牢獄の王族

夜瑠

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悔恨編

25.

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青い空。白い雲。清々しい風。

あと1歩踏み出せばもうそこは『領地町』


「いいか?絶対フードとるなよ?顔見せるなよ?もし見られたら全力で走って戻ってこい。」

「何回それ言うんだよ…分かったってば。はやく行きたいんだけど」

「ったくほんとに分かってんのか?ヒルハ頼むぞ?」

「はい。お任せ下さい。必ずやユルハ様を楽しませてみせます」

「いやその心配してないんだけど……はぁ、気をつけて行ってこいよ?」

「うん!お土産買ってきてやるよ!!」


ヒルハに街に行くことを提案してから10日。

何度も何度も毎日頼み込んでやっと了承を得た。深くフードを被って顔を見せないことと日が暮れる前に帰ってくることが条件だがその程度特に苦ではない。

ヒルハと揃いのロングコートをきて町を歩く。

フーレ子爵領の街で結構栄えている町らしい。子爵と町の入り口の人通りのないところで別れると少しずつ人が増えていくのが分かる。


「この町では甘味が有名らしいですよ。お昼に食べますか?」

「そうだな…食べてみようか」

「はい!あ、それとフーレ子爵の開発した繊維で織られたタオルも特産らしいです」

「へぇ。じゃあそれも買ってみようか。」


ヒルハも初めは俺が町に出ることに否定的だったが少しすると俺の味方になって子爵に掛け合ってくれるようになった。
そしてヒルハもこのお出かけを楽しみにしていたのか手帳にはこの領地の情報や今の流行りなどを調べてくれていたらしい。

顔は上げられず足元しか見えないがそれでも楽しい。

すれ違う人達の歩くスピードからその人の生活を想像して勝手に幸せとは何か考える。

でも結局俺はの生活なんて今のヒルハと2人の暮らしでしか経験したことないから全然想像できない。

少し上からヒルハの声が聞こえる。

街の人に挨拶をしているらしい。



「俺も挨拶しようか」

「……いや、多分今のままだと不審者になってしまたかと思います」

「……それもそうか」


確かにフードを深く被って全然顔も肌すらも見えない奴からの挨拶は不気味だろう。   


歩くとそれに比例するかのように人が増える。人の話し声が大きくなる。笑い声が聞こえる。高い声、低い声、笑い声色んな声が飛び交う。


──これが…街か…


人生で1度だけ行った城下町はもっと静かだったように思う。協会の近くだったからかもしれないが。


ここにいる人達はみんな楽しそう。何がそんなに楽しいのか俺には分からない。何故そんなに笑っているのか。かと思えば泣き声が聞こえる。多分子供とやらの泣き声だろう。

ここは色んな感情の音が飛び交う不思議な場所。



「……ヒルハ…どんして皆笑ってるの?何か面白いものがあるの?」
 

つい我慢できずに聞くとしばらく経った後に答えてくれた。

「何も無いですよ。何も無いから笑うのです。」

「?面白くて楽しいから笑うんじゃないの?」

「……いいえ、感情を隠すため、感情を抑えるため、感情を発散させるため、色んな時に笑うんですよ」
  
「……難しいな」


ヒルハの言う笑う時の条件は難しい。俺が笑うのは客を挑発する時と楽しい、嬉しい時だけだ。それ以外でどうやって笑うのか分からない。何故笑うのかも。


「……人が増えてきて危ないので手を繋ぎましょう」

「……う、ん」


そう言ってヒルハは俺の視界からでも見えるところに手を差し出した。それにそっと手を重ねる。

ヒルハの体温が手を通じて俺に伝わる。

少し俺よりも冷たい手は心地よかった。初めてした手を繋ぐという行為がこんなに胸が苦しくなるなんて思わなかった。


町にも出かけられて手を繋ぐことが出来て、一日にこれだけ幸せなことが起きて良いのだろうか。


「あ、多分あれですよ甘味処!寄りますか?もう少ししてからにしますか?」

「……うーん、いやもう入ろうか」

「はい。では行きましょう」


低い3段程度の階段を上がりドアを開く。
内装は見えないが甘い香りと女性の「いらっしゃいませ」という声が聞こえる。
後でそれの意味を聞こうと思う。


ヒルハに手を引かれて椅子に座る。
注文とやらも全てヒルハが行ってくれた。

出された水を飲みながら再度思う。

こんなに良いことばかり起こっていいものか?
明日くらいに死んでしまうんじゃないか?

と、そこまで考えてまた、ふと思う。

……それでもいいか。どうせ誰も俺の命を求めていない。


今日はこの幸せな一日を、ただ楽しもうと思った。





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