上 下
17 / 60

彼と実家へ行くことになるなんて!? (2)

しおりを挟む
 母の性格を一言で言うなら、心配性だ。
 二十八歳でまだ独身だと、私の身の上を案じている。
 だからお見合いがバレようものなら、どうなることか。
 平均初婚年齢が三十歳に到達しようとしている現代で、どういうわけだか母の結婚適齢年齢は二十四歳だった。
 あんな逃げ方をして、母を変な方向に心配させたかも。
 と懸念しながら台所に戻ると、甚平を着た父が新聞を読みながらサンドイッチを食べていた。

「――彼氏を連れてきたんだってな」

 眼鏡の奥からチラリと私を見ると、新聞に目を落としてポツリと聞く。
 父の白髪混じりの眉が一瞬歪んだ。
 想定外の重さにヒヤリとする。

「やだ、お父さんたら。勘違いよ。事情があって一緒に実家に寄っただけで、彼氏じゃないの」

 明るく言って、母と同様の曖昧な説明で取り繕うとした。
 それでも硬い表情を崩さない父に、私の笑顔も硬くなる。

「お風呂に入ってくる」と台所を後にした。

 彼のことをどう説明しよう?

 上司で出張でたまたま近くまで来たから一緒に来た、という言い訳が一番楽なのだけど。
 こんな時に私は失業しているなんて、と自分に苛つく。
 余計な心配を掛けたくないから、父と母には失業したことは伏せてあるし。
 それだと、彼にも口裏を合わせないといけない。
 彼にそんなことお願いできるわけがない。
 湯船に浸かりながらアレコレ考えたけど、何も思いつかなかった。

 そのうち野宿の疲れもあって、ウトウトしてしまう。
 お風呂から上がった頃には、既に十時を回っていた。
 髪の毛をドライヤーで乾かす。
 ジャージに着替えて、鏡の前で髪を上げてみたり下ろしてみたり。
 どんな髪型をしても、ジャージ姿の私はいまいちパッとしない。
 結局、自分の部屋に戻ると、ドレスに着替えた。

 きしむ階段を降り立つ私の足に、ドレスの裾が軽やかにまとわりつく。
 応接間に向かうと、玄関先でアストンマーティンを眺めながら、母が近所のおばさんと話をしていた。

「きっとそうなのよ」

「そうなのかしら……」

「絶対そうよ」

 近所のおばさんが、鼻息荒く息巻いている。

「でも……」と母が首を傾げた。

 きっと私と彼のことだ。
 私はピンときた。これだから田舎は……
 明日には町内中、私と彼の噂で持ちきりになるにちがいない。
 やれやれと二人に気づかれないように、静かに応接間をノックした。

「悪い。もう少しで終わる――」

 応接間に入ると、彼は今朝と変わらずパソコンに向かっていた。
 会議は終わったらしく、パソコンのキーボードを叩く音だけが聞こえる。
 パソコンの画面から私に視線を移した彼の手が止まった。
 シフォンドレスを着ている私を、別人でも見るようにまじまじと眺めている。

「き、着替えがこれしかなかったの」

 あまり見ないで欲しいんだけど。すっぴんだし……
 絡むような彼の視線に、カアッと血が昇るのを感じる。

「じゃあ、台所で待っているから」

 彼の視線から逃れるように、部屋を出た。
 廊下に出てドアを閉めるなり、へなっと床に座り込んだ。

 どうかしている。
 彼に見つめられただけで、こんなに胸がドキドキしてしまうなんて。
 体に力が入らない。
 私は廊下に座りながら、気怠い心地よさに包まれていた。

 このまま浸っていたい――

 とか思っていると、井戸端会議を終えた母が家の中に入ってきた。
 即座に、シャキッと立ち上がった。
 母はと言うと、ショックでも受けたように口を手で塞いでいる。
 ちょっと不審そうに廊下に座っていたからって、そんなに驚かなくても……

「ドレスに着替えたの?」

「え? う、うん」

 まるで事件を目撃したかのような母のリアクションに、私は戸惑う。

「私もこうしちゃいられないわね」

 意味不明の言葉をつぶやいて、「お父さんっ」と父を呼びながらバタバタと立ち去った。
 ドレスに着替えたのがまずかった?
 不可解な母の反応に首を捻りながら、台所に向かった。

