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13.獣人と人間、そしてドラゴン
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「こっちおいで」
ガラスペン置くと、一部始終を見ていた店主のおじいさんが手招きした。
「これなんかどうだい?」
ガラスペンの棚から一本奥の棚に入ると、そこにはペンや鉛筆やインクがズラリと並んでいた。
ペンのデザインはシンプルで、グリップの色味は単色。ただし、先程のガラスペンとは違って種類が豊富かつ、大量にあった。
チラリと店主を見ると、ニカッと笑い親指を立てた。
どうやら、庶民には優しいお店らしい。
「このつけペンなら、3ゴールドだよ。鉛筆と同じ値段だけど、鉛筆は使い捨てだしなあ、ペンの方がお得じゃないかな」
控えめに言って地味である。誰もが持っていそうな……というか試験の時に誰かが使っていた。どこにでもありそうなペンだ。
けれど3ゴールド。
「インクは5ゴールドで、他に何買うの?」
インクと合わせて8ゴールド。
既に昨日の給金以上のお金が掛かっている。
「……分かんないや。何が必要かなあ?」
「うーん、あ!」
何かを思い出したノピーは申し訳なさそうに、アスドーラへと言った。
「……鉛筆がいいのかも」
結局手に入れたのは、鉛筆とメモ帳の2つであった。
合わせてなんと、15ゴールド。
メモ帳が思いの外高かったのだが、魔法の口頭式や魔法陣を書き込んでおいたりすると便利だから、魔法を勉強するなら持っておくべきとノピーに言われて購入。
鉛筆を買ったのは、字が書けないうちは、何度書き間違えてもいい鉛筆がいいよ、と言われたからである。
どうやらつけペンを使うのは、書き間違えが少ない人や羊皮紙を使う場合、もしくは訂正用の白色インクを持っている人だけらしく、アスドーラは大人しく助言に従った。
なんだか一気に疲れたアスドーラ。
しかし店から通りへ一歩出ると、やはり興味をそそられる。
「そう言えばアスドーラ君、カバンは持ってる?」
「持ってないよ」
「……ああそっかあ。収納魔法が使えるもんね」
「んえ?どうしてそれを?」
「……え?秘密だったの?ほら、ネネさんの家で」
「ああ!」
ネネの前なら問題ないだろうと、堂々と収納魔法に手を突っ込み革袋を取り出したことを思い出す。
「もしも秘密にしたいなら、やっぱりカバンを買うべきだよ。どうしてかって言うとね――」
ノピー曰く、誤魔化すにしても、ポケットからあのサイズの革袋を取り出すのは、どう考えても不自然だそう。
だから、カバンから取り出しているように見せたほうがいいらしい。
それに、収納魔法の刻印術が施されたカバンがあるから、不審に思われたとしても、カバンのお陰だって言い訳ができるよ、とのこと。
ノピーからカバンの種類について解説を受けながら、革細工の店の前に到着する。
「……ここ、いいね。アスドーラ君、ここはどうかな?」
「うん、任せるよ!」
完全にノピーの言うがままになったアスドーラは、店へ入り、また感動する。
「ふぉお」
鞣した革の匂いがふんわりと全身を包む。
柔らかい光沢の手提げカバンに、シックな肩掛けカバン。ピカピカの靴や、キラキラと金属の加工が施された小さめのポーチ。
どれもこれも肌触りが良くて、しっとりしていたり、さらりとしていたり、それぞれの個性に驚いてばかり。
気の向くままに商品を見物していたが、ノピーの表情を見て立ち止まる。
「もしかして――」
「ア、アスドーラ君て、高級志向なんだね」
聞いてみると、アスドーラが触っていたものは3000ゴールド超えのものばかりだった。
有名な工匠の作品だったり、刻印術が施されていたり、希少な魔物の皮だったり。
アスドーラはふと、思ったことを口にする。
「一体誰が買うんだろうねえ」
すると、店員の笑顔が引き攣り、ノピーがあわあわしだす。
「こ、これは……そう!お金持ちの人だったり、革製品に目がない人だったり、買う人はたくさんいるよッ!」
どうにか、店員の苦しそうな表情は穏やかになるが、アスドーラは納得できないようだ。
「ふーん。どのくらい働けばいいんだろうなあ」
「……もしかして、もう働いてるの?」
「うん、昨日から働いてるよ!貰ったのは6ゴールドなんだよ?」
「す、スゴイ行動力だね。でも、6ゴールドかあ、仕事にもよるけど少ないね」
「3時間だけだったからねえ。もっと働けばもっと貰えるらしいよ」
「時給2ゴールド……うーん、僕はラハール王国で働いたことがないから、相場がよく分からないなあ」
結局ふたりは店員に「手頃なカバン」を見繕ってもらい、45ゴールドの肩掛けカバンを手に入れた。
その後はノピーの買い物に付き合い、終わったのは正午頃。
互いに財布の中身が気になって、帰り道はトボトボと地面ばかりを見つめていた。
「お金がなくなりそうだよ」
ノピーがボソリと言う。
「僕のお金、ちょっと分けようか?」
「……ううん、要らないよ。でもありがとう。手持ちがなくなってきただけだから、実家から送ってもらえば大丈夫だよ」
「ノピーって、働いてないよね?どうやってお金を生んでるの?」
「う、生む?変わった言い方するね。僕は親の手伝いをしながら、ちょこっとずつ貯めてきたから、今はそれを崩してるって感じだよ」
「そっかあ。ちゃんと働いてたんだねえ。偉いねえ」
「え、ええ偉い?そ、そそそんなこと言われたのは、親以来だなあ、ありがとう」
トボトボ歩いていると、3区にあるノピーの宿へと到着した。
「そ、それじゃあまた明日ね」
「うんッバイバイ!」
「バイバイ!」
明日は入学式だ。
そして、人間の世界で初めて泊まった宿ともお別れとなる。
明日――。
感慨深い思いを胸に、アスドーラは3区商業ギルドへと走るのであった。
ノピーの宿から数分、商業ギルドの豪華な佇まいが見えてくる。
「……あ」
ギルド前に来て、荷物が邪魔なことに気づいた。
今から仕事だというのに、現場にカバンを置いておくのは躊躇われる。かと言って預ける場所もないわけで。
そこで思いついたのは、収納魔法にしまう方法だ。
ギルド近くの家と家の小路に身を隠し、収納魔法へとカバンと筆記用具を突っ込んだ。
こうして45ゴールドのカバンは、荷物入れという役割を失い、今後は収納魔法隠しとして正式に活躍することになる……はず。
ギルドへ入ると、昨日と同じ受付嬢が座っていた。
客としてはあまりにも若いアスドーラは、とにかく目立つ。笑顔だった表情もアスドーラと気づくや、すぐに怪訝な表情へと変わる。
「こんにちは!昨日と同じとこで働かせてください!」
「……普通は、お前の要望なんて聞かないけど、まあいいわ。使えるって魔人連中が言ってたし」
隠そうともせず、アスドーラをお前と呼ぶ受付嬢に対し、気にした様子もなく質問した。
「魔人って誰のことです?」
「奴らのことよ。魔物が人の真似してる連中」
「もしかして、バロムさんたちのことです?獣人の間違いじゃないですか?」
「ふっ。それじゃあ獣に失礼でしょ」
「ふむふむ」
……そういうものなのか。
それよりも嬉しいなあ。僕が使えるって。
もしかしたら、この仕事に向いているのかもなあ。
間接的ながらも、職人に褒められたアスドーラは、純粋に嬉しかった。
そのせいで、彼女の薄気味悪い笑みと、腹の中に溜まるどす黒い汚泥には気づけなかった。
現場に着くと、昨日は途中までしか運んでいなかった石材が、ほとんど移動されていた。
