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第24話 姉と涙
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姉が泣き疲れて寝ると、僕もいつの間にか眠りの淵に落ちた。だが慣れない布団は寝苦しく、四時前に起きる。目を覚ますと、背中が丸出しになるほどひどく寝乱れた姉の上半身が僕の上に覆い被さっていた。寝苦しい訳だ。姉の顔を覗き込むとどこか不安げに見えた。姉は寝てる間でさえ苦悩から逃れられないのか、そう思うと僕までやるせなくなる。僕は姉の頬と背中にそっとキスをしてから浴衣をそっと直す。ポットの冷たいほうじ茶を飲むうち、朝湯を気取りたくなった。
湯船に浸かると少し熱い湯が僕の肌を刺し、血流も増す。寝起きのぼんやりした状態から少しずつはっきりとしてきた頭で僕は考えていた。姉の僕への想いの深さを。その苦しみを。僕にしてやれることなんて何ひとつだってありはしない事は判っている。だけど僕は少しでも姉にできる事をしてやるつもりだ。何だってしてやるつもりだ。だって、だって僕だってもちろん――
「好きだから…… か」
苦笑しながら僕がついそう漏らすと不意に後ろから小さな声が聞こえて僕はぎくりとする。
「なに?」
振り向くとタオルで前を隠しただけの姉がこっちを見ていた。その細くて薄くて美しい肢体がほぼ露わになっていて、心臓が止まるかと思った僕はあわてて視線を百八十度そらしてごまかす。
「な、何でもない何でもない。やっぱり温泉っていいなあ、ってさ」
姉は僕のぴったり隣にまるで僕に見せびらかすように爪先からゆっくり湯船に浸かり、また両腕を縁(へり)に置いて両脚をまっすぐ前に投げ出した。タオルを頭の上に乗っける。
そしてぽつりと一言、余裕の表情で呟いた。
「ま、いいけど」
薄っすら笑みを浮かべる姉。
「ふーっ、いいお湯」
僕は不安に駆られた表情で寝ていた姉を思い出した。無力さを痛感する。淡く日が昇りつつある東の空を眺めながら隣にくっついて湯船に浸かっている姉に詫びる。
「何もしてあげられなくてごめん」
「えっ」
「姉さんの望むものを何もしてあげられなくてごめん」
「そんなことない。そんなことないよ。優斗は精一杯姉ちゃんに大切な思い出をくれた。それ全部姉ちゃんの宝物。だから姉ちゃん優斗にいっぱい感謝してる」
「だけどこれからは、そうもいかなくて…… 僕……」
「何言ってんだよ。しかたないじゃんか。ね、優斗。これが普通の姉弟のする事だっていうなら、姉ちゃんは優斗たちの結婚を祝福して…… そして、そして…… そしっ……」
俯く姉は涙を流していた。そして顔を覆い細い泣き声を上げて嗚咽する。ああなんて弱い、なんてか弱くて脆い存在だったんだ。僕は全く気付いてやれなかった。深く後悔する。いつもはあんなに強がっているのに。
そう思ったら止まらなかった。僕は湯船の中で姉を勢いよく抱きしめてしまった。その首筋に顔を埋める。
「ああああいやだあ、あたし死ぬまで一人で生きるなんていやあ。いつ死ぬかもわからないのにいいっ」
「姉さんっ、姉さんっ! 愛未っ!」
「優斗っ、優斗おっ! 助けてえっ、あたしを助けてよおっ!」
姉を抱きしめながら僕は思った。僕が彩寧を捨てて姉と生きるのならば、姉の孤独は拭えるだろう。だがそれでいいのか。誰かが犠牲になることが正解なのか。そう思う間も姉は泣きじゃくっていた。
僕は姉を湯船から上げ、すっかり力を失いしゃくりあげる姉の全身をきれいに拭き浴衣を着せた。まるで、姉の具合が悪い時期の介助をした時みたいだ。姉はまだ鼻をすすっている。僕は布団の上に座って姉を抱き寄せる。姉も僕に寄りかかり僕たちは身を寄せ合う。
「ごめんね姉さん。僕何もできなくて本当にごめん」
