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ドキドキの温泉旅行 (1)

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 数百メートル先で待ち構えるように聳える、カラフルに光る物体は――

「観覧車……」

 幼い頃から憧れて止まない、でも乗ることが叶わなかった乗り物。
 呆然と眺めていると、後ろから彼が私の肩をフワリと抱く。

「高所恐怖症が治ったら、観覧車に乗りたかったんだろ? 前回、屋上に行った時、君が割と平気そうだったから、観覧車に乗っても大丈夫だろうと思って」

「もしかして、観覧車から花火を眺めるってこと?」

 湖を望むこの観覧車から眺める花火が、人気なのは知っている。
 既に観覧車の前は、見るからに長蛇の列だ。

「実は……ゴンドラを一つ貸し切ったんだ」

「えっ?」

 驚いて振り向くと、拍子に、彼が軽く私の頬にキスをする。
 ドドーンと音が轟いて、花火が夜空に舞い上がった。

「始まった。急ごう」

 人混みの中を、彼が私の手を引いて歩き出す。
 貸切の観覧車、さりげなく公共の場でされたキス、次々に打ち上げられる花火……
 頭が飽和して、フワフワしている。

「紫のゴンドラにどうぞ」

 スタッフに誘導されるまま、私は彼と観覧車に乗り込んだ。
 花火が見える側に私を座らせ、彼が隣に座る。
 ゴンドラのドアが閉まると、花火の音がいくらか小さくなった。
 地上がどんどん離れて行く。

「大丈夫か?」

 身体を強張らせる私の肩を、彼が抱き寄せる。
 スゥーっと私の身体から、余分な力が抜けた。

「夢を見ているみたい……」

 華やかに夜空を彩る花火を眺めながら、ホッと息をつく。
 こんなサプライズが用意されていたなんて。
 先ほどの不安が、私の中から消えて行く。
  これ以上ないくらい、私の胸が満たされていた。

「ありがとう。こんな素敵な夜をプレゼントしてくれて」

 格別に美しく見える花火に見とれながら、私は言った。

「本当のプレゼントはこれからだ」 

 彼が囁く。
 彼の声にどこか緊張を感じ、私は彼を見上げた。
 ちょうどゴンドラが頂点に差し掛かったところだった。

 彼が私に唇を重ねる。
 完璧なタイミングでのロマンチックな甘いキスで、私をうっとりさせながら、彼が小さな箱を私に渡す。

「これは……?」

「紫のゴンドラに乗るカップルは永遠に結ばれる、というジンクスがあるんだ」

 そう言うと、彼が私の額にキスをする。
 永遠に結ばれる……
 おとぎ話のような言葉を夢心地で聞きながら、綺麗に包装された箱を開けた。

 中には黒いベルベットのケースが入っていた。
 何も見当がつかなかった私は、ケースを開けて目を見張った。
 中でダイヤモンドが輝いていた。
 舞い上がる花火の光を反射し、きらきらと光っている。
 何で……?

「充希」

 彼に珍しく名前で呼ばれ、不意を突かれたように顔を上げる。

「結婚しよう」 

 彼の真剣な眼差しが、私の瞳を捉えた。
 思いがけない彼のプロポーズに、私の頭が真っ白になる。

「君と見合いをした時から、念頭に置いていた。一生側にいてほしい」

 ダイヤモンドが入ったケースを持つ私の両手を、彼が包み込むように握る。
 派手な花火の音が鳴り響く中、私と彼はそのまま無言で見つめ合っていた。
 答えようと口を開くのに、動転して声にならない。

「返事は今無理にしなくていい」

 私が迷っていると取った彼が、手を放す。

「ちっ違うの」

 私は慌ててその手を引き止めた。
 私の返事は決まってる――イエスだ。

「驚くと、声を失う癖があって……」 

 はにかみながら言葉を探す私を、彼が辛抱強く待つ。
 花火が突然止み、静寂に包まれる。

「一生、よろしくお願いします」

 暗闇の中、ようやく浮かんだ言葉を言った瞬間、祝福するように盛大な花火が轟いた。

 彼と結婚するんだ……

 実感を噛みしめる間も無く、彼に抱きしめられる。
 彼の心臓が、私にも伝わるほど大きな音を立てていた。

「……君に断られやしないかと、緊張しっぱなしだったんだ」

 私の肩に頭を持たれた彼が、大きく息を吐く。
 弱さをさらけ出す彼が珍しくて、私は思わず彼の髪を撫でた。

「……藤原さんでも緊張するんだ。全然しなさそうなのに」

 キツく私を抱きしめていた、彼の腕が緩む。

「こんなに緊張したのは初めてだ。君のことになると、何も分からなくなるんだ。……旅行なのに無口で悪かった」

「あ、だから? 私の浴衣姿に何もコメントがなかったのも、このせいだったんだ」

 思い悩んだことが馬鹿らしくなって、私は笑った。
 彼がハッとしたように私を引き離し、

「綺麗だ」

 と、初めて気づいたように私の浴衣姿を眺める。
 私にアタフタする彼が、何だかとっても愛しい。
 彼への想いが込みあげて、次の瞬間、知らずに大胆な行動に出ていた。

 私は唇を彼の唇に重ねていた。

 彼の唇は動かなかった。
 反応の無さに唇を離そうとすると、彼が私の背に手を回し、即座にキスを深める。
 私の唇に割って入ってくる彼の舌が熱い。
 このまま彼とキスをしていたかったのに……

「浴衣が乱れる」

 キスがヒートアップする前に、彼が私から離れた。
 物足りなさに彼を見ると、彼が切なそうな眼差しで私を見ていた。
 その背後に、地上が見える。
 貸切だから降りなくていいけど、係員さんや列に並んでいる人達からは丸見えだ。

「……観覧車初体験なのに、自粛しないと」

 くるりと彼に背を向け、浴衣を直す。
 フッと笑うと、彼が後ろから抱き寄せる。
 愛撫をするように、彼が私の髪に顔を埋めた。
 何気ない彼のスキンシップに、胸をキュンキュンさせられる私。

 紫のゴンドラはそんな私達を乗せ、何回も何回も周った。
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