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不運の始まり

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 クマゾウを失った日を境に、私の生活は転落した。

 勤めていた不動産会社の経営悪化が判明。
 解雇を言い渡されたその日に、彼氏に振られる。
 付き合って一ヶ月も経つのにキスしかさせてくれないから、というくだらなくてしょうもない、グーで殴りたくなるような理由で。

 妹の千夏から手紙を受け取ったのは、その三日後のことだった。
 直筆の手紙なんて珍しい。
 千夏らしい可愛い花模様の便箋を開けた私は、最初の一行で眉をひそめた。

『春たけなわ、北海道ではまだ雪が残っています』

 春たけなわって何?
 意味は知っている。ただ、二歳違いの妹の手紙にしては、堅苦し過ぎた。
 さらに読み進めた私の手がワナワナと震え始める。
 私の元カレである佐倉直樹と千夏が婚約した、というショッキングな内容が書かれていた。

 千夏と直樹が結婚?

 二人が付き合っていたことも、知らなかった。

『直樹さんとは、三年前、同じ病院で勤務するようになってから――』

 その先は読む気になれなかった。
 三年前と言えば、直樹が私との関係に終止符を打った頃だ。
 大学二年生の頃から付き合い始めてちょうど四年。別れた理由は、彼に好きな人が出来たから。
 つまり、直樹の好きになった女性というのが、千夏だったわけで。

 三年前、看護大学を卒業した千夏に、北海道の病院に就職すると報告されたときは驚いた。
 確かに以前、北海道に住んでみたいという発言はあったけど、そこまで本気で憧れていたとは思っていなかったからだ。
 しばらくして、直樹が北海道の病院に研修医として、就任したということも友達つてで聞いた。

 なぜ、疑わなかったのだろう? 二人の関係を。
 二人が私を避けるために、北海道に移ったのではないかと。
 そう言えば、その頃から千夏と疎遠になった。なのに、私は仕事が忙しいだけだろうと何も疑わなかったのだ。

 私が初めて付き合った直樹と千夏が結婚する。
 ファーストキスも初体験もした相手と妹が。

 これから直面するであろう、様々な場面が思い浮かんだ。
 結婚式での二人の誓いのキス、披露宴での二人の馴れ初めのエピソード、私に向けられる知人達の憐れみの視線……必死で笑顔を保つ私。
 妹の結婚式に出席しないわけにはいかない。

 クマゾウの事件から三週間後。
 とある結婚相談所で、私はマリッジアドバイザーと向かい合っていた。

「元彼を超えるいい男をお願いします!」

 まあ、実際にそう言ったわけではないけれど、元カレ以上の男――年収が千五百万円を超えるルックスがいい男――を希望した。

 直樹は大企業の御曹司で、しかも外科医。さらに容姿も悪くないから、始末に負えない。
 学生時代、家業と将来の職業なんて関係なかったし、付き合い始めた当初、直樹はダサかった。
 それが別れる頃にはオシャレになって、イケメンと呼ばれるようになっていた。

 探せば直樹以上の男は転がっているはず。妹の結婚式までにゲットせねば。

 自分の市場価値はともかく、そんな使命感に燃えていた。
 しかしながら、現実は厳しく、

「高望みです」

 と、私より年下っぽいアドバイザーの倉木さんに断言される。
 元カレのハードルは高かった。

「まず、二十五~三十五歳で年収千五百万円以上という男性は限られてきます。さらに容姿が人並み以上と言いますと、女性からの申込が多くなって、相手が望む条件も高くなりますし……」

 私のプロフィールにチラッと目をやりながら、ショートヘア、童顔の倉木さんが言葉を濁す。

 つまり、私のスペックでは到底適わないと。

 二十八歳、四大卒、事務職、身長158cm、体重五十kg。顔は……自分ではよく分からない。
 可愛いと思うときもあるし、可愛くないと思うときもある。それでも男性から誘われないことはないし、少しはイケているのではないかと……思っていた?

「条件ばかり追うよりも、居心地のよい相手を探されてはどうですか。これから何十年も一緒にいる相手ですし、一緒にいて疲れない相手を選ぶのが一番良いかと思いますよ」

 やんわりと倉木さんに希望を変えられた。
「この方はいかがですか?」と、疲れない相手として提案された男性は、若はげ、デブ、年収が低い(私の年収と同等かそれ以下)という見事に私の希望を外した男ばかりだった。

 私はその程度の男にしか値しないと?

 プライドをズタズタに傷つけられ、その日は引き返した。
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