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婚約 (3)

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 季節はもう夏の終わりで、藤原晃成と付き合い始めてから、四ヶ月が経とうとしていた。
 残暑が厳しい中、パーティーに着ていくドレスを買ったり、新しい勤務先に着ていく服を買ったり、無職にしては、やや慌ただしく日々が過ぎていく。

 そして、パーティー当日。
 美容院で髪をセットし、メイクをバッチリし、ノースリーブのトップが白で、膝丈のスカートが赤いフラワープリントのカクテルドレスを着て、マンションを出る。

「きまってるじゃん」

 濃紺のスーツに身を包んだ巧が、マンションの前で待っていた。
 白いリムジンを背後に控えて。

「うっわー。どうしたの? そのリムジン」

「サービスだ。お前に迷惑かけるからさ」

「そんな、迷惑を掛けるなんてお互い様」

 そう言いつつも、どこかの令嬢のようにエスコートされるのは嬉しい。
 バーまであるリムジンの中で、ポンとシャンパンのボトルを開けてはしゃいだ。

「パーティーの前に飲み過ぎるなよ」

 シャンパンを断って、巧が私に顔写真が載った資料を渡す。

「マダムと夫、その娘に関する資料だ」

 マダムは、桐谷花枝という名前の、四十八歳、専業主婦。一人娘の麗香は二十三歳で家事手伝い。マダムの夫達朗五十一歳は日本MF信託銀行の常務で、パーティーは銀行の創立記念パーティーだ。

「マダムと夫は幼い頃からの幼馴染でって……マダムと夫の馴れ初めの情報なんて必要?」

「役に立つかも分からん。それより……あれから考えたんだけどさ、長年友達だったけど最近付き合い始めたという設定は、弱い気がしないか? マダムにつけ込まれる隙がある」

「じゃあ、結婚も念頭に入れているってことにする?」

「そうだな。あくまでも正式に婚約してないと言うことなら、問題ないだろ」

 ホテルに着く前に、設定を少しばかり修正した。
 リムジンが止まり、運転手がドアを開ける。
 いざ出陣、と意気込んで入った高級ホテルの会場は、フォーマルに着飾った人々で華やかだった。
 飲み物を持ってくると言って離れた巧が、お偉いさんっぽい人と雑談を交わしている。
 壁際で一人ポツンと立ち、出番が来るのを待ち構えていた。 

「中央にマダムを発見。近づいてくる」

 巧は戻ってくると、私にワイングラスを渡しながら、覆面調査をする探偵バリに報告した。
 私は中央の女性を見た。
 胸元シースルーの派手なドレスを着た、オペラ歌手のような貫禄のある女性が、近づいてくる。
 マダムが歩く方向に、サーっと人混みが割れた。

「巧さん、お待ちしていましたわ。お食事に誘っても、中々来ないんですもの。独身だとつい食事がおろそかになるでしょう? 自分の息子のように、心配してますのよ? 先日送った松坂牛は食べて頂けたかしら?」

 マダムの美声が辺りに響く。

「お礼が遅れて申し訳ありません。彼女と美味しく頂きました。こちらがお付き合いをさせて頂いている、七瀬充希です」

 松坂牛の話題で、巧がすかさず私を紹介する。
 マダムの目がジロリと値踏みするように、私の頭からつま先を上下した。

「あなたが……」

「初めまして」

 マダムに臆することなく、私は挨拶をする

「私も娘を紹介しますわ。麗香、こちらにいらっしゃい」

 マダムに呼ばれ、後ろにいた背の高い黒髪ロングストレートの女性がやってくる。

「父と母がお世話になっています」と礼儀正しくお辞儀をした。

「お綺麗なお嬢様で……」

 巧がにこやかに褒めると、マダムがホホホと勝ち誇ったように笑った。

「今から、乗り換えても遅くはありませんのよ?」

「いえ、彼女とは付き合い始めたばかりですが、幼い頃からの、結婚も念頭に入れて付き合っているので……」

 このタイミングで、巧が私の手を握った。

「まあ……!」

 マダムが驚愕する。
 ここまでは、想定内だった。想定外だったのは――

「婚約なさってたなんて……おめでとう!」 

 正式に婚約したと勘違いされ、意外にもあっさり祝福されたことと――

「いや、結婚を念頭に入れているだけで、別に婚約しているわけでは――」

「念頭も何も、幼い頃からお互いを知っているなら、もう婚約したようなものよ。私と主人もそうやって出会って、結婚したんだから――あなた、ちょうどいいところに」

 バシッと巧の腕を叩き、私の背後にいる人物に話しかける。

「佐倉巧さんがご婚約されたそうよ」

 私と巧はマダムの夫の方を向き、瞬時に握っていた手を離した。

 そこに立っていたのは、紛れもない私の婚約者――
 藤原晃成が、マダムの夫の横に立っていた。
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