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第一章 身代わりの花嫁は翌日から愛される

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―――恵麻が有栖川家に来て、1か月経った頃。
「皆さん。手を止めて、食べない?」
美味しそうなクッキーをバスケットの中に入れ、恵麻は掃除を終える頃のメイドの控え室にやって来た。
「わぁ!恵麻様っ美味しそう」
奥様と呼ばれるたびに。
奥様じゃないわ。恵麻よ。恵麻。
1か月根気強く恵麻が言っていたこともあり、使用人達は全員が名前で呼ぶようになった。
そして、ミスのない完璧人間の龍迫と違い恵麻はコップを落として割ることもあるし。
ぼぅっと歩いて段差に躓いたりと人間味が溢れており。
いつにニコニコしているその性格から、屋敷の中は明るく活気づいていた。
そして、洗濯場では・・・。
「この汚れ、落ちないわ」
「恵麻様に相談してみない?」

書斎では・・・。
「このお礼状の返信はどうしましょう。どの紙を使えばいいかしら?」
「恵麻様に相談してみない?」

護衛達の控室では・・・。
「子供が風邪をひいて。一人ぼっちで、家で寝てるんだよな」
「そうなんだ。奥さんも仕事だよな?・・・恵麻様に事情を話してみたらどうかな?シフトや配置換えで、融通を利かせてくれるかも?」

恵麻は屋敷の至る所で必要とされていた。
それは、“寝食は共にしない” 
“俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。その声を聞かせ”
龍迫は恵麻に言い放ったことは屋敷中の人間が知っており。
心優しく、明るく、使用人たちの世話を焼く恵麻が龍迫と鉢合わせをしないように全力で協力。
その為、龍迫は恵麻の姿を見ることは一切なかったが、同じ家で暮らしている。
その日はたまたま、龍迫の仕事が早く終り帰宅した。
「恵麻様っ。恵麻様ったら。もう!ご冗談を」
「冗談じゃないわよ」
普段、龍迫が家にいる時間ではないため、恵麻と休憩中の数人の使用人はケラケラ楽しそうに口を開けて庭で談笑していた。
「本当よ。もう、飯田さんったらそんなにお茶目だったの?びっくりしちゃった」
初対面では10億円も払って、評判最悪の女が来たと思い込み暴言を吐き。
恵麻は恵麻で、髪の毛で顔を隠し、俯い加減で暗い表情をしていたが今は太陽にも負けないキラキラと輝く笑顔、そして屋根裏部屋でチラリと見た時にも感じたのだがさすがは能津家の娘というべきかスタイルも抜群。
―――美しい。
「恵麻様。こないだは、ありがとう」
「とんでもないわ。吉田さん。いつも、護衛ありがとう」
メイド、執事、護衛と楽しげに接する姿に龍迫は心奪われた。

