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第79話 供養

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 将司さんはくすっと笑う。

「愛未さんらしい」

「僕もそう思います。さすがの姉もそれっきりプラムは食べなくなりました」

 将司さんの眼に少し光が差す。

「そうだ。愛未さんの良く行かれたお店で食事をしませんか。四十九日の法要も終わりましたし、これが供養だと思って」

「食事で供養ですか」

 僕の頭がフル回転する。

「もしお時間があれば、ですが。どうでしょう」

「なるほど、今日は一日空いてますし、この雨です。どこかで美味しいものでも食べて故人を偲ばないと気が滅入ってしまいますね。判りました」

 僕たちは二台の車に分乗して僕の内の近くの焼肉店に入る。初めての店だ。だが、以前に姉が回復したら行こうと思いサイトで調べていた四十年以上も歴史のある老舗だった。

「ほお、焼き肉ですか」

 将司さんは相好を崩す。

「愛未さんらしい」

 将司さんには悪いが姉と僕の行きつけの店は僕たちだけの思い出の中で完結しておきたかった。他の誰にも介入されて欲しくはなかった。そうして僕は将司さんを騙した。これも間違いなく僕の罪のひとつとなるだろう。

 店員に案内され座敷に座る僕たち。水と出一緒に出された熱いお絞りで手を拭いながら僕はさり気なく訊いてみた。

「お二人でも良く行かれたんですか」

「ここほど立派な店ではありませんが、多い時には月に三~四回」

「となるとほぼ週一ですね。僕たちが共同生活していた時はきっちり月二でした」

「それでも随分多いですね」

 将司さんの表情がようやく自然な笑顔になった。

「ええ。姉は本当に焼き肉が好きで、正直なところ少し呆れてしまうくらいでしたね」

 僕も笑顔になった。

「全く同感です」

 僕たちは肉を焼きながら姉について語り合った。
 将司さんは姉のおおらかであけすけでポジティブで小さなことは気にしない大雑把な性格が気に入ったのだそうだ。その反面仕事では非常に細かく手厳しく、仕事の雑な職員を辟易とさせていたんだとか。痩せっぽちの小柄な身体で高い声を張り上げて職員に詰め寄る姿が微笑ましく印象に残っていると将司さんは言う。一方で昼休みには手軽なボードゲームを他の職員と一緒にプレイし、なかなかの強さであった。将司さんもボードゲーム趣味を持っており、二人はそれを通して繋がったようだ。
 僕の方からはあまり姉について話せることがなかった。僕のTシャツにパンツ一丁で同じベッドに一緒に寝て抱きついてきたとかどうして言えるだろう。だから入院中の話と全くの創作話を話した。
 将司さんは僕の話を羨ましそうに聞いていた。

 締めの冷麺を食べた僕らは会計でもめるが結局僕が多めに支払うことで渋々納得させた。

「今日は本当にありがとうございました」

 将司さんはそう言うと僕に深々と頭を下げた。

「いやいや、僕は何も」

「いえ、私の中でも色々整理がついたと言うか、すっきりしました。自分なりの供養にはなったと思います」

「そうですか。なら良かった」

「では」

「はい」

 こうして将司さんの乗った白いセダンは道路へと滑り出して行った。今日みたいな偶然でもない限りきっともう会うことはないだろう。僕も自分の外車に乗って将司さんとは逆の方向にハンドルを切った。
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