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九
婚約 (3)
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季節はもう夏の終わりで、藤原晃成と付き合い始めてから、四ヶ月が経とうとしていた。
残暑が厳しい中、パーティーに着ていくドレスを買ったり、新しい勤務先に着ていく服を買ったり、無職にしては、やや慌ただしく日々が過ぎていく。
そして、パーティー当日。
美容院で髪をセットし、メイクをバッチリし、ノースリーブのトップが白で、膝丈のスカートが赤いフラワープリントのカクテルドレスを着て、マンションを出る。
「きまってるじゃん」
濃紺のスーツに身を包んだ巧が、マンションの前で待っていた。
白いリムジンを背後に控えて。
「うっわー。どうしたの? そのリムジン」
「サービスだ。お前に迷惑かけるからさ」
「そんな、迷惑を掛けるなんてお互い様」
そう言いつつも、どこかの令嬢のようにエスコートされるのは嬉しい。
バーまであるリムジンの中で、ポンとシャンパンのボトルを開けてはしゃいだ。
「パーティーの前に飲み過ぎるなよ」
シャンパンを断って、巧が私に顔写真が載った資料を渡す。
「マダムと夫、その娘に関する資料だ」
マダムは、桐谷花枝という名前の、四十八歳、専業主婦。一人娘の麗香は二十三歳で家事手伝い。マダムの夫達朗五十一歳は日本MF信託銀行の常務で、パーティーは銀行の創立記念パーティーだ。
「マダムと夫は幼い頃からの幼馴染でって……マダムと夫の馴れ初めの情報なんて必要?」
「役に立つかも分からん。それより……あれから考えたんだけどさ、長年友達だったけど最近付き合い始めたという設定は、弱い気がしないか? マダムにつけ込まれる隙がある」
「じゃあ、結婚も念頭に入れているってことにする?」
「そうだな。あくまでも正式に婚約してないと言うことなら、問題ないだろ」
ホテルに着く前に、設定を少しばかり修正した。
リムジンが止まり、運転手がドアを開ける。
いざ出陣、と意気込んで入った高級ホテルの会場は、フォーマルに着飾った人々で華やかだった。
飲み物を持ってくると言って離れた巧が、お偉いさんっぽい人と雑談を交わしている。
壁際で一人ポツンと立ち、出番が来るのを待ち構えていた。
「中央にマダムを発見。近づいてくる」
巧は戻ってくると、私にワイングラスを渡しながら、覆面調査をする探偵バリに報告した。
私は中央の女性を見た。
胸元シースルーの派手なドレスを着た、オペラ歌手のような貫禄のある女性が、近づいてくる。
マダムが歩く方向に、サーっと人混みが割れた。
「巧さん、お待ちしていましたわ。お食事に誘っても、中々来ないんですもの。独身だとつい食事がおろそかになるでしょう? 自分の息子のように、心配してますのよ? 先日送った松坂牛は食べて頂けたかしら?」
マダムの美声が辺りに響く。
「お礼が遅れて申し訳ありません。彼女と美味しく頂きました。こちらがお付き合いをさせて頂いている、七瀬充希です」
松坂牛の話題で、巧がすかさず私を紹介する。
マダムの目がジロリと値踏みするように、私の頭からつま先を上下した。
「あなたが……」
「初めまして」
マダムに臆することなく、私は挨拶をする
「私も娘を紹介しますわ。麗香、こちらにいらっしゃい」
マダムに呼ばれ、後ろにいた背の高い黒髪ロングストレートの女性がやってくる。
「父と母がお世話になっています」と礼儀正しくお辞儀をした。
「お綺麗なお嬢様で……」
巧がにこやかに褒めると、マダムがホホホと勝ち誇ったように笑った。
「今から、乗り換えても遅くはありませんのよ?」
「いえ、彼女とは付き合い始めたばかりですが、幼い頃からの、結婚も念頭に入れて付き合っているので……」
このタイミングで、巧が私の手を握った。
「まあ……!」
マダムが驚愕する。
ここまでは、想定内だった。想定外だったのは――
「婚約なさってたなんて……おめでとう!」
正式に婚約したと勘違いされ、意外にもあっさり祝福されたことと――
「いや、結婚を念頭に入れているだけで、別に婚約しているわけでは――」
「念頭も何も、幼い頃からお互いを知っているなら、もう婚約したようなものよ。私と主人もそうやって出会って、結婚したんだから――あなた、ちょうどいいところに」
バシッと巧の腕を叩き、私の背後にいる人物に話しかける。
「佐倉巧さんがご婚約されたそうよ」
私と巧はマダムの夫の方を向き、瞬時に握っていた手を離した。
