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9.第二次試験終了

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劇的な試験突破の余韻が残る会場。
アスドーラとノピーは救命草レクペレティオに群がる群衆を見つめていた。

「……ど、どうしよう。入る隙間がないね」
「うーん、そうだねえ」
「ご、ごめんね。予想も外しちゃった」
「うーん、そうかなあ」

落ち込むノピーの横で、アスドーラは試験の進行へ疑問を抱いてた。
第一次試験、第二次試験に共通する疑問だ。

アスドーラは、群衆から視線を外し立ち並ぶ試験官たちに目を向ける。
校舎上に立っていた時とは違い、一挙手一投足がよーく見える。

彼らは本当に、不正を発見しようとしているのか?
視線こそフードで見えないが、そう思わせる所作をしているのだ。

試験官同士でお喋りをしていたり、腕組みして床を見つめていたり、苛立たしげにつま先で床を叩いてみたり、もっと酷いのは本を読んでいたり、壁際で座り込んでいたり。

一次試験では、不正を許さないと言って、とある受験者を晒し者にしていたが、どんな手を使ったのか。
校舎上からカバンの中にある魔道具を発見できたのだろうか?
そもそも、不正を見抜く気があるのなら事前に身体検査を行うとか、もっと近くで監視するとか方法があるのではないか。

そして最も大きな疑問は、ザクソン主任の試験進行方法だ。
何をすればいいのか、試験目的を言わずに、ただ受験者たちを放り出している。

これはつまり、技量を見たいわけではない?

いや、ある程度の技量は必要だろう。第一次試験では障壁魔法に対処できず、魔力酔いで失格となった者もいるのだから。
一定の技量は必須だが、それだけが試験合格の基準ではない。

技量以外の何か。それこそが試験突破の鍵なのではないか。

「ど、どうする?アスドーラ君。このままじゃ時間がなくなるよ」

「……あれ、見てよ。あの丸いの、何かな」

「あ、あれは……よく見つけたね。魔法陣だよ」

アスドーラが指さしたのは、赤い魔法陣だった。
救命草レクペレティオに群がる群衆の誰かが、何かをすると、必ず赤い魔法陣が浮かび上がるのだ。

魔法陣はとても薄く、別のことに熱中していると見落としてしまいそうなほど、弱々しい魔力だった。

アスドーラの隣にいるノピーですら、気づかなかったし、今だって意識しないと見えないほどだ。

魔法陣に目を向けていると、視界の端から黒い影がやってくる。
試験官だ。
その試験官は、群衆の背後をぐるりと回り、静々と会場を後にする。

アスドーラとノピーは、その試験官が腕に抱くものを見て、眉を顰める。

「人?受験者だよね」
「そうだねえ。気絶してるみたいだねえ」

するとまた、赤い魔法陣が浮かび上がり、試験官がそそくさと人を回収していく。

「ちょっと行ってみよう」

アスドーラはノピーを引き連れて、試験官がこっそりと回り込んだ場所に来てみた。

救命草レクペレティオを取り囲む受験者と、それを見守る合格者。

再び赤い魔法陣が表れ、人が倒れる瞬間を目撃した2人は、何が起きているかを明確に理解する。

今運ばれる彼は、何を思ったか合格者たちに近づいた。その瞬間に魔法陣の壁が展開され、触れたは彼は失神したのだ。

魔法陣の壁は丁寧にも、合格者と未合格者とを明確に区分するように、会場を分断している。
それが意味するところは?

