終わりとはいかない。
そもそも学校に入ったのも、勉強の質を上げて己を磨くためだろう。
それも、己の弱点を克服するために。

「それに……」

「それに?」

「亜人だからって、侮られないように生きるためには、やっぱり学が必要だと思うから。勉強は続けるよ」

「生きるためかあ」

生きるため。

今の仕事でも生きられるけれど、初等学校生だと、今よりも高い給金がもらえる仕事があるってギルドで言ってたなあ。

お金かあ。

お金があると、いろんな物が買える。ご飯もたくさん食べられる。
いい服もいいカバンも買える。

余裕を持って生きるために、這い上がろうとしてるんだろうなあ。
だからバロムさんは、ここで働くのか?と事あるごとに聞いてきたんだ。
あの仕事しかないバロムさんたちと違って、僕は選べるから。もっとお金のもらえる仕事を。

だから、ノピーは勉強するのか。
亜人ってハンデを帳消しにするぐらい、学を身につけるために。

スゴイなあ。

「ノピーはスゴイねえ。頭が良いし、刻印術も上手いし。向上心の塊だねえ」

「お、ええ?あ、ありがとう」

それに比べて僕は、友だちを作るためって理由でいいのかなあ。

ぼんやりと虚空を眺めていると、ノピーは慌てた様子で声を掛けた。

「そ、そんなに深く考えなくても、いいんだよ?これは僕の目標だからさ」

「うーむ」

「……あ、朝ごはん食べに行くかい?まだ時間はあるし」

「うーむ」

考え込んでしまったアスドーラを、現実に引き戻すことは失敗した。
結局、朝の会が始まる8時半まで、アスドーラは放置して勉強をつづけたノピーであった。





――――作者より――――
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