***
「飯田」
その日の夕方、王宮で仕事を終えて帰宅した龍迫は飯田に声を掛けた。
「はい。ご主人様」
「・・・あいつはどうしている?」
「あいつとは?恵麻様でございますか?」
「あぁ」
「恵麻様でしたら、元気にしておられますよ」
主人の求めている回答を飯田は考える。
「屋根裏部屋は最高級品の物で溢れ、身なりも公爵夫人が身に着けられる上等の物ばかりです」
「そうか。・・・どういう風に過ごしている」
「朝は6時に起床、洗濯や掃除などをメイドと共に行い。その後、朝食を使用人達と食べ。10時から11時くらいにお昼のお買い物にお出かけ。最近では孤児院で教鞭をられたり。ボランティア団体を立ち上げられ、週末のハイキングやキャンプなどの計画をされています。・・・18時には帰宅され、夕食を最近はシェフが恵麻様の為に用意していることもありお召し上がりになり入浴。その後、稀にではございますが、お酒を嗜まれに行かれることもあります」
「何?酒を飲みに行くだと?」
そう言えば、男癖だけではなく。
酒癖も悪いという噂もあったなと思うが。
「ボランティア団体関係の飲み会が大半で、奥様は酔われることは1度もありません。噂などが立たぬよう。メイド長、執事長、護衛を最低1人は連れていかれます」
「そうか」
やはり、噂のような事態は何1つとしてない。
1か月前、恵麻の身の上を調べろと言い調べさせた所。
恵麻が言う通り、恵麻は能津伯爵が恵麻の母親である家庭教師を酔っ払って乱暴。
家庭教師は父親を誘惑した罪をでっちあげられ解雇され、生まれた恵麻は金髪ではないものの。
白い肌に大きな瞳と生まれた時から美しく、先代が何かの時に側に置いておけば使えるのではえるのではないかと引き取らせ継母に育てさせた。
そして、恵麻の産みの母親は行方知れず。
恵麻は成績、武道、芸術の何においても優秀で、物心着いた頃から継母に指示された一族全員に虐められてきたが、10歳の時には屋根裏で過ごし実害はなし。
高校からは3つ隣の斎凛国の全寮制高校に入学し、そのまま大学に進学。丁度、大学の卒業式の時に無理やり能津伯爵家に連れ戻され、有栖川公爵家に嫁いできたとのことだった。
「話しかけられてはいかがでしょうか?」
「話しかける?」
今更どの面下げて、なんと言って話かける?
飯田の言葉に龍迫は黙り込む。
「恵麻様がお美しいのは、見かけだけではないですよ。ご主人様が誤解をなさっていることも仕方がない事だと理解されており、ご主人様が誤解を解かれ、生活用品を最高品ばかりに揃えられていることに、感謝も口にされていました。恵麻様は許す心をお持ちの方です」
ペルシャ絨毯とシャンデリアに関しては、ここは屋根裏部屋よ?不釣り合いでしょうっと大笑いしていたが・・・。
許す心をお持ちの方?そんなことは、既に知っている。
そんなことは周囲と接している姿を見れば一目瞭然だ。
自分の目は節穴ではない。
だが、あれだけの事を初対面で言い切ったのだ。
優しいから、美しいからといって、すり寄ることなど・・・できない。
話しかければあいつは自分の身代わりとはいえ、10億円で買われたことを理解しているから、会話をしてくれるだろう。
そして、あの性格だ。
金で買われたからいるという事ではない。
ましてや、俺に好意を持っているという事は絶対にない。
能津伯爵領、有栖川公爵領での恵麻の今行っている政策や事業の為にここにいるだけだろう。
恵麻が能津伯爵領から自分が完全に居なくなっても成立するように、能津伯爵家で行っていた政策の最終仕上げをしていることも知っていた。
「恵麻様はご主人様が離縁なさっても実家に戻られないでしょう」
「何が言いたい」
飯田の言葉に龍迫は、少し苛立ちを覚える。
「いつもご主人様に群がる女性でしたら、何も言いませんが。私も含め、屋敷の者全員が恵麻様の魅力に虜です。どうか、彼女が自由に生きられるようにしてあげて下さい。屋根裏部屋で細々と使用人と共に暮らすお姿は・・・心痛みます」
文句1つ言わず、明るく元気に過ごす恵麻に飯田は好感を抱き解放してあげたかった。
「考えておく」
それとは反対に・・・。
お茶を入れていた岬が顔を上げる。
「来週末の夜会に恵麻様をお誘いになっては良いがでしょうか?妻として、利用するとおっしゃって一度も利用なさっていない。金を工面したのに一度は使わなければ勿体ないのでは?」
岬は龍迫と恵麻の接点を作りたかった。
岬は龍迫が生まれた時からこの屋敷で乳母としても働いており、龍迫がどうやったら、動くかよく熟知していた。
「恵麻様は屋根裏部屋に大抵、いらっしゃいますよ。いつでも話しかけてくださいね」
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