ノピーがぼそりと呟く。

「守護魔法と強制系魔法を組み合わせている。発動条件は、接近時に魔法陣の展開と接触時の強制系魔法の発動。効果が及ばない条件は……許可者、か。すごく高度な刻印術だね」

「刻印術ってなに?」

「口頭式を詠唱する魔法術とは違って、魔法陣に発動条件や発動する魔法を直接書き込んで展開させる魔法術のことだよ」

それを聞いたアスドーラは、なるほどと得心する。
ザクソンは言っていた。
「試験終了まであちらで座っていろ」と。

合格とは言っていなかった。
第一次試験でもそうだったように、試験終了後、明確に合格を告げるまで何が起きるか分からない。

つまり、デンバーたちはまだ合格してない。
そして僕らもまだ合格してない。

合格の条件は、誰かから許可をもらい、魔法陣の向こうに行くことだろう。そして試験終了時まで、そこに居ること。
でなければ、許可なく入ろうとした者を失神させる魔法陣なんかを、設置しておく必要がないはず。

であれば必ずしも、救命草レクペレティオの茎を切断する必要もないのではないか?
魔法陣の向こうに行く唯一の手段が、救命草レクペレティオの茎を取ることならば、それだけを試験にすればいい。

この試験はきっと、合格に至る方法がいくつがある。

そして今、怪しいと感じるのは……。

「試験官だ」

「え?」

「暇そうな試験官たちに挨拶してくるよ。待ってて」

「う、うん」

ザクソンに許可され、数名の受験者たちは魔法陣の向こうに行く。
アスドーラは、それを横目に試験官に近づいた。
さっきから、苛立たしげに床を叩く、ガタイのいい試験官だ。

「こんにちは。お尋ねなんですけど、僕とノピーは向こうに入ってもいいですか?」

アスドーラは直球で質問した。
仮に推論が間違っていても、失格にはされないだろうという自信があったからだ。

すると、ガタイの良い試験官は一つ咳払いをして言う。

「ノピーって誰だッ!それとおはようだ少年!」

アスドーラはノピーを指差す。
ガタイの良い試験官は、その指差す先にいるノピーを視認すると、徐ろに手を差し出した。

「泣くなよ少年ッ!泣かなければ、許可するぞッ!」

アスドーラは頭を捻りながらも、許可という言葉で納得する。
これが魔法陣の向こうに行くための関門なのだろうと考え、とりあえず差し出された手を握った。

すると、手に衝撃が走る。

「うっ」
「耐えろッ!耐えるんだ少年ッ!」

子ども相手に容赦もなく、強烈な力で手を握り返されたのだ。

この体になって二度目の痛み。
一度目こそ、痛みに興味が湧いたけれど、どうせ治る傷だ。今となってはさして興味もなく、寧ろ不快であった。

アスドーラは泣くどころか、不快であると顔に書き殴り、ジトリと男を見上げる。

「おおッ!見事な胆力!頑張れ!頑張れいッ!」

暑苦しい応援に、いつもなら悪い気はしないだろう。
けれど、痛みを与えている張本人の言葉である。

とても腹立たしかった。

「泣かないでくださいね?」
少しだけ怒るアスドーラは手を軽く握り返した。
ほんの軽くである。

「……っぐ、やるな少年!これでもかッ!」

お返しとばかりに、握力が増す。
そのお返しにアスドーラも力を込める。

ミシミシッ。
「っく」

嫌な音を立てたのは、アスドーラの手だった。

すると突然、ゴチンンッ!と乾いた音が響いた。
どうやら隣で見ていた別の試験官が、男の頭を殴ったらしい。

「止めろハゲだるま。手が折れるぞ!いやホント!」
「おおッ!すまない少年!大丈夫かッ!」

アスドーラは自分の手を見て驚く。
真紫に変色し、手の形が歪になっていたからだ。

痛い、確かに痛いがそれよりも。

それよりもだ。

人間の力に負けたことが驚きだった。

治癒せよルクタテム

隣の試験官がすかさず治療を施し、変色も変形もすぐさま治った。

人間の体で、無茶はできないな。
人間に姿形を変え、しかも子どもになったのだ。

確かに腕力はある。
が、体が保たないらしい。

怪我をしても、勝手に再生するから……と高を括れば、人に見られたときに困るし。

うん、気をつける事が増えた!