「おはようございますッ!」
「おお!おはようさん!」
昨日は、安い給金を心配して別の仕事を勧めたバロムだったが、アスドーラを見るや嬉しそうに挨拶を返した。
他の獣人たちも、アスドーラを歓迎する。
「今日も頼むぜチビスケ!」
「来てくれて助かるぜ」
早速、材回しの列に並びポンポンと石材をリレーしていく。
アスドーラが入ったことでペースが上がり、残り少ない石材は、とうとうなくなった。
ふうと一息つく獣人たちだったが、すぐさま運び終えた石材の方へと移動する。
「基礎を作るために穴を掘らなきゃなんねえ。道具は貸すから、気張れよ?」
「おうッ!」
返事の仕方も板についてきたアスドーラは、薄く枠取りされたスペースを、スコップでひたすらに掘っていく。
午後6時。
日は沈みバロムの声が響いた。
「よし終わりだッ!続きは明日にするぞ!」
「おうッ!」
昨日のように、中央区から3区のギルドへと向かう道中、やはり獣人たちから人は離れていき、道がどんどん空いていく。
そんな光景を見ながら、アスドーラはなんの気なしに、受付嬢から言われた言葉を思い出す。
「……皆さんて獣人ですよね?」
「んあ?なんだ急に」
藪から棒に問われたバロムは、怪訝な表情で聞き返す。
「あ、いや。受付嬢の人が言ってたんですよ。皆さんは人に化けてる魔人だって。そうなんです?」
アスドーラの質問に、獣人たちの足は止まった。
「あれ?ギルドに行かないんです?」
「……ただの質問か?それともよお、厭味ったらしく俺たちの反応楽しんでるのかどっちだ」
決して柔和な面相とは言い難いバロムであったが、話してみれば優しいし面倒見の良い人物であることは、アスドーラ自身が知っていた。
けれど今は、その一面が嘘のように、深い怒気とどす黒い憎悪が立ち込めている。
2メートル近くの虎人が、目を細めて仁王立ちしているのだ。
人の機微を知らないアスドーラでさえ、何かマズイことを言ったのだと理解した。
「あの、ごめんなさい。怒らせるつもりは――」
「そうやってバカのフリをして楽しんでんだろ?学校に行けるオツムがあんだ。まさか俺たちへの蔑称も知らないとは言わせねえぜ?」
アスドーラはついに言えなかった。
フリなんかじゃなくて、本当に知らなかったのだと。
初めての仕事で、初めて褒めてもらえて、初めてチームの感覚を味わえて。バロムや獣人たちのことは好きだった。
だからこそ、アスドーラは心底申し訳ないと思っていた。
「ちっ、行くぞ。俺らがしょっぴかれちまう」
バロムは、遠巻きながらに感じる視線が増えていることに気づく。
はたから見れば、獣人の集団と子ども1人の構図をどう思うか。
しかも、獣人をよく思わない人々が。
答えは明白である。
横を通り過ぎて行く獣人たち。
今日はとても気さくに話しかけてくれた。
歓迎してくれたし、楽しい仲間の輪に入れてくれた。
それなのに無言で、目を合わせずに横を通り過ぎて行く。
まるで他人のように。
ああ、なるほど。
アスドーラは得心した。
こうして人は嫌われていくのか。
だから会話が重要だと、ノース王国の人たちは言っていたんだ。
けれど本当にそうかな。
ノース王国の前王、即ちアスドーラが初めて話した人間を思い出す。
彼はアスドーラをドラゴンだとは認めず、頑なに下民だと言っていた。
この国は差別が少ないからと、ネネは言っていた。
読み書きができない。2区に住んでいると言えば態度を変え、バロムには臭いから帰れと言い、獣人たちを蔑称で呼んだ受付嬢。
どれもこれも醜いまでの悪意がある。
世界最強のアースドラゴンには、決して承服できない悪意が。
「ふーん、これが差別かあ」