「いいの、あなたにだってできないことがあるって、あたしでも判ってるもん。だからこれはわがままなあたしがいけないの」
「そんなことない。姉さんは我がままじゃない。思って当然のことだ」
「だけどそれって『普通の姉弟』のする事じゃないんでしょ…… 今こうしてるあたしたちだって……」
姉は僕の胸で朝まで泣き続けた。
湯船に浸かると少し熱い湯が僕の肌を刺し、血流も増す。寝起きのぼんやりした状態から少しずつはっきりとしてきた頭で僕は考えていた。姉の僕への想いの深さを。その苦しみを。僕にしてやれることなんて何ひとつだってありはしない事は判っている。だけど僕は少しでも姉にできる事をしてやるつもりだ。何だってしてやるつもりだ。だって、だって僕だってもちろん――
「好きだから…… か」
苦笑しながら僕がついそう漏らすと不意に後ろから小さな声が聞こえて僕はぎくりとする。
「なに?」
振り向くとタオルで前を隠しただけの姉がこっちを見ていた。その細くて薄くて美しい肢体がほぼ露わになっていて、心臓が止まるかと思った僕はあわてて視線を百八十度そらしてごまかす。
「な、何でもない何でもない。やっぱり温泉っていいなあ、ってさ」
姉は僕のぴったり隣にまるで僕に見せびらかすように爪先からゆっくり湯船に浸かり、また両腕を縁(へり)に置いて両脚をまっすぐ前に投げ出した。タオルを頭の上に乗っける。
そしてぽつりと一言、余裕の表情で呟いた。
「ま、いいけど」
薄っすら笑みを浮かべる姉。
「ふーっ、いいお湯」
僕は不安に駆られた表情で寝ていた姉を思い出した。無力さを痛感する。淡く日が昇りつつある東の空を眺めながら隣にくっついて湯船に浸かっている姉に詫びる。
「何もしてあげられなくてごめん」
「えっ」
「姉さんの望むものを何もしてあげられなくてごめん」
「そんなことない。そんなことないよ。優斗は精一杯姉ちゃんに大切な思い出をくれた。それ全部姉ちゃんの宝物。だから姉ちゃん優斗にいっぱい感謝してる」
「だけどこれからは、そうもいかなくて…… 僕……」
「何言ってんだよ。しかたないじゃんか。ね、優斗。これが普通の姉弟のする事だっていうなら、姉ちゃんは優斗たちの結婚を祝福して…… そして、そして…… そしっ……」
俯く姉は涙を流していた。そして顔を覆い細い泣き声を上げて嗚咽する。ああなんて弱い、なんてか弱くて脆い存在だったんだ。僕は全く気付いてやれなかった。深く後悔する。いつもはあんなに強がっているのに。
そう思ったら止まらなかった。僕は湯船の中で姉を勢いよく抱きしめてしまった。その首筋に顔を埋める。
「ああああいやだあ、あたし死ぬまで一人で生きるなんていやあ。いつ死ぬかもわからないのにいいっ」
「姉さんっ、姉さんっ! 愛未っ!」
「優斗っ、優斗おっ! 助けてえっ、あたしを助けてよおっ!」
姉を抱きしめながら僕は思った。僕が彩寧を捨てて姉と生きるのならば、姉の孤独は拭えるだろう。だがそれでいいのか。誰かが犠牲になることが正解なのか。そう思う間も姉は泣きじゃくっていた。
僕は姉を湯船から上げ、すっかり力を失いしゃくりあげる姉の全身をきれいに拭き浴衣を着せた。まるで、姉の具合が悪い時期の介助をした時みたいだ。姉はまだ鼻をすすっている。僕は布団の上に座って姉を抱き寄せる。姉も僕に寄りかかり僕たちは身を寄せ合う。
「ごめんね姉さん。僕何もできなくて本当にごめん」
「いいの、あなたにだってできないことがあるって、あたしでも判ってるもん。だからこれはわがままなあたしがいけないの」
「そんなことない。姉さんは我がままじゃない。思って当然のことだ」
「だけどそれって『普通の姉弟』のする事じゃないんでしょ…… 今こうしてるあたしたちだって……」
姉は僕の胸で朝まで泣き続けた。
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