牢獄の王族

夜瑠

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悔恨編

22. ヒルハside

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───嫌いだ。

あの男が憎い。ついこの間会ったのにもうユルハ様の信頼を得ている。毎週ユルハ様と最も深く通じ合える。ユルハ様が最も心を許している。

それなのに。

そうだと言うのにあの盗賊はユルハ様を無碍に扱う。

ユルハ様の身体を慰めるのが仕事だと言うのに一度昼前までユルハ様の身体を酷使したときは本気で殺してやろうかと思った。


しかしユルハ様を満足させられるのは今やあの男しかいない。忌々しいアレクシス=ヤルバートという盗賊崩れの犯罪者しか。



2人だけの生活はとても甘美なものだった。朝起きたらユルハ様のために食事を作り、共に朝食を食べ、洗濯をし、日向ぼっこをして、夜まで2人だけで生活を完結させる。
食料を届けにくるフーレ家の使用人は仕方ない。それは2人だけの生活を続けるために必要な人材だ。

そんな2人だけの幸せな生活は長くは続かなかった。


昼食の片付けが終わり自室にいたユルハ様にベッドのシーツの洗濯を持ちかけようとすると何度も無力感に苛まれながら聞き続けた声が聞こえた。

『あああああ!!!なんなんだよ!どうして!?どうして誰もあいしてくれないの!?!?どうしてみんな俺から離れていくの!?どうして!?なんでなの!?!?』


その時私は自分の胸に大きな杭が刺さるような錯覚に陥った。


私はただただ幸せな日々だった。ずっとこのまま、時が止まってしまえば良いとさえ思った。まるでミルネス様が客を取る前に戻ったみたいで。

けれどユルハ様はまたミルネス様の頃のようになってしまわれた。あの日々を思い出したくないからと私の名前に近づけて付けた名など意味を成さないかのように。

私の知らない間にユルハ様はこの生活の何かにストレスを感じていたのか?

そう思うと舞い上がっていた自分が酷く滑稽に思えた。



そして食料を届けにきていた使用人に子爵を呼ぶよう伝え一時的に落ち着いたユルハ様と3人で話分かった症状。

「セックス依存症」

そう言われたユルハ様は酷くショックを受けていたようだった。私もその表情から心境を察し辛くなった。しかし、それよりもその後にユルハ様の仰った言葉が私の胸を抉った。

『……良かった…じゃあヒルハに発情した訳じゃないのか…』


青白い顔でユルハ様はそう言った。


私もユルハ様と身体の関係を持ちたいなどと烏滸がましいことは思ったことは無いが直接そう言われると心に刺さるものがあった。ユルハ様にとって、ミルネス様にとって、セックスとは最も最上位の愛情表現だ。それを私とはしたくないと、胸を撫で下ろすほどに私を拒絶された。


私も男で少しだけユルハ様よりは身体は大きいというのに私ではその相手になりえなかった。
この2人だけの空間に他者が定期的に入る。

始まった子爵とユルハ様との情事の音を聞きながら私はただ呆然としていた。


私はユルハ様に愛を伝えられる存在ではなかった。ただの体の良い側仕え。

はは、と乾いた笑いがでた。

そりゃそうだ。どうしてユルハ様が私を愛してくれているなんて都合の良い思い込みをしていたのだろう。私たちの関係はただの主従であるのに。


そして新たに派遣されることになった男。アレクシス=ヤルバート。

そいつが子爵領の囚人だと、元盗賊だと聞いたとき声を失った。何故そんな卑しいやつがこの世で最も高貴であるユルハ様に触れることが許されようか。私が抗議しようとしてもユルハ様は誰でも良い、抱いてくれるのなら、と言うだけだった。


───ならば何故私は選ばれないのですか。


そしてあいつが来る日、私は新たに建てられた隣の小屋で夜を過ごすこととなった。それがなんとも哀れだった。惨めだった。

毎週その日は眠れずただユルハ様のことを考え続ける。


きっとこれは恋慕ではない。眩い輝きに卑賤の身の私が熱烈にあこがれているだけだ。



「……あ、ヒルハじゃん。今日もはやいな」


私の望んでも得られない立場に簡単に収まったこいつは信じられないことに私を呼び捨てる。私は名乗らなかったはずなのにいつの間にか知っていたので多分ユルハ様が洩らしたのだろう。ユルハ様ですから許しますけれども。


「………………」

「……なんでいつも無視すんのー」



何故この害獣は飽きもせず私に話しかけるのか。殴りたくなるからやめて欲しい。
  

「……今日もお前のご主人様のケツ掘ってきてやったっていうのに。……あ、こっち向いた」

「……っなんたる無礼か!今すぐその卑しい口を閉じろゴミムシが…!!」


あのお方に対してなんと礼を欠いた言い草なのか。私は射殺せそうなほどこのクソ男睨みつける。それでも男は飄々と笑うだけだった。元盗賊と言うだけあってガタイのいい男の顔は忌々しいことに身長があまり伸びず小柄な私の15センチほど上にある。


「……やっぱ口悪いよなぁ…お前。ユルハはヒルハは常に礼儀正しいとか言ってたけど。そんなの見たことねぇよ」

「ユルハ様を呼び捨てるな。貴様なんぞに礼儀など必要ない。礼を払って貰いたければ今すぐこの包丁で首でも落とせ。そうすれば丁寧に埋めてやる。」


ユルハ様のための食事を作っていたため手元にあった包丁を男に向ける。

すると男は何を思ったのかずんずんと無表情でこちらに近づいてくる。

「え、ちょ、なに、なんで近づいてくるんだ!?」

「……お前結構女顔だよな…」

「…………へ……?」

「俺ユルハよりお前の顔のが好きだわ」

「……なん、…は……?」


唐突に前髪を上げられ額に触れた男の体温に理解が追いつかない。

手に持っていた包丁も咄嗟に男から遠ざけてしまった。

この男が何を言っているのか全く理解出来ない。ユルハ様?私の顔?なんの話をしているんだ?

「ま、俺の仕事はあいつ抱くことだけだしあいつがどんな顔してよーと関係ないんだけど。あ、やば時間すぎたら怒られる。また来週~」

「え、あ、あぁ……また、らいしゅう…」


訳の分からないまま出ていった男を視線で追う。

そして来週の挨拶をしてしまったことをその後理解し酷く落ち込んだ。今日こそは来週から来るなと言いたかったのに…!!


私は少し目に涙を浮かべながらユルハ様のための食事を作りを再開した。



そして少しでもあの男のことを考えなくても良いようにユルハ様のことだけを考え続けた。
つまりいつも通りの思考をし続けた。

来週末、あの男に出会いませんようにと心のどこかで願いながら。















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