遠くなった獣人たちの背中を追い、アスドーラは駆けるのだった。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
ガラスペン置くと、一部始終を見ていた店主のおじいさんが手招きした。
「これなんかどうだい?」
ガラスペンの棚から一本奥の棚に入ると、そこにはペンや鉛筆やインクがズラリと並んでいた。
ペンのデザインはシンプルで、グリップの色味は単色。ただし、先程のガラスペンとは違って種類が豊富かつ、大量にあった。
チラリと店主を見ると、ニカッと笑い親指を立てた。
どうやら、庶民には優しいお店らしい。
「このつけペンなら、3ゴールドだよ。鉛筆と同じ値段だけど、鉛筆は使い捨てだしなあ、ペンの方がお得じゃないかな」
控えめに言って地味である。誰もが持っていそうな……というか試験の時に誰かが使っていた。どこにでもありそうなペンだ。
けれど3ゴールド。
「インクは5ゴールドで、他に何買うの?」
インクと合わせて8ゴールド。
既に昨日の給金以上のお金が掛かっている。
「……分かんないや。何が必要かなあ?」
「うーん、あ!」
何かを思い出したノピーは申し訳なさそうに、アスドーラへと言った。
「……鉛筆がいいのかも」
結局手に入れたのは、鉛筆とメモ帳の2つであった。
合わせてなんと、15ゴールド。
メモ帳が思いの外高かったのだが、魔法の口頭式や魔法陣を書き込んでおいたりすると便利だから、魔法を勉強するなら持っておくべきとノピーに言われて購入。
鉛筆を買ったのは、字が書けないうちは、何度書き間違えてもいい鉛筆がいいよ、と言われたからである。
どうやらつけペンを使うのは、書き間違えが少ない人や羊皮紙を使う場合、もしくは訂正用の白色インクを持っている人だけらしく、アスドーラは大人しく助言に従った。
なんだか一気に疲れたアスドーラ。
しかし店から通りへ一歩出ると、やはり興味をそそられる。
「そう言えばアスドーラ君、カバンは持ってる?」
「持ってないよ」
「……ああそっかあ。収納魔法が使えるもんね」
「んえ?どうしてそれを?」
「……え?秘密だったの?ほら、ネネさんの家で」
「ああ!」
ネネの前なら問題ないだろうと、堂々と収納魔法に手を突っ込み革袋を取り出したことを思い出す。
「もしも秘密にしたいなら、やっぱりカバンを買うべきだよ。どうしてかって言うとね――」
ノピー曰く、誤魔化すにしても、ポケットからあのサイズの革袋を取り出すのは、どう考えても不自然だそう。
だから、カバンから取り出しているように見せたほうがいいらしい。
それに、収納魔法の刻印術が施されたカバンがあるから、不審に思われたとしても、カバンのお陰だって言い訳ができるよ、とのこと。
ノピーからカバンの種類について解説を受けながら、革細工の店の前に到着する。
「……ここ、いいね。アスドーラ君、ここはどうかな?」
「うん、任せるよ!」
完全にノピーの言うがままになったアスドーラは、店へ入り、また感動する。
「ふぉお」
鞣した革の匂いがふんわりと全身を包む。
柔らかい光沢の手提げカバンに、シックな肩掛けカバン。ピカピカの靴や、キラキラと金属の加工が施された小さめのポーチ。
どれもこれも肌触りが良くて、しっとりしていたり、さらりとしていたり、それぞれの個性に驚いてばかり。
気の向くままに商品を見物していたが、ノピーの表情を見て立ち止まる。
「もしかして――」
「ア、アスドーラ君て、高級志向なんだね」
聞いてみると、アスドーラが触っていたものは3000ゴールド超えのものばかりだった。
有名な工匠の作品だったり、刻印術が施されていたり、希少な魔物の皮だったり。
アスドーラはふと、思ったことを口にする。
「一体誰が買うんだろうねえ」
