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セカンドバージン (2)

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 千夏の幸せは、私の結婚にかかっている。
 セカンドバージンを拗らせている場合ではない。

 お盆の三日間、久しぶりに家族四人で水入らずで過ごし、千夏とも溝を埋めた後、決意を新たに私は故郷を後にした。
 彼にどうしようもない程惹かれているし、同様に、彼も私に惚れ込んでいる……という、いわば希望的観測がある。
 巧をよく思ってないのに黙認してくれているし、私を大切に想ってくれているのは確かだと思う。
 これ以上、彼を待たせる理由はどこにもない。

 のどかな田園がポツポツと家が立ち並ぶ住宅街に変わリ、そのうちマンションやビルが密集する街並みに変わる。電車から見える風景にボンヤリと目を向けながら、頭の中は彼のマンションに戻った時、彼を誘う計画で一杯だった。
 勝負下着をいくつか買って、それから彼が戻って来る前にシャワーを浴びて……
 今夜は私から高所恐怖症トレーニングに誘ってみよう。
 雰囲気が出るように、屋上でキャンドルを灯すのもいいかもしれない。昔、プレゼントにもらったことのあるアロマキャンドルは、癒されるような香りを醸し出していた。私の緊張もほぐしてくれるだろう。でも、何という香りだったっけ?

 結局思い出せないまま、彼のマンション近くの駅に着く。
 計画通り、駅前の百貨店で数多あるセクシー系ランジェリーの中から、時間を掛け三着の勝負下着を厳選すると、キャンドルを探した。
 駅前の雑貨屋さんにはキャンドルがあまり置かれていなかったので、キャンドルの専門店をネットで探し、バスで向かうこと一時間。鼻の感覚が麻痺するほどキャンドルの香りを嗅ぎ、かつて使ったことのある癒しのアロマキャンドルを見つけた。

 これがあれば、セカンドバージンを乗り越えられる。
 そんな根拠のない自信に満ちて、帰路に着く。

 でも、物事にはタイミングというものがあって――

 彼のマンションに戻ると、早速シャワーを浴びた。
 身体を念入りに洗い、バスタオルで身体を拭き、さあ買いたての勝負下着を着ようとしたところ、買った下着をソファーに置き忘れたことに気づく。
 そろりとドアを開け、彼がまだ帰ってきてないことを確かめた。
 シャワーを浴びたのが、八時前だから今は八時半にもなってないはず。普段、この時間に彼が帰って来ることはない。まだ大丈夫だろうと思い、思い切って、タオルを体に巻いたままの格好で、下着を取りに行った。
 ところが――

 下着が入った袋を掴んだところで、玄関のドアがガチャっと開く。
 入ってきたのは、他でもなく、もちろん藤原晃成だ。
 ワンルームマンションは玄関のドアを開けると、いきなり居間だから、当然、タオルだけ巻いた私が丸見えなわけで……

 呆然と立ち尽くす私の体を、彼の視線が上下する。
 カァーと恥ずかしくなって、バスルームに逃げようとした。
 拍子に、ハラリとタオルが床に落ちる。

 バッチリ見られてしまった。
 斜め後ろの角度から、私の全裸を。 

「み、見ないで」

 腕で胸を隠しながら、しゃがみこんだ。

「悪い。つい……」

 バタンと音がして、彼が出て行く。

 心臓のバクバクする音が収まらない。
 バスルームにたどり着くと、全裸のまま床に手をついた。
 こんなはずでは……

 彼を誘うつもりだったのに、不意打ちで裸を見られるなんて。
 衝撃が大きすぎて、今夜は彼とまともに顔を合わせられそうにない。
 それでも気を落ち着かせて、彼と屋上に行くべく、私は身支度を整えた。

 彼は中々戻って来なかった。
 等々待ちくたびれて、私はパジャマに着替えると、ベッドに潜った。

 彼がいつ帰ってきて、いつ仕事に出かけたのか、分からない。

 次の日からだった。
 彼の仕事が前に増して、急激に忙しくなったのは。
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