アスドーラがあれやこれや考えていると、その様子が、落ち込んでいるように見えたようで……。
「男の中の男よッ!行けいッ!許可だッ!」

男はフードの下から白い歯をむき出しにして、グッと親指を立てた。

「……はいッ!ありがとうございます!」

体の脆さという新たな発見は、寧ろ刺激的だった。アスドーラは足取り軽く踵を返したのだが、いつの間にか耳目がアスドーラに集まっていた。

当然だろう。
喧騒にも負けない、男のバカデカい声が会場中に響いていたのだ。
受験者たちの半数近くがアスドーラを見ている。
ノピーもそうだ。

しかしそんな事を気にするアスドーラではなかったようである。
その足取りたるや堂々たるものであった。

「な、なにしてたの?」
「許可貰ったよー。行こう!」
「合格ってこと?」
「んー、向こう側で座ってれば合格だと思うよ!」

そう言って、てくてくと歩くアスドーラだったが、ノピーは立ち止まったまま。

メモ帳らしきものに視線を落として、固まっている。

アスドーラは、ノピーが付いてきていない事に気づき、振り返った。

「ご、ごめんよアスドーラ君。僕やる事があるんだ。だから、先に行ってて」

そう言われたアスドーラは、目を瞬き一瞬固まる。
魔法陣の向こうに行くことよりも、やるべき事ってなんだろう。

向こうではデンバーたちが楽しそうに笑い合ってる。
早く向こうに行って、僕もノピーと仲良くなりたいのに。

もう一度ノピーを見ると、彼は申し訳なさそうに顔を曇らせた。

その表情を見て、アスドーラは何か違うなと思った。

このまま魔法陣の向こうに行って、楽しく会話できるかな。
友だちになれるかな。

答えは明白であった。

「何するの?僕も手伝うよッ!」

「え?ホ、ホントに!?」

「うんッ!」

「実は、あの刻印術を破れそうな魔法陣の構成を考えついたんだ。それを試してみたくて……」

「ほうほう。それは興味深い、是非教えてよ!」

「う、うん」

ノピーの知識は豊富であった。
赤い魔法陣の発動条件や、仕組まれている魔法まで見抜いたその眼力が物語るように、スラスラと刻印術の知識が明かされる。

「そう!つまり、刻印術を無効化するには、魔法陣に疵をつけるか、魔法陣の発動条件を満たさせないか、魔法陣を相殺消去するかのいずれかの方法しかないんだ」

「なるほどねえ。あの魔法陣は……」

「相殺消去しかないね。
向こうで壁のように浮かんでる赤い魔法陣は、発動時特有の証明陣と言って、どこかに刻印された魔法陣が発動したよって証明してるだけなんだ。だからあの魔法陣に瑕はつかない。
発動条件を満たさせない方法は、単に気絶しないってだけで、刻印術を破る助けにはならない」

「それで、相殺消去はできそうなの?」

「……あ、まだ書きかけだった!」

ノピーはメモ帳を開き、器用に魔法陣を描き込んでいく。
あーでもないこーでもないと思案しながら、描いては次のページへ新しい魔法陣を描いて、また描いていく。

「残り5分だ!」

ザクソン主任の宣言で、会場内には焦りが出始める。

ノピーがメモ帳と格闘している最中、アスドーラは会場の様子にほくそ笑んでいた。

「ぅっぎゃあああ!」
「頑張れ少年ッ!アスドーラ少年は耐えたぞ!?」

「ゴホッ、魔法には3つの術理があります。その3つを答えられるかな?」
「口頭術、刻印術、操魔術です」
「はい正解。あちらで待っててね。ゲホッ、ゴホッ、ゴォエエエ!」
「だ、大丈夫ですか!?」

「およそ二千年前に起きた、世界を巻き込む災厄の発生地は、どの国にあるでしょうか。今の国名で答えて」
「……ミッテン統一連合国、です、かね?」
「……正解!いやホント」

