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追補・番外編
最終話相当 茜川の柿の木と姉(HAPPYエンド別バージョン)
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僕と彩子は僕の家のリビングでテーブルをはさみ座布団の上に座る。室内なので二人ともマスクを外してくつろぐ。
「はあ、息苦し」
「まったく」
僕は彩子に同意する。僕は医大に合格した。いずれは姉のように苦しむ人を助けるために膠原病にかかわりたいと考えている。彩子はその医大で知り合った。僕は彩子に麦茶を出す。
「ありがと」
「どういたしまして」
彩子は姉とは全く違う。あの頃のやせ細っていた姉よりは肉付きがあって、姉よりずっと背が低くて、姉とは違ってショートがよく似合う。その彩子は髪の短い頭を巡らせて周りを見回す。
「ご両親は?」
「ああ、選果場」
「ふうん。なんだ、なんか拍子抜けしちゃった」
「どうして?」
「だって、『うちにおいでよ』っていわれたらさ、普通意識しない?」
「あ、それで今日はばかみたいに気合入れて…… いててて」
彩子がテーブルの向こうから僕の頬をつねる。こういうところは姉によく似ている。彩子は手を離すと突然はっとした顔になる。
「まさか、家族がいないって…… そういう狙い?」
「ああいてっ。まさか、この時期はみんな忙しいんだよ。それに紳士な僕がそんなたくらみをするはずがないだろ」
「紳士すぎるんじゃない? 逆に。時々不安になる」
「大丈夫、やるときはやりますから、あいてててて」
僕はさり気ない風を装って彩子に声をかける。
「ああそうだ柿食べる?」
「食べる! 私大好きなの柿」
彩子が柿を好きなのは以前から知っていた。
僕はキッチンの冷蔵庫から柿を出してくる。でもそれはどこにでも売っているような柿ではない。あの茜川の川端に生えている柿の古木からもいできた柿。冷蔵庫から出してラップを外しヘタを手で取り除くとその中には熟しきって真っ赤になったどろどろの果肉が詰まっていた。まるで本当に解剖した心臓のようだ。
「はい」
「えっなにこれっ、これ柿?」
「熟し柿って言って極限まで熟れた柿。見た目えぐいけど美味いって。普通じゃなかなか食えないんだよ。市場とか出せるものじゃないし」
「ふ、ふうん……」
彩子は茜色でどろりとした柿の実を恐る恐るスプーンでひとさじすくって口に運ぶ。僕はそれを無言で凝視していた。
「美味しい!」
彩子は顔を輝かせる。姉に似てこういうことに変に気を使わない彼女のことだから、言っていることは本当だろう。
「確かに見た目あれだけど、なんだかまるでスイーツみたいね」
そう言って彩子は唇を赤く染めながら丸々一個食べてしまった。
その姿を見て僕は彼女への愛を確信した。姉も大好きだった茜川の柿を喜んで食べてくれる彼女なら僕は愛していける、と。
「ね、ゆーくん」
「あ、やっとそうよんでくれた」
「だって子供っぽくない? ちょっと抵抗あるわ」
「ぜひそう呼んでくれると嬉しい」
「まあ、努力します」
苦笑いをしながら麦茶を口にしたあと彩子が言う。
「ね、そういえばお姉さんってどういった……」
「うーん、彩子と違って背が高くて彩子と違って痩せぎすで、彩子と違ってロングで、だけど彩子と同じで僕をいじるのが好きだった」
「私そんなにゆーくんいじりするかなあ」
「それとさっきの茜川の柿が好きだった」
「へえ」
「ゆーくんさあ」
「もしかしてシスコン?」
「うっ」
彩子がニヤニヤっと笑う。こういうところは姉そっくりだ。
「ずーぼーしー」
「よせよ」
「ねぇねぇどれくらい好きだったんですか?どれくらい好きだったんですか?」
口が曲がっても初恋の人だったとかファーストキスしそうになった相手だったとは言えない。それも冗談で済むような年齢じゃなくて思春期真っ盛りの年でだなんて。
「普通だよ普通」
「シスコンっていう時点ですでに普通じゃない気がするなあ、ふふっ」
「うるさい、ほっといて」
「うちさあ兄がいるんだけど、全然そういうのはなかったんだよね。むしろおやつやお土産を奪い合う敵?みたいな」
「僕たちはそういうのはなかったな。姉は病気だったからある意味いつでも特別扱いだったし、僕もそうしてやるのが当たり前だと思ってたし」
「なるほど」
「もっともそれももう過去の話だけどさ」
「あっ、そうね、そうだったわね」
すると呼び鈴が鳴る。
「あれ、なんだ?宅配かな?」
僕は玄関に出る。
「ただいまあ」
ドアを開けて僕は青ざめた。なんでこんな時間に帰ってくるんだ?
「えっ、えっ、何、何? どうしたの? あとカギは?カギどうしたの?」
「お昼の薬飲み忘れてたのがあってさあ。あとカギ持ってくの忘れちゃって」
「ああもう、言えば僕が持って行ったのに」
「ねえねえ、それより見たことのない靴があるんですがあ? しかも女物」
マスクをして農作業着を着た女性の目が笑っている。
「えっいやこれはっ」
「だあれ?」
作業着を着た声の主は長靴を脱ぎながら、いつもの僕をからかう口調でしゃべると玄関に上がる。
「いやっこれはっこれはさっ」
彩子のいる居間に上がり込んだ彼女はマスクをしたまま目に満面の笑みを浮かべて彩子に声をかけた。
「こんにちはっ」
「こ、こんにちは。あ、あのお邪魔してます」
緊張して身を固める彩子。
そこには長髪をまとめて、農作業で健康的に日焼けして少しやせ型の、僕より三歳上の女性が立っていた。そしてマスクを取ると僕を指さし、嬉しそうな顔で、
「私、こいつの姉です。はじめまして」
と名乗った。
「はあ、息苦し」
「まったく」
僕は彩子に同意する。僕は医大に合格した。いずれは姉のように苦しむ人を助けるために膠原病にかかわりたいと考えている。彩子はその医大で知り合った。僕は彩子に麦茶を出す。
「ありがと」
「どういたしまして」
彩子は姉とは全く違う。あの頃のやせ細っていた姉よりは肉付きがあって、姉よりずっと背が低くて、姉とは違ってショートがよく似合う。その彩子は髪の短い頭を巡らせて周りを見回す。
「ご両親は?」
「ああ、選果場」
「ふうん。なんだ、なんか拍子抜けしちゃった」
「どうして?」
「だって、『うちにおいでよ』っていわれたらさ、普通意識しない?」
「あ、それで今日はばかみたいに気合入れて…… いててて」
彩子がテーブルの向こうから僕の頬をつねる。こういうところは姉によく似ている。彩子は手を離すと突然はっとした顔になる。
「まさか、家族がいないって…… そういう狙い?」
「ああいてっ。まさか、この時期はみんな忙しいんだよ。それに紳士な僕がそんなたくらみをするはずがないだろ」
「紳士すぎるんじゃない? 逆に。時々不安になる」
「大丈夫、やるときはやりますから、あいてててて」
僕はさり気ない風を装って彩子に声をかける。
「ああそうだ柿食べる?」
「食べる! 私大好きなの柿」
彩子が柿を好きなのは以前から知っていた。
僕はキッチンの冷蔵庫から柿を出してくる。でもそれはどこにでも売っているような柿ではない。あの茜川の川端に生えている柿の古木からもいできた柿。冷蔵庫から出してラップを外しヘタを手で取り除くとその中には熟しきって真っ赤になったどろどろの果肉が詰まっていた。まるで本当に解剖した心臓のようだ。
「はい」
「えっなにこれっ、これ柿?」
「熟し柿って言って極限まで熟れた柿。見た目えぐいけど美味いって。普通じゃなかなか食えないんだよ。市場とか出せるものじゃないし」
「ふ、ふうん……」
彩子は茜色でどろりとした柿の実を恐る恐るスプーンでひとさじすくって口に運ぶ。僕はそれを無言で凝視していた。
「美味しい!」
彩子は顔を輝かせる。姉に似てこういうことに変に気を使わない彼女のことだから、言っていることは本当だろう。
「確かに見た目あれだけど、なんだかまるでスイーツみたいね」
そう言って彩子は唇を赤く染めながら丸々一個食べてしまった。
その姿を見て僕は彼女への愛を確信した。姉も大好きだった茜川の柿を喜んで食べてくれる彼女なら僕は愛していける、と。
「ね、ゆーくん」
「あ、やっとそうよんでくれた」
「だって子供っぽくない? ちょっと抵抗あるわ」
「ぜひそう呼んでくれると嬉しい」
「まあ、努力します」
苦笑いをしながら麦茶を口にしたあと彩子が言う。
「ね、そういえばお姉さんってどういった……」
「うーん、彩子と違って背が高くて彩子と違って痩せぎすで、彩子と違ってロングで、だけど彩子と同じで僕をいじるのが好きだった」
「私そんなにゆーくんいじりするかなあ」
「それとさっきの茜川の柿が好きだった」
「へえ」
「ゆーくんさあ」
「もしかしてシスコン?」
「うっ」
彩子がニヤニヤっと笑う。こういうところは姉そっくりだ。
「ずーぼーしー」
「よせよ」
「ねぇねぇどれくらい好きだったんですか?どれくらい好きだったんですか?」
口が曲がっても初恋の人だったとかファーストキスしそうになった相手だったとは言えない。それも冗談で済むような年齢じゃなくて思春期真っ盛りの年でだなんて。
「普通だよ普通」
「シスコンっていう時点ですでに普通じゃない気がするなあ、ふふっ」
「うるさい、ほっといて」
「うちさあ兄がいるんだけど、全然そういうのはなかったんだよね。むしろおやつやお土産を奪い合う敵?みたいな」
「僕たちはそういうのはなかったな。姉は病気だったからある意味いつでも特別扱いだったし、僕もそうしてやるのが当たり前だと思ってたし」
「なるほど」
「もっともそれももう過去の話だけどさ」
「あっ、そうね、そうだったわね」
すると呼び鈴が鳴る。
「あれ、なんだ?宅配かな?」
僕は玄関に出る。
「ただいまあ」
ドアを開けて僕は青ざめた。なんでこんな時間に帰ってくるんだ?
「えっ、えっ、何、何? どうしたの? あとカギは?カギどうしたの?」
「お昼の薬飲み忘れてたのがあってさあ。あとカギ持ってくの忘れちゃって」
「ああもう、言えば僕が持って行ったのに」
「ねえねえ、それより見たことのない靴があるんですがあ? しかも女物」
マスクをして農作業着を着た女性の目が笑っている。
「えっいやこれはっ」
「だあれ?」
作業着を着た声の主は長靴を脱ぎながら、いつもの僕をからかう口調でしゃべると玄関に上がる。
「いやっこれはっこれはさっ」
彩子のいる居間に上がり込んだ彼女はマスクをしたまま目に満面の笑みを浮かべて彩子に声をかけた。
「こんにちはっ」
「こ、こんにちは。あ、あのお邪魔してます」
緊張して身を固める彩子。
そこには長髪をまとめて、農作業で健康的に日焼けして少しやせ型の、僕より三歳上の女性が立っていた。そしてマスクを取ると僕を指さし、嬉しそうな顔で、
「私、こいつの姉です。はじめまして」
と名乗った。
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