すると、店員の笑顔が引き攣り、ノピーがあわあわしだす。
「こ、これは……そう!お金持ちの人だったり、革製品に目がない人だったり、買う人はたくさんいるよッ!」
どうにか、店員の苦しそうな表情は穏やかになるが、アスドーラは納得できないようだ。
「ふーん。どのくらい働けばいいんだろうなあ」
「……もしかして、もう働いてるの?」
「うん、昨日から働いてるよ!貰ったのは6ゴールドなんだよ?」
「す、スゴイ行動力だね。でも、6ゴールドかあ、仕事にもよるけど少ないね」
「3時間だけだったからねえ。もっと働けばもっと貰えるらしいよ」
「時給2ゴールド……うーん、僕はラハール王国で働いたことがないから、相場がよく分からないなあ」
結局ふたりは店員に「手頃なカバン」を見繕ってもらい、45ゴールドの肩掛けカバンを手に入れた。
その後はノピーの買い物に付き合い、終わったのは正午頃。
互いに財布の中身が気になって、帰り道はトボトボと地面ばかりを見つめていた。
「お金がなくなりそうだよ」
ノピーがボソリと言う。
「僕のお金、ちょっと分けようか?」
「……ううん、要らないよ。でもありがとう。手持ちがなくなってきただけだから、実家から送ってもらえば大丈夫だよ」
「ノピーって、働いてないよね?どうやってお金を生んでるの?」
「う、生む?変わった言い方するね。僕は親の手伝いをしながら、ちょこっとずつ貯めてきたから、今はそれを崩してるって感じだよ」
「そっかあ。ちゃんと働いてたんだねえ。偉いねえ」
「え、ええ偉い?そ、そそそんなこと言われたのは、親以来だなあ、ありがとう」
トボトボ歩いていると、3区にあるノピーの宿へと到着した。
「そ、それじゃあまた明日ね」
「うんッバイバイ!」
「バイバイ!」
明日は入学式だ。
そして、人間の世界で初めて泊まった宿ともお別れとなる。
明日――。
感慨深い思いを胸に、アスドーラは3区商業ギルドへと走るのであった。
ノピーの宿から数分、商業ギルドの豪華な佇まいが見えてくる。
「……あ」
ギルド前に来て、荷物が邪魔なことに気づいた。
今から仕事だというのに、現場にカバンを置いておくのは躊躇われる。かと言って預ける場所もないわけで。
そこで思いついたのは、収納魔法にしまう方法だ。
ギルド近くの家と家の小路に身を隠し、収納魔法へとカバンと筆記用具を突っ込んだ。
こうして45ゴールドのカバンは、荷物入れという役割を失い、今後は収納魔法隠しとして正式に活躍することになる……はず。
ギルドへ入ると、昨日と同じ受付嬢が座っていた。
客としてはあまりにも若いアスドーラは、とにかく目立つ。笑顔だった表情もアスドーラと気づくや、すぐに怪訝な表情へと変わる。
「こんにちは!昨日と同じとこで働かせてください!」
「……普通は、お前の要望なんて聞かないけど、まあいいわ。使えるって魔人連中が言ってたし」
隠そうともせず、アスドーラをお前と呼ぶ受付嬢に対し、気にした様子もなく質問した。
「魔人って誰のことです?」
「奴らのことよ。魔物が人の真似してる連中」
「もしかして、バロムさんたちのことです?獣人の間違いじゃないですか?」
「ふっ。それじゃあ獣に失礼でしょ」
「ふむふむ」
……そういうものなのか。
それよりも嬉しいなあ。僕が使えるって。
もしかしたら、この仕事に向いているのかもなあ。
間接的ながらも、職人に褒められたアスドーラは、純粋に嬉しかった。
そのせいで、彼女の薄気味悪い笑みと、腹の中に溜まるどす黒い汚泥には気づけなかった。
現場に着くと、昨日は途中までしか運んでいなかった石材が、ほとんど移動されていた。
「おはようございますッ!」
「おお!おはようさん!」
昨日は、安い給金を心配して別の仕事を勧めたバロムだったが、アスドーラを見るや嬉しそうに挨拶を返した。
