49 / 136
悔恨編
25.
しおりを挟む青い空。白い雲。清々しい風。
あと1歩踏み出せばもうそこは『領地町』
「いいか?絶対フードとるなよ?顔見せるなよ?もし見られたら全力で走って戻ってこい。」
「何回それ言うんだよ…分かったってば。はやく行きたいんだけど」
「ったくほんとに分かってんのか?ヒルハ頼むぞ?」
「はい。お任せ下さい。必ずやユルハ様を楽しませてみせます」
「いやその心配してないんだけど……はぁ、気をつけて行ってこいよ?」
「うん!お土産買ってきてやるよ!!」
ヒルハに街に行くことを提案してから10日。
何度も何度も毎日頼み込んでやっと了承を得た。深くフードを被って顔を見せないことと日が暮れる前に帰ってくることが条件だがその程度特に苦ではない。
ヒルハと揃いのロングコートをきて町を歩く。
フーレ子爵領の街で結構栄えている町らしい。子爵と町の入り口の人通りのないところで別れると少しずつ人が増えていくのが分かる。
「この町では甘味が有名らしいですよ。お昼に食べますか?」
「そうだな…食べてみようか」
「はい!あ、それとフーレ子爵の開発した繊維で織られたタオルも特産らしいです」
「へぇ。じゃあそれも買ってみようか。」
ヒルハも初めは俺が町に出ることに否定的だったが少しすると俺の味方になって子爵に掛け合ってくれるようになった。
そしてヒルハもこのお出かけを楽しみにしていたのか手帳にはこの領地の情報や今の流行りなどを調べてくれていたらしい。
顔は上げられず足元しか見えないがそれでも楽しい。
すれ違う人達の歩くスピードからその人の生活を想像して勝手に幸せとは何か考える。
でも結局俺は普通の生活なんて今のヒルハと2人の暮らしでしか経験したことないから全然想像できない。
少し上からヒルハの声が聞こえる。
街の人に挨拶をしているらしい。
「俺も挨拶しようか」
「……いや、多分今のままだと不審者になってしまたかと思います」
「……それもそうか」
確かにフードを深く被って全然顔も肌すらも見えない奴からの挨拶は不気味だろう。
歩くとそれに比例するかのように人が増える。人の話し声が大きくなる。笑い声が聞こえる。高い声、低い声、笑い声色んな声が飛び交う。
──これが…街か…
人生で1度だけ行った城下町はもっと静かだったように思う。協会の近くだったからかもしれないが。
ここにいる人達はみんな楽しそう。何がそんなに楽しいのか俺には分からない。何故そんなに笑っているのか。かと思えば泣き声が聞こえる。多分子供とやらの泣き声だろう。
ここは色んな感情の音が飛び交う不思議な場所。
「……ヒルハ…どんして皆笑ってるの?何か面白いものがあるの?」
つい我慢できずに聞くとしばらく経った後に答えてくれた。
「何も無いですよ。何も無いから笑うのです。」
「?面白くて楽しいから笑うんじゃないの?」
「……いいえ、感情を隠すため、感情を抑えるため、感情を発散させるため、色んな時に笑うんですよ」
「……難しいな」
ヒルハの言う笑う時の条件は難しい。俺が笑うのは客を挑発する時と楽しい、嬉しい時だけだ。それ以外でどうやって笑うのか分からない。何故笑うのかも。
「……人が増えてきて危ないので手を繋ぎましょう」
「……う、ん」
そう言ってヒルハは俺の視界からでも見えるところに手を差し出した。それにそっと手を重ねる。
ヒルハの体温が手を通じて俺に伝わる。
少し俺よりも冷たい手は心地よかった。初めてした手を繋ぐという行為がこんなに胸が苦しくなるなんて思わなかった。
町にも出かけられて手を繋ぐことが出来て、一日にこれだけ幸せなことが起きて良いのだろうか。
「あ、多分あれですよ甘味処!寄りますか?もう少ししてからにしますか?」
「……うーん、いやもう入ろうか」
「はい。では行きましょう」
低い3段程度の階段を上がりドアを開く。
内装は見えないが甘い香りと女性の「いらっしゃいませ」という声が聞こえる。
後でそれの意味を聞こうと思う。
ヒルハに手を引かれて椅子に座る。
注文とやらも全てヒルハが行ってくれた。
出された水を飲みながら再度思う。
こんなに良いことばかり起こっていいものか?
明日くらいに死んでしまうんじゃないか?
と、そこまで考えてまた、ふと思う。
……それでもいいか。どうせ誰も俺の命を求めていない。
今日はこの幸せな一日を、ただ楽しもうと思った。
23
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説
もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。
天海みつき
BL
何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。
自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
仮面の兵士と出来損ない王子
天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。
王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。
王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。
美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる