【百合】彗星と花

疾走編

第42話 綾の想い

「う、うん……？」

　千隼は、その熱い視線に動揺を隠せず、戸惑った。

「女性が女性を好きになるのって、どう思います？」

　綾は突然、核心に触れるような質問を投げかけた。千隼の胸の中でも、その質問は予期してはいたが、今ここでとは思っていなかった。少し驚く。

「えっ？」

　千隼は軽く深呼吸をし、落ち着こうとする。

「そうだなあ…… 素敵なことじゃない？」

　千隼は静かに答える。それを聞いた綾は、ほっとしたように微笑んだ。

「そうですよね」

　綾の笑顔には、少し安堵の色が混じっていた。

「でも、どうしてそんなことを訊いてくるの？」

　千隼が、軽く首をかしげる。

「それは……」

　綾は少し言葉を選んでから、千隼の目をじっと見つめた。

「さとみさんって、素敵な方ですね」

「えっ…… そ、そうかな？」

　千隼は、その突然の言葉に戸惑いを隠せなかった。綾は千隼の反応を見逃さず、鋭い視線を投げかける。

「カノジョさん…… ですよね？」

　綾は核心に迫るように畳みかけた。その問いに、千隼は動揺を隠せなかった。

「えっ！」

　千隼はどう答えていいか分からず、口ごもる。

「……ど、どうしてそう思うの？」

　千隼は何とか言葉を搾り出す。

「だって、あんなに仲がいいんですから。見れば分かります」

　綾は少しつっけんどんに答えたが、その言葉には感情が抑えきれない様子があった。

「うん…… 実は、そうなんだ。なんか…… ごめんね」

　千隼は申し訳なさそうにうつむいた。

「どうして謝るんですか？」

　綾の声は少し硬かったが、どこか寂しさを含んでいた。

「いや、なんとなく……」

「で、どこまで進んでるんですか？」

　綾は一歩踏み込んだ質問を投げかける。

「え？ あ、うん…… その、実はあのお店の二階で一緒に暮らしてる」

　千隼は恥ずかしそうに答えた。綾はすうっと目をそらし、少し俯いた。

「そっか……じゃあ、仕方ないですね。ラブラブだ」

「ラブラブ……」

　千隼はその言葉を繰り返す。綾は唇を硬く引き結び、振り返って更衣室を出ようとした。

「あの…… 君のことは大切なチームメイトで…… 友達だと思ってる。これからも頑張ろう」

　千隼が急いで綾の背中に声をかけた。立ち止まった綾は小さく呟いたが、その言葉は千隼の耳には届かなかった。

「え？ なに？」

　綾は深呼吸をすると小さな声で言った。

「……私も、千隼さんのこと、チームメイトで友達だと思ってます。これからもよろしくお願いします。そして…… さとみさんとお幸せに」

「綾ちゃん……」

　千隼はその言葉に胸を締め付けられる思いがした。

「でも、たまには『鷹花』にも呼んでくださいね。あそこのご飯好きなんです」

「いつでも来て。さとみも喜ぶと思う」

「それじゃあ……」

「うん……」

　綾は振り返らずに更衣室を出て行った。その瞬間、トランスポーターのドアが勢いよく閉まる音が響き、静寂が訪れた。

「ごめんね、ありがとう……」

　千隼はそう呟きながら、ゆっくりと着替えを済ませ、さとみが待つオリオンＤＳＲに向かった。運転席に座り、さとみが心配そうに尋ねる。

「遅かったけど、どうしたの？」

「ううん、何でもないよ…… いや、ちょっと綾ちゃんと話してただけ」

「ふうん……」

　さとみは腑に落ちない顔をしていたが、千隼はそれ以上説明することなく、黙って車を発進させた。その夜、二人の間には微妙な沈黙が漂っていた。

【次回】
第43話　幕間ピクニック