 お湯を沸かしてお茶を入れて、「結婚しないわが子」と見出しがついた母の雑誌を読む。
 二杯目の熱いほうじ茶を入れたところで、母が再びやって来た。
 お色直しでもするかのように、一番上等の着物に着替えている。
 頬紅と口紅も一層濃くなっていた。

「結婚式にでも行くの?」

 気合が入った母に、呑気にズズっとお茶を飲みながら聞いた。

「んもう、やあね。この子ったら」

 私にからかわれたかのように、母が笑いながら背中をバシッと叩く。
 反動でお茶をこぼしそうになって、「やめてよ」とハイな母に抗議した。
 そこへ、

「チワーッス。三郎寿司です」

 と威勢のいい声が玄関に響く。

「えー? お寿司取ったの?」

「当たり前じゃない。藤原さんのキリがいいところで、お座敷にお通して」

 いそいそと母は玄関に向かった。
 まさかとは思うけど、これは……
 ある嫌な予感が私の頭をよぎる。
 でもいくらなんでもそこまではない、とその予感を振り払うと、応接間に向かった。

 ノックをすると、直ぐにドアが開いて、私はマキシ丈のドレスを着ているわけでもないのに、何でもない所でつまづく。
 その先にあったのは、私を受け止める彼の胸。

「ようやく片付いた」

 耳元で囁かれ、彼に抱きしめられている自分に気が付いた。
 彼の腕が私の背中に回されている。
 背後には、お寿司を配達しに来た板前さんと勘定のやり取りをしている母がいる。

「……母がお寿司を取ったの。お昼一緒に付き合ってもらってもいい?」

 彼の胸に手を置いて体を離した。
 体から抱擁の余韻が抜けきらない。
 まともに彼の顔が見られず、俯いてしまった。
 そんな私に対して彼はと言えば、「気を使わせて申し訳ないな」とごく普通に答えると、「一つ片づけるのを忘れた」とパソコンに戻る。

 何でもなかったように。

 胸がチクリと傷んだ。
 確信してしまった。
 抱き合うとか、唇をなぞるとか、そんなことはやっぱり挨拶程度なんだ、と。
 そんな彼に苛立ちさえ感じた。
 だから女性に勘違いされて、ビジネスにも支障をきたすんじゃないの? 

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、彼を応接間のすぐ隣にある座敷に案内すると――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世界最強賢者の子育て~人狼の幼女を最強の冒険者に育てます~

たまゆら
ファンタジー
絶海の孤島で魔法の研究に明け暮れていた大賢者のユーシス。 そこへある日、狼王キングダイアウルフが、人狼の幼女ルーナを連れて訪れる。 ワケあって、狼王はルーナの教育をユーシスに依頼する。 依頼を引き受けたユーシスは、ルーナと共に人の住む大陸へ繰り出す。 そして、ルーナを強くする為、冒険者となるのだった。 これは世界最強の大賢者と人狼の幼女が人の住む世界で成長していく物語。

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

稀代の癒し手と呼ばれた婚約者を裏切った主様はすでに手遅れ。

ぽんぽこ狸
BL
 王太子であるレオンハルトに仕えているオリヴァーは、その傍らでにっこりと笑みを浮かべている女性を見て、どうにも危機感を感じていた。彼女は、主様に婚約者がいると知っていてわざわざ恋仲になったような女性であり、たくらみがあることは明白だった。  しかし、そんなことにはまったく気がつかないレオンハルトはいつもの通りに美しい言葉で彼女を褒める。  レオンハルトには今日デビュタントを迎える立派な婚約者のエミーリアがいるというのに、それにはまったく無関心を決め込んでいた。  頑ななその姿勢が何故なのかは、オリヴァーもわからなかったけれども、転生者であるオリヴァーはどこかこんな状況に既視感があった。それはネットで流行っていた痛快な小説であり、婚約者を裏切るような王子は破滅の未知をたどることになる。  そういう王子は、何故か決まって舞踏会で婚約破棄を告げるのだが、まさかそんなことになるはずがないだろうと考えているうちに、レオンハルトの傍らにいる女性が彼を煽り始める。  それを皮切りに小説のような破滅の道をレオンハルトは進み始めるのだった。  七万文字ぐらいの小説です。主従ものです。もちろん主人公が受けです。若干SMっぽい雰囲気があります。エロ度高めです。  BL小説は長編も沢山書いてますので文章が肌に合ったらのぞいていってくださるとすごくうれしいです。

