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四
彼と実家へ行くことになるなんて!? (4)
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あの時、ホテルでクマゾウを取りに行くという彼の申し出を断っていれば。
お見合いで遅刻した彼を待たずに、帰っていれば。
お見合いを断っていれば。
結婚相談所に入会しなければ。
高所恐怖症を治そうと東尋岬に行かなければ。
東尋岬でクマゾウを落とさなければ。
幼い頃、高所恐怖症にならなければ。
――彼と出会うこともなかったのに。
東尋岬の駐車場で、クマゾウを取りに行った彼を待っていた。
あんなにクマゾウを取り戻したかったはずなのに、今となってはそれが私の望んでいることなのか分からない。
クマゾウを取り返すという本来の目的を忘れて、私は彼と一緒にいられることだけに気持ちが集中していた。
それも、もう終わる。
クマゾウを取り返した後は――一緒にいる理由を失う。
駐車場の入り口に彼の姿が見えた。
傾いた陽の光を背に、彼が戻って来る。
彼が近づくと、私は車から降りた。
「ありがとう」
手を差し出す私の手のひらに、彼がクマゾウを乗せる。
彼の指が私の手に触れた。
気のせいか、彼の指が私に触れたまま止まったような気がして、彼を見上げた。
私と目が合う前に、彼が指を離す。
終わったんだ。
もう触れることもない、彼の指の感触を留めるように、私はクマゾウをギュッと握った。
帰り道は、何も起こらなかった。
車が動かないような渋滞もなく、イノシシが飛び出してくることもなかった。
赤信号でさえ、直ぐに青に変わった。
一刻一刻と、彼と別れる時が近づいていく。
運転席の彼は、私の住所を聞いただけで、始終無言だった。
私の彼への気持ちはもはや否定できない。
本当のところ、彼はどうなのだろう?
少しは私に気持ちがあるのではないかと思うのは、うぬぼれだろうか?
淡い期待とそれを否定する気持ちが交差する。
途中、激しく雨が降りだした。
それでも彼は車の速度を緩めない。
一時でも別れの時間を早めるように。
全ては成り行きで起こったことだと、彼の私への気持ちを否定する説をついに受け入れたとき、私は別れ際の言葉を考えていた。
「迷惑を掛けてごめんなさい。クマのマスコットをありがとう」
アパートに着いたら、そう言おう。
私の気持ちを悟られないように、重く感じさせないように、明るく言おうと心に決めた。
そのうち雨が止んで、見慣れた街並みに着く。
彼の車がキッと音を立て、私のアパートの正面に止まった。
言おう。今言わないと。
そう思っているのに、中々言葉が出てこない。
彼も黙ったまま、ただ運転席に座っていた。
空に晴れ間が広がっていく。
「――散々迷惑を掛けてごめんなさい。クマのマスコットをありがとう」
ようやく心の準備が出来て、笑顔で言うことが出来た。
笑顔を返すこともなく、彼が私を見つめる。
「この二日間、ハチャメチャだったけど、楽しかった」
昨日お見合いをしただけの彼と野宿したり、実家に行ったり。
思い返す私に本物の笑顔が戻る。
「クマのマスコットを命がけで取り戻してくれたヒーローとして、藤原さんのことは決して忘れないから」
私の冗談に、彼が戸惑った表情をする。
彼はまだ何も別れの言葉を言っていない。でも、これ以上長引かせても辛くなるだけ。
私はドアを開けた。
彼に背を向けて、車から降り立つ。
私の泥だらけの靴が雨上がりのアスファルトに着く直前――
「待て」
彼が私の腕を掴んだ。
振り返る間もなく、私は助手席へ戻される。
彼の手が私の頭に回され、グイッと彼の方へ引き寄せられた。
そして――彼の唇が私の唇に重なっていた。
「連絡する」
目を見開いたままの私に、唇を少し離して彼が囁く。
最後に、もう一度深く味わうようにキスをすると、ようやく私を解放した。
彼の車が去っていく。
