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第74話 空虚寂寥

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 姉の葬儀は慎まやかなものだった。おやじが喪主となり、参列者は僕と、数名の親戚、姉の治療スタッフのうちの有志五名、そのなかには真夏のザリガニ釣りに同行した研修医と新人看護師もいた。その新人看護師は終始涙を流し続けていた。あれでは身が持つまい。わが身を忘れそう思った。
 看護師の涙に誘われて、というわけではないが、葬儀後料亭でのささやかな会食中僕は席を外しトイレで一人泣いた。姉が死んでからこのかたずっと、僕はこの制御できない涙の発作に戸惑っていた。
 姉の遺骨は代々の墓ではなく新設した墓に収めた。

 やらねばならない事一通りが済んで、僕は姉の墓に一人向かった。僕はあの墓石を前にして気安く「姉さん」などと呼ぶ気にはなれない。
 だがこうして墓前に立つと改めて実感する。

 姉さんは死んだのだ、と。

 その事実を再認識しただけでまた涙がにじんでくる。
 僕は魂とか霊魂とか、そんなものを信じる人間ではなかった。だが今の僕は揺らめいている。魂が無ければ、霊魂の存在にすがらなければ、人はどうして大切な者の死という重圧に耐えうるだろう。あるいは、例えば僕の中にある姉の思い出が僕と重なり合いひとつとなって僕の中に姉が生き続けているのだと思わなければ僕の心は呆気なく崩壊するだろう。
 ではなぜ、なぜその魂はこんなにも脆弱な肉体の中に閉じ込められているのだろうか。僕たちは姉の肉体を維持するためにどれほどの苦労をしてきたと言うのだろうか。理不尽だ。あまりにも理不尽だ。僕は天に向かって肉体と魂の創造主とやらに喚き散らし、敵意を剥き出しにして猛抗議をしたい。許せない。あまりにも理不尽だ。姉は苦労に苦労を重ねて一生をかけて治療に励んできたが、なぜそうしなくてはならなかった? どんな理由で姉は、この病を一身に背負って生き続けなくてはいけなかったのか。一体姉に何の罪科があったと言うのか。あんなに、あんなにひまわりのような笑顔をいつも見せてくれていたのに。
 僕は歯を食いしばる。天を見上げる。その向こうにいる神と呼ばれる存在とやらを潤んだ瞳できつく睨む。ああそうか、いいだろう。あんたがそうしたいっていうならそれでいいさ。だが僕は、僕は絶対に世界からこの病を失くしてみせる。姉のような、そして僕のような両親のような人間を産まないように。これは僕の人生をかけたあんたとの闘いだ。そして絶対に勝ってやるぞ。覚悟しろ。僕は拳を天に向かって振り上げた。

 僕は姉の墓石を拝むわけでもなく背を向け立ち去る。胸に燃える様な誓いを秘めて。
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