牢獄の王族

夜瑠

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悔恨編

31. ヒルハside

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いつも通りの時間に起きていつも通り顔を洗う。

いつも通り歯を磨いたらいつも通り朝餉を作る。

そしていつも通りユルハ様の起床を待つ。


何事もなかったように今日もまたいつも通りの日々が始まる。始まらなければならない。


ただ、そんな思いは朝一番に崩壊していった。



「うわ…何その顔……ぶっさいくだな」

「……うるさい。さっさと帰れ」

「へいへい、主従揃って泣き虫かよ」


アレクシスの何気ない一言に胸が痛くなる。

主従揃って、ということはユルハ様も泣いていたのだろう。……私が素早く的確な対応を取らなかったばかりに…


そんな後悔がまた私の心を苛む。

涙に泣き腫らした瞼は視界を押しつぶすほど晴れあがっていた。


「……ユルハ様は…何か言っていたか……?」

「…………いや?特に何も?ああ『もっと奥抉って』とかならたけど?」

「……腐れ外道が……!!無礼だぞ…!」

「んー?あぁ、わりぃわりぃ」



こっちがどれだけ怒って睨みつけようと、包丁を突きつけようとこの男は変わらない。人を馬鹿にするように煽るような笑みを浮かべている。

そして咄嗟にこんな憎まれ口を叩いてしまったがこの男に頼みたいことがあったことを思い出す。


その為に今日は下手に出ようと決意していたのに……

 
「じゃあ、また来週な」

「ま、まて!」

ヒラヒラと手を振り出ていこうとするアレクシスのコートの裾を掴む。不思議そうな、迷惑そうな、どうとでも取れそうな顔を歪めた表情をした。

その顔に自分がとても都合が良いことを言っていることを認識する。


「……帰って欲しいのか居て欲しいのかどっちだよ」

「あ、あの…教えて欲しいことがあって…」

「なんだよ」


短気なこいつは既に少しイラついたような顔をした。それに申し訳ないような恐ろしいような心地になって身体がぶるりと震えた。

めんどくさそうにこちらを見下ろす双眸を気持ちを固めて見つめ返す。


「教えて欲しいんだよ」

「……なにを?」

「…………剣を」

「……!」


その言葉にアレクシスは目を見張った。ここまで驚く姿を初めて見た。そこまで意外なことだったか?
まぁ、剣なんて持ったことないしな。


「……理由は?」

「……昨日ユルハ様の目を見た村人の少年が悪魔だ、って言って逃げていった。私は少年がユルハ様に近づくことすら許してはいけなかったのに…だから剣を学んで誰もユルハ様に近付けないようにしたいんだ……」

「……………………」


アレクシスは目を瞑り何かを考えていた。

耳鳴りがしそうなほど静まり返った部屋は朝日の指す光が眩しかった。

バクバクと心臓が音を立てる。この音が相手にも聞こえているんじゃないかと思ってしまうほど。


長い間アレクシスは考えていた。


「……それは…相手を攻撃するための剣か……それともユルハを守るための剣か?」


口を開くと見たことも無いくらい真剣な顔をして尋ねられる。この男にとって剣がこれ程大切なものだとは思わなかった。ゴクリ、と固唾を呑む。

震える声で答える。


「……ゆ、るは様を守るため…あのお方を悲しませないため…」


「……そうか……………………そうか…」


そう応えるとまた目を瞑り何かを考えていた。

この男が剣を教えることの何を恐れているのか分からず自分はとても大変なことを頼んでしまったのでは?と不安になる。

それでも剣を学んで守りたい気持ちは変わらないためアレクシスをじっと見つめる。


「……分かった。」

「……え?」

「お前に俺の──俺たちの最強で最硬さいこうな流派を叩き込んでやる。を」

「──っほんとか!?あ、ありがとう…!!」


ニヤリと口端を不敵に上げ笑う。

守るための剣。

私が最も学びたい剣技に当てはまる呼び名に興奮する。


「じゃあまずは剣の調達と…服の採寸だな。」

「は?服?」

「そ。師匠が服こそ1番大事だって言ってたし俺もそう思うからな」

「は、はぁ…」


剣を学びたいと思ったのだがそのための服もあるのか。ずっと見世にいたため外の常識すら知らないのでそれがおかしいのか普通なのか全くわからない。

ただこれで主を守るための力を手に入れることができる。この事実が嬉しかった。


「で。いつやるの」

「……ユルハ様にバレないようにしたい」

「まぁあいつのための剣だしな。」

「……じゃあ今日みたいな日は?」

「あー、抱いた次の日…」

「言い方を考えろ無礼者!!」

「師匠だぞ…ま、いいぜ。じゃあ来週道具持ってきてやるよ」


楽しみにしてな、とわしゃわしゃと頭を撫でると次こそ本当にアレクシスは帰っていった。

今まで変態クズ野郎だと思っていたが意外と良い奴だった。

その事実に感謝して来週から学ぶ剣に思いを馳せる。


ユルハ様…きっと私が何者からも守って差し上げますから……






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