全身の力を奪うようなキスからふと我に返ると、空に虹がかかっていた。
お見合いで遅刻した彼を待たずに、帰っていれば。
お見合いを断っていれば。
結婚相談所に入会しなければ。
高所恐怖症を治そうと東尋岬に行かなければ。
東尋岬でクマゾウを落とさなければ。
幼い頃、高所恐怖症にならなければ。
――彼と出会うこともなかったのに。
東尋岬の駐車場で、クマゾウを取りに行った彼を待っていた。
あんなにクマゾウを取り戻したかったはずなのに、今となってはそれが私の望んでいることなのか分からない。
クマゾウを取り返すという本来の目的を忘れて、私は彼と一緒にいられることだけに気持ちが集中していた。
それも、もう終わる。
クマゾウを取り返した後は――一緒にいる理由を失う。
駐車場の入り口に彼の姿が見えた。
傾いた陽の光を背に、彼が戻って来る。
彼が近づくと、私は車から降りた。
「ありがとう」
手を差し出す私の手のひらに、彼がクマゾウを乗せる。
彼の指が私の手に触れた。
気のせいか、彼の指が私に触れたまま止まったような気がして、彼を見上げた。
私と目が合う前に、彼が指を離す。
終わったんだ。
もう触れることもない、彼の指の感触を留めるように、私はクマゾウをギュッと握った。
帰り道は、何も起こらなかった。
車が動かないような渋滞もなく、イノシシが飛び出してくることもなかった。
赤信号でさえ、直ぐに青に変わった。
一刻一刻と、彼と別れる時が近づいていく。
運転席の彼は、私の住所を聞いただけで、始終無言だった。
私の彼への気持ちはもはや否定できない。
本当のところ、彼はどうなのだろう?
少しは私に気持ちがあるのではないかと思うのは、うぬぼれだろうか?
淡い期待とそれを否定する気持ちが交差する。
途中、激しく雨が降りだした。
それでも彼は車の速度を緩めない。
一時でも別れの時間を早めるように。
全ては成り行きで起こったことだと、彼の私への気持ちを否定する説をついに受け入れたとき、私は別れ際の言葉を考えていた。
「迷惑を掛けてごめんなさい。クマのマスコットをありがとう」
アパートに着いたら、そう言おう。
私の気持ちを悟られないように、重く感じさせないように、明るく言おうと心に決めた。
そのうち雨が止んで、見慣れた街並みに着く。
彼の車がキッと音を立て、私のアパートの正面に止まった。
言おう。今言わないと。
そう思っているのに、中々言葉が出てこない。
彼も黙ったまま、ただ運転席に座っていた。
空に晴れ間が広がっていく。
「――散々迷惑を掛けてごめんなさい。クマのマスコットをありがとう」
ようやく心の準備が出来て、笑顔で言うことが出来た。
笑顔を返すこともなく、彼が私を見つめる。
「この二日間、ハチャメチャだったけど、楽しかった」
昨日お見合いをしただけの彼と野宿したり、実家に行ったり。
思い返す私に本物の笑顔が戻る。
「クマのマスコットを命がけで取り戻してくれたヒーローとして、藤原さんのことは決して忘れないから」
私の冗談に、彼が戸惑った表情をする。
彼はまだ何も別れの言葉を言っていない。でも、これ以上長引かせても辛くなるだけ。
私はドアを開けた。
彼に背を向けて、車から降り立つ。
私の泥だらけの靴が雨上がりのアスファルトに着く直前――
「待て」
彼が私の腕を掴んだ。
振り返る間もなく、私は助手席へ戻される。
彼の手が私の頭に回され、グイッと彼の方へ引き寄せられた。
そして――彼の唇が私の唇に重なっていた。
「連絡する」
目を見開いたままの私に、唇を少し離して彼が囁く。
最後に、もう一度深く味わうようにキスをすると、ようやく私を解放した。
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全身の力を奪うようなキスからふと我に返ると、空に虹がかかっていた。
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