そこに立っていたのは、紛れもない私の婚約者――
藤原晃成が、マダムの夫の横に立っていた。
残暑が厳しい中、パーティーに着ていくドレスを買ったり、新しい勤務先に着ていく服を買ったり、無職にしては、やや慌ただしく日々が過ぎていく。
そして、パーティー当日。
美容院で髪をセットし、メイクをバッチリし、ノースリーブのトップが白で、膝丈のスカートが赤いフラワープリントのカクテルドレスを着て、マンションを出る。
「きまってるじゃん」
濃紺のスーツに身を包んだ巧が、マンションの前で待っていた。
白いリムジンを背後に控えて。
「うっわー。どうしたの? そのリムジン」
「サービスだ。お前に迷惑かけるからさ」
「そんな、迷惑を掛けるなんてお互い様」
そう言いつつも、どこかの令嬢のようにエスコートされるのは嬉しい。
バーまであるリムジンの中で、ポンとシャンパンのボトルを開けてはしゃいだ。
「パーティーの前に飲み過ぎるなよ」
シャンパンを断って、巧が私に顔写真が載った資料を渡す。
「マダムと夫、その娘に関する資料だ」
マダムは、桐谷花枝という名前の、四十八歳、専業主婦。一人娘の麗香は二十三歳で家事手伝い。マダムの夫達朗五十一歳は日本MF信託銀行の常務で、パーティーは銀行の創立記念パーティーだ。
「マダムと夫は幼い頃からの幼馴染でって……マダムと夫の馴れ初めの情報なんて必要?」
「役に立つかも分からん。それより……あれから考えたんだけどさ、長年友達だったけど最近付き合い始めたという設定は、弱い気がしないか? マダムにつけ込まれる隙がある」
「じゃあ、結婚も念頭に入れているってことにする?」
「そうだな。あくまでも正式に婚約してないと言うことなら、問題ないだろ」
ホテルに着く前に、設定を少しばかり修正した。
リムジンが止まり、運転手がドアを開ける。
いざ出陣、と意気込んで入った高級ホテルの会場は、フォーマルに着飾った人々で華やかだった。
飲み物を持ってくると言って離れた巧が、お偉いさんっぽい人と雑談を交わしている。
壁際で一人ポツンと立ち、出番が来るのを待ち構えていた。
「中央にマダムを発見。近づいてくる」
巧は戻ってくると、私にワイングラスを渡しながら、覆面調査をする探偵バリに報告した。
私は中央の女性を見た。
胸元シースルーの派手なドレスを着た、オペラ歌手のような貫禄のある女性が、近づいてくる。
マダムが歩く方向に、サーっと人混みが割れた。
「巧さん、お待ちしていましたわ。お食事に誘っても、中々来ないんですもの。独身だとつい食事がおろそかになるでしょう? 自分の息子のように、心配してますのよ? 先日送った松坂牛は食べて頂けたかしら?」
マダムの美声が辺りに響く。
「お礼が遅れて申し訳ありません。彼女と美味しく頂きました。こちらがお付き合いをさせて頂いている、七瀬充希です」
松坂牛の話題で、巧がすかさず私を紹介する。
マダムの目がジロリと値踏みするように、私の頭からつま先を上下した。
「あなたが……」
「初めまして」
マダムに臆することなく、私は挨拶をする
「私も娘を紹介しますわ。麗香、こちらにいらっしゃい」
マダムに呼ばれ、後ろにいた背の高い黒髪ロングストレートの女性がやってくる。
「父と母がお世話になっています」と礼儀正しくお辞儀をした。
「お綺麗なお嬢様で……」
巧がにこやかに褒めると、マダムがホホホと勝ち誇ったように笑った。
「今から、乗り換えても遅くはありませんのよ?」
「いえ、彼女とは付き合い始めたばかりですが、幼い頃からの、結婚も念頭に入れて付き合っているので……」
このタイミングで、巧が私の手を握った。
「まあ……!」
マダムが驚愕する。
ここまでは、想定内だった。想定外だったのは――
「婚約なさってたなんて……おめでとう!」
正式に婚約したと勘違いされ、意外にもあっさり祝福されたことと――
「いや、結婚を念頭に入れているだけで、別に婚約しているわけでは――」
「念頭も何も、幼い頃からお互いを知っているなら、もう婚約したようなものよ。私と主人もそうやって出会って、結婚したんだから――あなた、ちょうどいいところに」
バシッと巧の腕を叩き、私の背後にいる人物に話しかける。
「佐倉巧さんがご婚約されたそうよ」
私と巧はマダムの夫の方を向き、瞬時に握っていた手を離した。
そこに立っていたのは、紛れもない私の婚約者――
藤原晃成が、マダムの夫の横に立っていた。
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