アスドーラを真似て試験官たちの試練を受ける者たちが続出していたからだ。
暇そうにしていた試験官たちも、次から次へと現れる挑戦者に嬉々として対峙しているのが、何故か微笑ましかった。

それから数分後。
「残り2分!」

タイムリミットが迫る中、ノピーがメモ帳の1ページをペリッと破いた。

「これで、これでたぶん、相殺できると思うんだ」

手に握る魔法陣をじっと見つめるノピー。
まだ不安が残るのか、目をギョロギョロと忙しなく動かして、穴がないか探している。
そんなノピーの手をアスドーラは引っつかみ、スタスタと魔法陣の場所まで連れて行く。

「ここで壁が出るまで待つのかい?」

「ううん、魔法発動地点にこれを置けばいいんだけど……」

「やってみようよ!失敗しても、試験に落ちるわけじゃないんだからさッ!」

「そ、そうだね」

ノピーは恐る恐る、小さな紙を板張りの床へ置いた。

「……」
「……」

しかし何も起きない。
無言のまま立ち尽くす2人に、嫌な声が聞こえてくる。

「残り1分!」

悔しそうに唇を噛むノピー。

「……失敗、だね」

「……思い当たる原因はあるのかい?」

「ううん全然……あ。あっ!」

何かを思い出したように、ノピーはショルダーバッグの中を漁りだす。
そしてギュッと目を瞑り、大きくため息をついた。

「ペンを間違えたみたい。
魔法陣に魔力を乗せるには、魔力を練り込んだインクが必要なんだ。けど僕が使ったこのペンのインクは、まだ新品で……魔力を練り込んでなかったんだ」

「じゃあ、この魔法陣に今から魔力を流しこんだら?」

「……間に合わないよ。僕は魔力操作が苦手で、操魔には時間がかかるんだ。
ごめんね、付き合わせちゃって。向こうに行こうか」

トボトボと歩き出すノピー。
するとザクソンのカウントダウンが始まる。

「残り10秒!9、8」

焦りながらも試験に立ち向かう受験者たち。
一方では、笑顔を浮かべながら、今日できたばかりの友だちとお喋りする受験者たち。
そして、うつむき加減に歩くノピー。

アスドーラは屈んで、綺麗に描き込まれた魔法陣に触れた。
ノース王国で言われたことはもちろん覚えている。
けれど、このぐらいなら大丈夫だろう。

細く控えめな魔力をそっと流した。

すると……。

「えっ?」

魔法陣が輝きだし、証明陣がぶわりと空中に広がる。
諦めていたノピーだったが、会場いっぱい広がる光に顔を上げた。

そこにあるのは、自分の描いた魔法陣。

ノピーの黄色い証明陣が会場を覆う。
それに呼応して現れた、赤い魔法陣がノピーの魔法陣に触れた途端、スッと色を失い溶けるように消えていく。
相殺消去というだけあって、黄色い魔法陣も同じくして消えていった。

シンと静まり返る会場で、アスドーラは言う。

「ノピー!成功じゃないかな!!」

素人のアスドーラに、詳しいことは分からなかったけれど、会場の様子を見れば明らかだった。

ザクソン主任もカウントダウンを忘れ、試験官の誰かが感嘆の声を漏らすほどに、見事な魔法陣であった。
これを成功と言わずしてなんと言うのだ。

アスドーラの問いかけに、ノピーは答えた。

「……成功だ。大成功だよッ!」

笑顔で飛び跳ねるノピー。
それを見て、自分まで嬉しくなるアスドーラ。

「……試験は終了だ!私よりも前にいる者は全員失格。後方にいる者は合格とする!」

ザクソンの宣言ギリギリに滑り込んだアスドーラも、当然合格。
こうして、第二次試験は幕を閉じた。





――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
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