他の獣人たちも、アスドーラを歓迎する。
「今日も頼むぜチビスケ!」
「来てくれて助かるぜ」
早速、材回しの列に並びポンポンと石材をリレーしていく。
アスドーラが入ったことでペースが上がり、残り少ない石材は、とうとうなくなった。
ふうと一息つく獣人たちだったが、すぐさま運び終えた石材の方へと移動する。
「基礎を作るために穴を掘らなきゃなんねえ。道具は貸すから、気張れよ?」
「おうッ!」
返事の仕方も板についてきたアスドーラは、薄く枠取りされたスペースを、スコップでひたすらに掘っていく。
午後6時。
日は沈みバロムの声が響いた。
「よし終わりだッ!続きは明日にするぞ!」
「おうッ!」
昨日のように、中央区から3区のギルドへと向かう道中、やはり獣人たちから人は離れていき、道がどんどん空いていく。
そんな光景を見ながら、アスドーラはなんの気なしに、受付嬢から言われた言葉を思い出す。
「……皆さんて獣人ですよね?」
「んあ?なんだ急に」
藪から棒に問われたバロムは、怪訝な表情で聞き返す。
「あ、いや。受付嬢の人が言ってたんですよ。皆さんは人に化けてる魔人だって。そうなんです?」
アスドーラの質問に、獣人たちの足は止まった。
「あれ?ギルドに行かないんです?」
「……ただの質問か?それともよお、厭味ったらしく俺たちの反応楽しんでるのかどっちだ」
決して柔和な面相とは言い難いバロムであったが、話してみれば優しいし面倒見の良い人物であることは、アスドーラ自身が知っていた。
けれど今は、その一面が嘘のように、深い怒気とどす黒い憎悪が立ち込めている。
2メートル近くの虎人が、目を細めて仁王立ちしているのだ。
人の機微を知らないアスドーラでさえ、何かマズイことを言ったのだと理解した。
「あの、ごめんなさい。怒らせるつもりは――」
「そうやってバカのフリをして楽しんでんだろ?学校に行けるオツムがあんだ。まさか俺たちへの蔑称も知らないとは言わせねえぜ?」
アスドーラはついに言えなかった。
フリなんかじゃなくて、本当に知らなかったのだと。
初めての仕事で、初めて褒めてもらえて、初めてチームの感覚を味わえて。バロムや獣人たちのことは好きだった。
だからこそ、アスドーラは心底申し訳ないと思っていた。
「ちっ、行くぞ。俺らがしょっぴかれちまう」
バロムは、遠巻きながらに感じる視線が増えていることに気づく。
はたから見れば、獣人の集団と子ども1人の構図をどう思うか。
しかも、獣人をよく思わない人々が。
答えは明白である。
横を通り過ぎて行く獣人たち。
今日はとても気さくに話しかけてくれた。
歓迎してくれたし、楽しい仲間の輪に入れてくれた。
それなのに無言で、目を合わせずに横を通り過ぎて行く。
まるで他人のように。
ああ、なるほど。
アスドーラは得心した。
こうして人は嫌われていくのか。
だから会話が重要だと、ノース王国の人たちは言っていたんだ。
けれど本当にそうかな。
ノース王国の前王、即ちアスドーラが初めて話した人間を思い出す。
彼はアスドーラをドラゴンだとは認めず、頑なに下民だと言っていた。
この国は差別が少ないからと、ネネは言っていた。
読み書きができない。2区に住んでいると言えば態度を変え、バロムには臭いから帰れと言い、獣人たちを蔑称で呼んだ受付嬢。
どれもこれも醜いまでの悪意がある。
世界最強のアースドラゴンには、決して承服できない悪意が。
「ふーん、これが差別かあ」
遠くなった獣人たちの背中を追い、アスドーラは駆けるのだった。
――――作者より――――
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