ゲームの《裏技》マスター、裏技をフル暗記したゲームの世界に転生したので裏技使って無双する

鬼来 菊
ファンタジー
 飯島 小夜田(イイジマ サヨダ)は大人気VRMMORPGである、『インフィニア・ワールド』の発見されている裏技を全てフル暗記した唯一の人物である。  彼が発見した裏技は1000を優に超え、いつしか裏技(バグ)マスター、などと呼ばれていた。  ある日、飯島が目覚めるといつもなら暗い天井が視界に入るはずなのに、綺麗な青空が広がっていた。  周りを見ると、どうやら草原に寝っ転がっていたようで、髪とかを見てみると自分の使っていたアバターのものだった。  飯島は、VRを付けっぱなしで寝てしまったのだと思い、ログアウトをしようとするが……ログアウトボタンがあるはずの場所がポッカリと空いている。  まさか、バグった? と思った飯島は、急いでアイテムを使用して街に行こうとしたが、所持品が無いと出てくる。  即行ステータスなんかを見てみると、レベルが、1になっていた。  かつては裏技でレベル10000とかだったのに……と、うなだれていると、ある事に気付く。  毎日新しいプレイヤーが来るゲームなのに、人が、いないという事に。  そして飯島は瞬時に察した。  これ、『インフィニア・ワールド』の世界に転生したんじゃね?  と。  取り敢えず何か行動しなければと思い、辺りを見回すと近くに大きな石があるのに気付いた。  確かこれで出来る裏技あったなーと思ったその時、飯島に電流走る!  もしもこの世界がゲームの世界ならば、裏技も使えるんじゃね!?  そう思った飯島は即行その大きな岩に向かって走るのだった――。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています。

ファーストカット!!!異世界に旅立って動画を回します。

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)
BL
トップ高校生we tuberのまっつんこと軒下 祭(のきした まつり)、17歳。いつものように学校をサボってどんなネタを撮ろうかと考えてみれば、水面に浮かぶ奇妙な扉が現れた。スマホのカメラを回そうと慌てる祭に突然、扉は言葉を発して彼に問い掛ける。 『迷える子羊よ。我の如何なる問いに答えられるか。』 扉に話しかけられ呆然とする祭は何も答えられずにいる。そんな彼に追い打ちをかけるように扉はさらに言葉を発して言い放った。 『答えられぬか…。そのようなお前に試練を授けよう。…自分が如何にここに存在しているのかを。』 すると祭の身体は勝手に動き、扉を超えて進んでいけば…なんとそこは大自然が広がっていた。 カメラを回して祭ははしゃぐ。何故ならば、見たことのない生物が多く賑わっていたのだから。 しかしここで祭のスマホが故障してしまった。修理をしようにもスキルが無い祭ではあるが…そんな彼に今度は青髪の少女に話しかけられた。月のピアスをした少女にときめいて恋に堕ちてしまう祭ではあるが、彼女はスマホを見てから祭とスマホに興味を持ち彼を家に誘ったのである。 もちろん承諾をする祭ではあるがそんな彼は知らなかった…。 ドキドキしながら家で待っていると今度は青髪のチャイナ服の青年が茶を持ってきた。少女かと思って残念がる祭ではあったが彼に礼を言って茶を飲めば…今度は眠くなり気が付けばベットにいて!? 祭の異世界放浪奮闘記がここに始まる。

堕ちた英雄

風祭おまる
BL
盾の英雄と呼ばれるオルガ・ローレンスタは、好敵手との戦いに敗れ捕虜となる。 武人としての死を望むオルガだが、待っていたのは真逆の性奴隷としての生だった。 若く美しい皇帝に夜毎嬲られ、オルガは快楽に堕されてゆく。 第一部 ※本編は一切愛はなく救いもない、ただおっさんが快楽堕ちするだけの話です ※本編は下衆遅漏美青年×堅物おっさんです ※下品です ※微妙にスカ的表現(ただし、後始末、準備)を含みます ※4話目は豪快おっさん×堅物おっさんで寝取られです。ご注意下さい 第二部 ※カップリングが変わり、第一部で攻めだった人物が受けとなります ※要所要所で、ショタ×爺表現を含みます ※一部死ネタを含みます ※第一部以上に下品です

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...